先日、小学校以来の同級生と飲んでいて、こんな話になった。勤務先の営業不振を訴える友人、今夏はボーナスがたぶんないだろうとのこと。現場仕事から、今までしなかった営業まで携わるようになったという。
彼「営業ってしたことないんだよねぇ」
私「おめーの現場は顧客とのやりとりに尽きるのだからよー営業スキルは自然と身に付いているべ?」
彼「それはそうなんだけど、難しい」
私「営業ってよーようするに相手に好かれるってことだよな」
彼「そうそう」
私「つまり、おめーがもてればいいってことじゃんかよ」
なんてやりとり。そこまでどまりで、よもや話に散じてしまったが、そんなことがあった後日、楽祥さんのはからいで、カツさん(ライブワン代表取締役)にお会いし「モテルための3原則」を示唆たまわる。
●相手の喜ぶことをしてあげる
●反応は誰よりも早く!
●「ありがとう」とにっこり笑顔!
「モテル=人気者になる=仕事が出来る!!」まさにこれ。仕事を上手く進めるってことは人気者になるということに他ならない。大切なポイントは「もてたい人にもてる」ということだ。最近気づいたことは、私たちは人生を支える「五つの足」を駆使しており、そのどれかが傷ついたまま放置すると、人でカバーしようとしだすことだ。それが、もてなくてもいい人にもてたい希求を生み出す。この行動はパターン化し、気づかぬうちに「問題」として人にとりつく。とりつかれていたのは、紛れもない私であった。私の「モテル」は「人から必要とされる必要」だった。必要とされるなら何でもよかった。どんな状況でもよかった。ふりかえれば、そこには傷つき渇き、何をしても満たされない私の姿があった。
もてない暮らしを始めて二年。自分を癒せば、もてたい人、もてるべき人がわかるようになる。もし、わからなければ「もてること」を一度手放して、自らを愛し感謝することから始めて、一からやり直せばいい。愛想笑いはやめて「私の笑顔」を取り戻せばいい。それは「できる」というスキルではなくて、誰もが持って生まれた能力。できないのではなく、自らくじいているだけ。
ぼろぼろの車に乗せられ、悪路に大きく揺れながら、行き先もわからない不安の中で、振り落とされないように必死にしがみついてきた。それしか選びようがなかった。いつまでも、そこにいることはない。実はもう降りているのだ。今度は自分の快適な車に乗り換えよう。フロントガラスが割れたら新しいのに取り替えよう。バンクしたら直そう。ドアが壊れたら修理しよう。いつでもそれを選んでいい。泣いている自分を怒鳴り散らすのはやめよう。寂しがっている自分を踏みつけるのはやめよう。
それをくぐり抜け、今、生きていることへ。ありがとうを言おう。
彼「営業ってしたことないんだよねぇ」
私「おめーの現場は顧客とのやりとりに尽きるのだからよー営業スキルは自然と身に付いているべ?」
彼「それはそうなんだけど、難しい」
私「営業ってよーようするに相手に好かれるってことだよな」
彼「そうそう」
私「つまり、おめーがもてればいいってことじゃんかよ」
なんてやりとり。そこまでどまりで、よもや話に散じてしまったが、そんなことがあった後日、楽祥さんのはからいで、カツさん(ライブワン代表取締役)にお会いし「モテルための3原則」を示唆たまわる。
●相手の喜ぶことをしてあげる
●反応は誰よりも早く!
●「ありがとう」とにっこり笑顔!
「モテル=人気者になる=仕事が出来る!!」まさにこれ。仕事を上手く進めるってことは人気者になるということに他ならない。大切なポイントは「もてたい人にもてる」ということだ。最近気づいたことは、私たちは人生を支える「五つの足」を駆使しており、そのどれかが傷ついたまま放置すると、人でカバーしようとしだすことだ。それが、もてなくてもいい人にもてたい希求を生み出す。この行動はパターン化し、気づかぬうちに「問題」として人にとりつく。とりつかれていたのは、紛れもない私であった。私の「モテル」は「人から必要とされる必要」だった。必要とされるなら何でもよかった。どんな状況でもよかった。ふりかえれば、そこには傷つき渇き、何をしても満たされない私の姿があった。
もてない暮らしを始めて二年。自分を癒せば、もてたい人、もてるべき人がわかるようになる。もし、わからなければ「もてること」を一度手放して、自らを愛し感謝することから始めて、一からやり直せばいい。愛想笑いはやめて「私の笑顔」を取り戻せばいい。それは「できる」というスキルではなくて、誰もが持って生まれた能力。できないのではなく、自らくじいているだけ。
ぼろぼろの車に乗せられ、悪路に大きく揺れながら、行き先もわからない不安の中で、振り落とされないように必死にしがみついてきた。それしか選びようがなかった。いつまでも、そこにいることはない。実はもう降りているのだ。今度は自分の快適な車に乗り換えよう。フロントガラスが割れたら新しいのに取り替えよう。バンクしたら直そう。ドアが壊れたら修理しよう。いつでもそれを選んでいい。泣いている自分を怒鳴り散らすのはやめよう。寂しがっている自分を踏みつけるのはやめよう。
それをくぐり抜け、今、生きていることへ。ありがとうを言おう。
悲しみや苦しみを抱えている オバサン達と話していると えらいモテてしまいます(笑)
きっと同じ辛さを分かってあげられるからかもしれませんね。
オバサンよりオジサンにモテたいですけど^^
>それをくぐり抜け、今、生きていることへ。ありがとうを言おう
先日、リハビリ室時代を支えてくれた、今の自分にご縁を繋げて下さった方のお寺にやっとお参りすることが出来ました。
ご本人にはお会い出来ませんでしたが、たくさんの感謝の気持ちを伝えて参りました。
どろさん いろんな意味でほんまにありがとう♪
ずーっと、思っていたけれど
それを上回る「達成したいんだ!」って思いがあればはね除けられるな、って近頃思います。
いろんな意味で私は「どうとでもして」な部分が強かったので。
すべてに全力投球でなくても一番したいことにフォーカス当てていきたいところです。
まあ、悔しくても悲しくても寂しくても、
ありがとう!って言ってれば、うまくいきますよ!