幾日か過ぎて
あの老婆に出会う
「おはよう」と声を掛ける
「ああ、おはようさん」
少し、元気がなかった
バスの座席に腰を掛け
「どうぞ」と手招く
「いや、大丈夫です」
寂しそうに顔を上げ
黙ってうつむいていた
いつもの停留所で
降りようとすると
黙ってお辞儀をしていた
バスが走り出し
バスの窓から見送っていた
何度もお辞儀しながら
「今日も暑いなあ」
「もうすぐ秋が来ますよ」
ニッコリ笑って
「そうかい」と屈託なく笑う
バスの来る方向に
何度となく目をやり
「毎日、拝んでるか」
突飛な言葉に戸惑っていると
照れ笑いしていた
何日か出会うことがなく
いつもの老婆がきにかかった
家族でもないのに
あの屈託のない笑顔が
見れない日が寂しい
早朝一番のバスを待つ
一人の老婆
二三度顔を合わすうちに
どちらからともなく
会釈するようになった
会釈を交わすうちに
言葉を交わすようになり
遠くに姿が見えると
前屈み腰に
手を振っている
杖をつきながら
肩がけの鞄が揺れる
曲がった腰を
杖にすがりながら
「おはようさん」
互いに見合せ
無言の顔に
誰を恨むともなく
険しさが漂う
いつもは笑顔なのに
目も口も歪め
鍵の開くのを待つ
今日に限って…
大変ですねー
寝ぼけた声の
守衛が現れ
恨みの凝視が殺気だった
空を睨む
雲行きも変わらず
秋雨の足が
駆け足で迫ってくる
早朝のせいか
建物の鍵がしまっている
何てこった
舌打ちして身をすぼめる
バシャバシャ
頭から突っ込むように
走り込んでくる
人、人、人…