一昨日よりの続きというか、篠崎つながりで伝統工芸の「篠崎のざる」のご紹介をば。
2005年から2007年まで、江戸川総合人生大学に
在学中フィールドワークでお話を伺った、篠崎のざるの作り手、草薙秋男さん。
フィールドワークをしてレポート提出という課題が出て
人を訪ねるフィールドワークなんて初めてで、もうドキドキでした。
クラスメートのYさんと一緒に訪問した。草薙さんの奥様が開口一番
「まぁまぁ、若いお嬢さんたちが見えましたよ!嬉しいですね」と笑顔で
おっしゃっられ、緊張がとけたのを覚えています。
(Yさんも私も今風にいうとアラウンドふぉてぃ・・お嬢さんと言われこちらも嬉しかった^^)
ざるを作る道具はこの3点のみ。昔の人のざる作りに想いをはせ、
たまに竹の刀で作ってみるそうだ。
目の前で竹の刀を使い、竹を細かくさいていく草薙さん、見事な手さばきに感動!
左が竹の刀で作ったもので、右が上の写真の道具で作ったざる。
どちらも美しく、本当にしっかりしていて手に馴染む。
昔から丈夫な日用品として需要が高く、耐久性にも優れていた篠崎のざる。
人が乗ってもビクともしない・・ほんと草薙さんが乗ってざるの上で飛んでもビクとも
しなかったのにはびっくりでした。
篠崎には多いときで400軒ほどのざるをつくっている家があったそうです。
特に戦後の物のない時代には、作れば売れる故か粗悪品もでまわるようになり、
そこへ海外からカラフルなビニール製のざるが入ってくるようになると
急激に衰退していったとのお話でした。
昭和60年頃の雑誌の取材の写真(引き延ばしたもの)をみせてもらった。
草薙さんより許可をいただいていたので、フィールドワーク時の写真とともに今回
アルバムにアップしました。(↑アルバムを見る)
江戸川区教育委員会発行の「地名のはなし」に以下の記述があった。
文化7年(1810)の『葛西誌略』に、 「上下の篠崎にて、農閑に笊を作り莚を織りて活計を助く。篠崎ざる、篠崎莚とて名物也」 と書かれ、明治、大正になってからもさかんに作られていました。 現在は、需要の減少にともなって激減し、わずかに草薙秋男さん、草薙重一さん(ともに 区無形文化財工芸技術保持者、篠崎町一丁目)によって、その技術.が守られています。 |
篠崎といえば、江戸川総合人生大学がこの7月船堀から篠崎に移った。
忙しくて一度も行けてないが、江戸川総合人生大学のほかにも、図書館、伝統工芸ギャラリー
などもある篠崎文化プラザに遊びにいかねば!
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