震災のあった年に、父が倒れた、ほんの2~3秒だが意識を失ったように見えた、あれは6月、続く余震に被災地だけじゃなく、日本中の人がストレスで身も心もズタズタだったと思う。
牡蠣の澄まし汁が美味しくて『美味しい』つい声が出た私、叔母は『作り方を教えましょうか』と言ったが時間に余裕がなくて『今度遊びにきた時に教えてもらうわ』その会話が最後、その数ヵ月後、津波にのまれ逝った。
震災直後はストレスが原因で病気になった人も多いと思う。
父が座ったまま後ろに引っくり返った時、私の思考回路は停止
母が逝って一回忌を終えてまもなくの出来事、3月11日の東日本大震災、続く余震、母の一回忌が無事に済んだ4月7日の午後、震度5の余震、そして停電(数時間後に回復)そんな日々の中で、突然の父の異変、父を助手席に乗せて直ぐに脳神経外科で(MRI)検査(意識が直ぐに回復したので救急車を呼ばなかった)
緊張と不安からか『行ってくるからな』出稼ぎにでも行くかのようなセリフを残し5メートル先の(MRI)検査室に入って行った
父の検査を待つ間、次の患者(かなり高齢)に看護士さんが質問、父も同じ質問されてたが、このお婆ちゃんの受け答えに、笑を堪えるのが大変だった。
『誕生日を言えますか?』
『誰の誕生日を言えばいいんだべ?』
『お婆ちゃんの誕生日ですよ』
『おらの誕生日?保険証さ書いてある通りだべ』
『自分の誕生日言えますか?』
『今、昭和何年だっけ?』
『いやいや生年月日を聞きたいのよ』
『冬生まれだべ』
真面目に必死で答えるお婆ちゃん
『お婆ちゃんの体重は何㌔ですか?』
『わたしの体重を聞くの?』
『だいたいでいいんですよ』
『舞の海より少ないべ』
『お婆ちゃんの体重を聞いてるのよ』
『体重なんてしばらく計ってないし87歳だべ』
『何人家族ですか?』
『結婚は1度したべ』
『一緒に暮してる家族は居ますか?』
『そりゃ~彼氏募集中だけど、もう歳だし』←笑いながら
会話にならない会話だが必死の看護士さん
『入れ歯してますか?』
『入れ歯あるよ』
『入れ歯をお口から外して下さいね』
ようやく事態が飲み込めたか?口から入れ歯を出して『ハイ、入れ歯』
差し出しながら『しばらく磨いてないから汚いべ』
笑顔で看護士さんは
『ハンカチか何かに包んでバックに入れておいてね』
お年寄り同士の会話もまた楽しい
『こんな凄い機械を作るから長生きするんだよな』
『オラ達、年寄りに長生きして欲しい立派な人が発明したんだべさ』
お年寄りの明日を生きる会話が為になる病院
ところで父のMRI写真を見ながらドクターの説明では
『少し細くなってる血管を発見しましたが、この程度は歳相応です』
血液サラサラ薬を処方されて無事帰宅
震災直後、しばらくは頭痛・イライラ・動悸・息切れ・目眩・耳鳴り、勝手に更年期と思ってたが、これも立派なDVなのだそうだ。
家族にとって普段のなにげない行動やお喋りで異常を見抜くって難しい
今日、レスリング女子で五輪3連覇している吉田沙保里選手の父親の栄勝さん(61歳)が乗用車を運転中に死亡した。三重県警高速道路交通警察隊によると、死因はくも膜下出血。
栄勝さんは青森県八戸市出身で、現役時代はレスリング全日本選手権で優勝。専修大卒業後に三重県職員となり、自宅の道場で子供たちの指導に当たり、吉田選手らを育てた。2012年ロンドン五輪では日本代表のコーチを務めた。
父親を肩車して喜ぶ沙保里さん
まだ61歳、私の知り合いで、くも膜下出血で亡くなった人がいるが、数日前から頭痛を訴えていた、些細な症状でも、病院に行ってほしい。
今頃、吉田沙保里さんは父親の傍にいるよね
家族を失う痛みが分かる。
親が子を、子が親を亡くすのは泣き叫んでも悲しみと涙は枯れない
金メダリストの父である栄勝さん、素晴らしい娘を残してくれて有難う
ご冥福をお祈り致します
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