最近、教育や学力を一面的にしかとらえていない「児童生徒の学力低下」や「教師の指導力不足」を理由に、競争原理の導入や監視・管理を強化しようとする動きが、いろんなところで起こっている。11月4日付けの朝日新聞朝刊によると、東京都足立区教委は、学力テストの成績に応じて区立小中学校に配分する予算に差をつける方針を固めたという。成績上位校を優遇することで校長と教員の意欲を高めるというのだが、逆効果ではないか。区教委の決断の背景には、それなりの事情があるのかもしれない。しかし、成績の振るわない学校にこそ予算と人的資源の両面で手厚くサポートすることで、教師のやる気を起こし、学校を活性化させ、子どもが活き活きと学ぶ環境を整備することを通して地域住民の信頼と支持を獲得するという、真っ当な考え方が通用しないのはなぜだろうか。
教育の中央集権化につながる改革では現在の教育問題をさらに悪化させる。「教職員の資質向上」という名目のもとに行われる施策や改革によって、校長や教師の裁量権を極端に狭め、上意下達の徹底を図ろうとしても、上からの指示を待って、それに従い、上意を汲んで先取り実践をしようとする傾向が広がるばかりである。そこからは、教師が自らの力で授業を改善し、教育を再生しようとする意欲は生まれない。教師集団がもっと子どもに目を向けて、自らの専門性を高め、お互いに協力し合いながら、伸び伸びとした元気で賢い子どもに育てようとすれば、上意下達のシステムそのものを変えなければならない。その意味で、「犬山の子どもは犬山で育てる」と宣言して教育の地方分権を主張し、学校と教師の自立を支援している愛知県犬山市の教育が注目されている。市教委は、学校現場に大幅な権限を持たせ、少人数学級と少人数指導を行なうための条件を整備することによって、教師自身が協力してお互いの授業改善を図り、子どもたちが主体的に学び合う教育を進めている。そんな犬山市の取り組みの一端を見ようと、11月2、3、4日に連続して開かれた下記の催しに参加した。
11月2日
犬山授業改善交流会「学校の自立と教師の自己改革―自ら学ぶ力を育む授業づくりと学級づくり―」
11月3日
シンポジウム「教育のまち」「教育の地方自治と学校の自立」
討論Ⅰ「自ら学ぶ力を育む学びの学校づくり―子どもたちに身につけさせたい学力とは何か―」
討論Ⅱ「教師の自己改革による学びの学校づくり―いかにして教師の資質・能力を高めるか―」
対談「犬山の教育改革の評価と今後の展望」
11月4日
提言・実践首長会教育改革リレーフォーラムin各務原・犬山「教育の地方自治と地域に求められる人づくり」
学校現場から地域へ、そして首長レベルへと視点を広げていく構成も良かったが、とりわけ、3日間を通じて、この種の大きな研究会でありがちな、形式的な進行によって予定調和的に議論をまとめるということがなかったのが見事だった。どの日も比較的短時間に盛りだくさんのプログラムが用意されていたが、司会者がフロアから多様な意見を巧く引き出し、実りある議論が活発に展開されたので満足できた。とくに2日目の地域レベルでのシンポジウムでは、教師も校長も保護者も教育委員も対等に意見を出し合っていて、町ぐるみで教育を考える素地ができていることを実感した。
初日に筆者が参観した犬山中学校の授業公開では、特定の授業だけを見せる「公開授業」とは違って、授業が行われている教室に自由に入ることができた。そこでは、少人数学級やそれをさらに分割した少人数グループで、あるいはチーム・ティーチングによって、たしかに子どもたちが互いに話し合い学びあいながら授業が進められていた。けっして目を見張るような華々しい授業が展開されていたわけではないが、ごく普通のことが普通に行われているという印象を受けた。外部にアピールするための、これ見よがしの改革ではなくて、ごく自然な流れの中で教育・学びの原点に立ち返ろうとしているところが、かえって新鮮だった。
競争によらずに子どもに学ぶ喜びを感じさせることが大切だと瀬見井教育長はいう。そのためには子どもの達成感や学ぶ動機を尊重しなければならない。世の中には、勝とう負けまいとして頑張れる人間もいれば、そういう価値観にまったくなじまない人間もいる。人間としての生きるための基本的な教養を身につけることを目的とする義務教育においては、すべての子どもたちに競争原理という価値観によって学ぶことを強いるのは、もっとも非人間的である。かといって多様な教育機会を提供するという美名のもとに子どもや教師や学校や地域を分断してもいけない。多様な価値観を持った、多様な人間が共に生きていることを認めて、お互いが協力し合いながら学び、生きるという価値観こそが教育にもっともふさわしい。犬山市は、子どもに対しては「学び合い」、教師に対しては「同僚性」を促すことで、それを実現しようとしている。
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安倍政権の教育政策を批判して、独自の教育行政を目指してみえます。 県民としては是非、知事になって欲しい方です。