今朝(2月27日)の朝日新聞「ひと」欄によれば、臨済宗妙心寺派の禅僧、松原泰道師はこの句が気に入っておられるそうだ。松原師といえば、私が1985年(44歳のとき)にカリフォルニア大学サンディエゴ校で開かれた一般意味論国際大会で般若心経について話したとき、その原稿(PRAJNA-PARAMITA-SUTRA: A GENERAL SEMANTICS INTERPRETATION)を書くにあたって『般若心経入門』(祥伝社、1972)をはじめ何冊かの著書を読ませていただいたのだが、それを執筆されたとき、師は65歳だったということを、今日はじめて知った。
あれから三十数年を経て、私はすでに65歳の定年を迎えて2年が過ぎようとしている。今も非常勤講師としていくつかの学校で教えているが、それは規則的な生活を維持してボケを遅らせるためだ。何かにつけて、そろそろ現役を引退して悠々自適の老後を過ごしたいという気持ちが強く、あちこちで二言目にはそのことを口に出す。だが、松原師は「生涯現役、臨終定年」をモットーに65歳以降に130冊を超す著書を出し、100歳の今も現役で説法と執筆を続けておられるという。そのことも驚きだが、私はそれよりも芭蕉の「よく見ればなずな花咲く垣根かな」に感動されること、つい見過ごしてしまいそうな何気ない日常の一コマに気づいて感動し、そこから真理を読み取る鋭敏な感受性をもちつづけておられることが凄いと思う。
何万分の一でも師に近づきたいものだが、それには、是が非でも「がんばろう!」とするのではなくて、いまここでベストをつくして生きることであろう。過去はいまここにあり、未来はいまここかからはじまる。いまここに生かされない過去や、いまここに足場をもたない未来は意味がない。過去と未来をいまここに包み込んで、ひたすら生きる。あとは「なるがまま」にまかせるということでいいのだろうか。師がお聞きになれば、まだまだ修行が足りぬと一喝されそうだが・・・
般若心経入門―276文字が語る人生の知恵
松原 泰道
祥伝社
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