小学校の卒業だか中学の入学記念だかに庭に植えた紅葉だが、あっちに植え替えられ、こっちに植え替えられ、今は隅っこに僕の膝にも届かない背丈で大きく成れず、それでも何とか毎年新芽を出している。
何時ものように何となくチャンネルを回して、田中好子さんの番組を見ながら何となく書いてます。親父が癌になった時、僕は告知をしなかった。在る時僕が親父を怒鳴りつけた事が有って、その時の親父が何んだか小さく見えたから・・・。肝臓の三分の二を摘出、転移を防ぐ事は出来たが肝臓そのものの肝細胞癌全てを取り除くのは不可能だった。親父は最後まで我がままを言わず、大好きだったタバコを減らして毎日ダンベルを上げて身体を鍛えた。最後の方は放っておくと腹に水が溜まる状態で二月に一度位だったろうか、僕が親父を田舎に迎えに行って大阪の医者で水を抜いてもらう事を繰り返した。ある日、親父から「どうしても我慢出来そうに無いから迎えに来てくれないか」と電話が有って、翌日入院。次の日に営業から会社に戻ると「親父が変な事を言い出した」と連絡があり、僕が病院に着いた時にはもう肝機能停止で脳にマトモな血が行ってなかったんだろう思う。一時は自分の身体に着けられた管を全部引き抜いて暴れた(どうしても最後にしたかった事が有ったらしい)が、最後は大人しくなりタバコをふかす仕草をしたので僕のをくわえさせた。その間、お医者さんと看護婦さんが交代に「御親族の方を呼ばれましたか?」と親切に何度も繰り返し僕に言いに来てくれたが、最後を見とったのは僕ひとり。心臓マッサージとかの蘇生措置も断った。真夜中。
ネネとの散歩コースにお墓を入れる事が有る。
親父の墓に、たまにはタバコを吸わしてやらないとね。