「あんたさ、六年にもなってそんなこともわからないの?」
「うるせっ、ケバばあ」
「ケ、ケバばあって何よっ」
麻友は弟の公太とつまらないことで口論になり、だんだん激化していた。
「ケバいばばあってことだよ。なんなら化粧オバケでもいいよ」
その言葉に麻友はテーブルにあった新聞を手に取ると公太に投げつけた。だが、公太はそれをうまくかわしてベロを出す。
「ちょっとあんたたちやめなさい。まだお父さん寝てるのよ。
あーあ、新聞ぐしゃぐしゃじゃないの」
洗濯物を干し終わり、リビングに戻って来た母親が床に散らばる新聞紙をまとめ始めた。その後ろをずっとついて回って離れないトイプードルのモフィがしゃがんだ母親の膝にすがりつく。
「ちょっとモフィ、遊んでるんじゃないのよ。公太遊んでやって」
「えーめんどくさい」
「あんたが飼いたいって言ったんでしょうが」
麻友が応戦するも公太はスルーして自室に戻ってしまった。
「まったく生意気になってきたわ」
そう言いながらスナック菓子を持ってソファへ移動した麻友にモフィがついてくる。
「そんなもの食べてないで、ちゃんと朝ごはん食べなさい」
新聞を整えた母親がため息をつく。
「だってテーブルに何もないんだもん」
「日曜くらい自分で作りなさい。ママには日曜も何もないんだから、ちょっとくらい手伝ってよ。
ったく高校生にもなって、ほんと何もしないんだから」
麻友は下唇を突き出して、いつものお小言を聞き流した。モフィがこぼれ落ちたスナック菓子を食べている。
「あらやだ麻友ちゃん、モフィにそんなの食べさせないでよ」
「わかってるわよ。
モフィ、お前にはわんちゅるん上げるからね」
「あ、モフィのおやつ切れてるんだわ。
ねえ、麻友ちゃんちょっとお使いに行って来てくれる?」
「えーめんどくさい」
「やっぱ姉弟ね、同じこと言って」
くすくす笑いながら母親は財布を持ってきて、わんちゅるんとトイレシートを頼んできた。笑顔で有無を言わせぬ圧力には勝てない。
「わかったわよ。じゃ、わたしも買っていい? ハムタのペレットなくなりそうなの」
「あんた自分のバイト代あるでしょ」
「ね、お願い」
「もうしょうがないわね。無駄使いしないでね」
「やった」
麻友は財布を預かるとジャケットを羽織って外に出た。
ホームセンターのペット売り場に来ると、犬用のおやつ数種類といつも使っているトイレシートをカートに入れ、小動物系のコーナーで、自室で飼っているジャンガリアンハムスターのペレットとちゃっかり干し草もカートに放り込んだ。レジに向かおうとしたが、モフィのおもちゃがいくつか壊れていたことを思い出し、犬用のコーナーに戻った。
「モフィたら、すぐ噛み切っちゃうからな」
いろいろ手に取り、モフィが好みそうで丈夫そうなボールのぬいぐるみを選んでカートに入れ、清算をすませた麻友は岐路についた。
「ただいま」
あいつまだ機嫌悪いかな? ったく、気難しくなってきてめんどくさいわ。弟じゃなく妹だったらよかったのに――
リビングに入るとソファの上で公太がモフィと遊んでいた。
「おかえり、お姉ちゃんっ」
機嫌のいい弟の声に麻友はほっとし、心配して損したと心でつぶやいてテーブルに買い物袋を置いた。
「ほーら取ってこい」
ぴいぴいぴい
袋から買って来たものを出しながら、公太の投げた音の出るおもちゃをモフィが咥えてくるのを目の端に捉えていた。
そのおもちゃを再び公太が投げる。
壁にぶち当たり床に落ちたおもちゃを咥えたモフィは、今度は戻って来ず、それを振り回し前足で押さえ込み噛み千切っている。
もうそういうことするからすぐ壊れるのよ。習性だから仕方ないかもだけど――
麻友はぶつぶつと言いながら、
「ほら新しいの買って来たげたわよ」
袋から出したおもちゃをモフィに見えるように掲げた。
新しいもの好きのモフィが噛んでいたおもちゃを放り捨てて駆け寄って来た。
「あら? あんたそれどうしたの?」
麻友はモフィの口元が赤く染まっていることに気付いた。おもちゃ代わりにペットボトルの蓋を噛み砕き、歯茎から出血して驚かされることがあったが、それにしては量が多い。
麻友は新しいおもちゃを欲しがり飛び跳ねるモフィを無視し、今まで噛んでいたおもちゃが落ちている床を確かめに近付いた。
ソファにゆったりもたれて公太がにやにやしている。
やだっなに? なんなのこれ?
そこにはぐちゃぐちゃに噛み千切られ血まみれになった灰色の小さな塊があった。