リートリンの覚書

縄文時代の詳細・3


縄文文化を支えた植物

縄文時代前期の段階で
木製道具類の素材の選択が
明確に行われていました。


漆(うるし)

鳥浜貝塚では漆の木が一本出土し、
年代測定の結果
1万2600年前の縄文時代草創期のものと
わかりました。

漆の本来の天然分布域は
中国の揚子江中流域から
東北地方にかけての地域です。

したがって、
植物学的には中国からこの時期に
漆がもたらされていたこととなります。

現在、一番古い漆器は、
石川県七尾市三引遺跡の漆塗り櫛で、
縄文時代早期末の
約7300~7165年前のものです。

現在、日本で漆が自生しない理由は、
温暖で湿潤な環境では育たないからです。

そうした環境では、
従来の植物に負けてしまい、
人の手で管理しないと育成できないのです。



麻は中央アジアが原産地で、
繊維や香辛料油の生産などに使われます。

現在日本で最古とされる麻果実が
千葉県館山市の沖ノ島遺跡で
見つかっており、
約1万年前の縄文時代早期とされています。

麻は1万年前頃には中央アジアから
日本に将来されて、
栽培されていたと考えられます。


編組製品

日本列島で一番古い編組製品は
縄文時代早期初頭の約1万200年前の
琵琶湖の湖底から発見された
滋賀県粟津湖底遺跡の編組製品の断片です。

縄文時代の編組製品、
素材植物には、
地域性があることが分かってきました。


そのほかの製品

貝製アクセサリーとしては、
貝輪(ブレスレット)、ペンダント、
ビーズ状の玉類などがあります。

骨角製アクセサリーとして、
シカ角で作った腰飾りやヘアピン、
イノシシの牙のペンダント、
サメの骨で作ったピアスなどがあります。

なかには直系1㎜ほどの
無数の穴で文様を描くような
造形的にも優れたものもあり、
縄文人の高い技術と豊かな感性を
うかがいしることができます。

木製には、容器類をはじめ、
掬い具、堅櫛、掘り棒、櫂状製品、
弓、板状製品、尖棒(杭)などがあります。

出典:久喜市ホームページ

編みかご技法

縄文遺跡で確認された
ほとんどの編み方が
縄文早期(8000年前)から存在していました。

縄文時代には、
現在では見られない技法や、
現在使われていない素材、
加工方法なども確かにあります。

そして、
現代と同じような技法が
縄文時代にもあり、
現在と同じようなことをしています。


縄文時代の縄紐類

縄文時代の縄紐類の出土は多くはありません。
素材はツヅラフジ、シダ類などです。

縄文時代の縄紐素材の一番の特徴は、
シダ類の葉柄の利用です。

これは弥生時代以後、
今のところ全く知られていません。

弥生時代以降になると稲作の開始により、
イネ藁の利用が考えられますが、
遺物として確認できたのは
平城京跡出土の縄が今のところ最古です。


縄文時代の縄紐類の素材植物

シダ類、ツヅラフジ、ヤマブドウ(?)、
マタタビ属、カバノキ属、アサ、カラムシ、
イラクサ科、シナノキ属、サクラ属、
そのほか不明多数

植物資源利用の
現在につながる民俗学的事柄は、

その多くが縄文時代に起源し、
連綿として農村生活に民俗として
受け継がれてきたことが、
不十分ながら明らかになってきました。



約7000年以上前の
漆器の櫛が残っていたとは、
かなりの驚きです。

漆の木は、
1万2600年前の物が出土していますから
漆器はもっと前から
作られていた可能性が高いですね。

また、
漆の原産地が中国揚子江辺りとなると、
苗木を運ぶ技術もあった。

縄文時代が、
進んでいたと言うことですね。

編組製品に関しては、
凄いとしか言いようがないです。

著作権の問題があるので、
映像を載せることが叶いませんが、
興味がある方は、
縄文ポシェットを検索してみてください。

今、作られている籠🧺と、
編み方が変わらない。

また、他に出土した籠のレプリカを
拝見したのですが、
これまた、凄い。

実用的だけでなく
見た目も考え、
装飾的な飾り編みも施されている。

縄文人、お洒落〜。

出土した装飾品の作りも
かなり細工がされています。

自分の想像では、
服もかなり凝っていたのではないかと。

誰だよ。
縄文人が毛皮の服着ていたとか
言っていたのは。

弥生時代より縄文時代の方が
お洒落だよ。

まぁ、平和だったから
お洒落が出来たのですね。

いい時代だったのですね。
縄文時代。

さて今日はこれにて。
明日も縄文時代シリーズ続きます。

最後まで読んで
頂きありがとうございました。






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