今回の出産の話・・・(長いです)
思い起こせば、早々につわりが始まり、
会社で、グループミーティング中に、
うぅっ
。トイレにパタパタパタ
。
ドラマの中の、妊娠判明シーンを演じてしまったのが、
ゴールデンウィークあけだった。
つわりは、食べつわり系につき、
体重もUP
、おなかのふくらみもUP
、UP
。
夏休みの無理がたたったか、
6ヶ月の時、切迫早産と診断され、会社は休職。2回の入院+自宅安静
。
36週で退院してから、出産までの2週間が、私の貴重な産前休暇になりました
。
ベビーベット出したり、子供の服を洗っておいたり、気になっていた出産準備もなんとか、
墓掃除と隣の神社参拝もこなし、
寂しい思いをしていたTAともゆっくり過ごせました。
↑後ろから来る、丸いのが出産1週間前の私。
入院中に、いろいろ情報ツウになってしまって、
お産って怖いなぁと
。
命がけだとすら思いナーバスになってたけど、
この2週間のおかげで、そんな気分をリフレッシュでき、
絶対に無事に
しかも短時間で産むぞ
と、
ひそかに覚悟を決めるまでに気持ちの整理ができました
。
具体的に言うと、目標3時間
!
前回1日がかりだったから、大声ではいえません。
そんな私の出産エピソードは・・・
12/15 ・・・ 検診day。
本当の予定日は12/30だからまだ少し早いけど、
なんせ切迫早産と診断された身。
ドキドキしながらの診察も、先週と変化なしと言われ、
明日から38週、逆に産まれないのは困るから、動こうと決める。
12/16 ・・・ 昨夜遅く腹痛
陣痛!?でもなんか違うって思ってたら、胃腸炎
。
ノロではなかったけど、かなりぐったり来たので、病院へ。
モニターつけたら、4分間隔でおなかのはりが。
先生は、このままお産になるかもね
って言ったけど、
このままお産はつらいと訴え、栄養剤の点滴をしてもらう事に。
それに、このはりは、陣痛じゃないんだってば。
12/17 ・・・ 胃腸炎はよくなって、
おなかのはりもおさまった~。
でもおしるしが出た
。
おしるしでたら、1、2日のうちに陣痛はじまるんだよね。
でもおなかは平和。
12/18 ・・・ 隣の神社に、再度、念押しの安産祈願に。
家にいても、移動手段がないから、
念の為、MAさんの職場で待機。でも、変化なし。
以外と生まれないもんだね
。
12/19 ・・・ 今日も、MAさんと一緒に出勤しよう。
いつもよりちょっとおなかの張りが強いような気がするけど、
みんなに言ったところで、ここ数日のドタバタもあるし、
狼少年になってしまいそうなので、
黙って一緒に出勤
(7:30)。
お茶もらってお菓子食べて、時計みてたら、
はる間隔が10分。ちょっと痛いぞ
。
経産婦の病院へ行く目安の陣痛間隔ではあるけど、
痛みもそんなに強くないし、時間も10秒ぐらいと短いような気がして、
どうしようかな~と迷う。
でも待ったなし状態になってから病院へ行くって言い出すのも迷惑だろう、
最悪、一人で病院のロビー歩くかと思って
朝礼が終わったMAさんを呼び止め、病院行くことにした
(8:30)。
外来で、診察。
先生は、おしるしもあったみたいだし、
このまま入院していってもらいましょうかー
で
分娩準備室へ移動(10:00)
子宮口1センチ
陣痛間隔、8分
そうと決まったら、もう産むしかないね。
痛みもだんだん増してきたし、これは陣痛に違いないぞ。
お産の担当です!と挨拶に来てくれた助産婦さんは、
入院中、この人に当たればいいなと思っていた、
若いけどテキパキしてる一番好きな助産婦さんだった。ラッキー
。
TAの時は、陣痛中、ただ横たわって、痛い、助けて、と泣きうめいていた
。
おなかを切ってと切にお願いもした。
でも、逃げても終わりがこない、結局は自分で産むしかない事を知った私。
当たり前の話だけど、1人目はわかってなかったので長引いたと振り返ると思う。
今回は覚悟も決めてきたし。
この痛みは、産むまで続くから、1回でも陣痛の回数を減らしたい。
ので、立つ、座る、動く。
トイレまで、うろうろ。うろうろ
出ないのに移動。
助産婦さんにどうすれば、早く産まれるかってきいたら、
とりあえず動いてて!立ってるのが一番かなー。と
やっぱりね。
ただ立つのもつらいから、またトイレへ。うろうろ。ふらふら。
TAの時は、朝病院へ行って子宮口2センチって言われてから、
何度内診うけても、夜まで2センチだった。
病院に来てくれた母は(10:30)、
長丁場を覚悟の上、自分の着替えを持ってきたとか。
靴も動きやすいペタ靴。
陣痛の間隔
を測ってくれたりと、やる気は感じられるが、
手は携帯をかちゃかちゃやってる。
実況中継はいいから、腰押して!
MAさんは、陣痛準備室内のソファーに座り、
いつの間にか手に入れた新聞を読んでいる。
彼は、例えば、東京⇔富山間(電車
)の移動中、
スポーツ新聞1冊を、隅から隅まで3時間かけて、くまなく読む。
今回手にしているのも、スポーツ新聞。
要するに、暇つぶしをしているという訳
。
新聞にかなり集中していたが、
私に睨まれてる
と気づき
「かわってやれないもんな
」とつぶやいた。
かわる気なんてさらさらない。
新聞を読み終えたら、外出許可を願い出るであろう。
でも、そうはいかないよー、
その新聞を読み終える前に産んじゃうもんね~。
そして、分娩室で、撮影係&へその緒切り係りに任命しちゃうんだから。
やる気
がみなぎったところで、
うろうろ先のトイレから出るに出られない事になり、
心配して見に来てくれた助産婦さんに連れられ2度目の内診(11:30)。
子宮口8センチ。
いやー、うれしい。進みが速いではないか
。
それに8センチなら、もういいんじゃない??
力をいれれば、産めそうな気がする。
助産婦さんは、あと何回かの陣痛で産まれてしまうかも知れないから、
念の為、分娩室に行ってようと。
でも、あと2センチ。
ちょっとだけ子宮口にかかっている部分があって、まだ産めない。
辛いけど、横向きになって、もうちょっと我慢して。と。
言うこときかず
、大騒ぎしてたら、
助産婦さんが、1人、また1人と増えてきた。
ご家族を呼んできますね~と出て行った助産婦さんは、
「おふたりとも、
首を横にふってらっしゃいましたー」とすぐに戻ってきた。
ひとりは携帯さわって、もうひとりは新聞読んでませんでした?
写真撮って欲しいし、連れて来て下さい。
と言おうとした所で、
「はい、全開。破水。」
「先生まだ? 先生早く呼んでー。
ちょっと、待っててー。」
そんなもん、待てません。で「おぎゃー
」
12時11分でした。
よかった~
、無事に終わった~
。
安堵感、達成感、安心感、なんとも言えない、幸せな気分で胸が一杯になりました
。
全てに感謝。感謝。
ようやく、付き添いの家族2人が入ってきました。
MAさんを見ると、酔ったような顔をして(お酒ではなく船酔い系
)
「すごかったねー」と言った。
がんばったねーでしょう、普通は。
「遅い!写真撮って欲しかったのに
、ひどい
。」と言うと、
お前の母ちゃんの方が、もっとひどいって。
うるさいっていって、扉を閉めて回ってたもん。と。
母は、MAさんが、あれはほんとにRU?って言ってたよ
と2人で言い訳
、
よくわからないけど、まあ良しとしよう。
全てに感謝中、慈悲深い私です・・・。
生まれたてのわが子は、
顔はむくみ、ガッツ石松。
でも、かわいく、いとおしかった
。
長い間入院してたし、ウテメリンの副作用、辛かったよねー。
ようやく、ひとやま超えれたね。
ようこそ、これから、あなたも家族の一員よ。
名前は、こんな風になりましたよ↓
平成20年は、オリンピックイヤー、日本人のノーベル賞受賞にも沸いた年でした。
世界で活躍する子に!
そんな大きな夢をみつつ、
健康にすくすく育って欲しいなと願う今日この頃です。
皆様、今後とも家族共々よろしくお願い致します。