おじさん山伏です

修験道の修行から見た心の散歩です。
アイヌのアシリ・レラさんからの命名です。
「キムン・マタギ」になりました。

昨日の続きです。旧荒浜小学校に訪問したとき近所のガマの油売りの芸を持つおじさん。

2019-05-25 | 日記

 昨日の続きです。

旧荒浜小学校(震災遺構)から50mほど海側にガマの油売りの芸が

出来るおじさんと話しこみました。

おじさんは、ここ住んで3代になりそう簡単に移転できないとの話。

震災の津波から海岸からあるある範囲は住ことを認めない

地域にしていしてしまいました。

 

旧荒浜小学校から海に向かう道の途中にのぼりにひかれて

「ちょっとお話を聞かせていただけませんか?」と僕。

「良いよ、入りなさい」

 

この模型の上から下の川が象山運河です。

林が切れた所に橋があり渡ったところに荒浜小学校があります。

 

震災前の航空写真です。運河の海側にも民家が建ち並んでいました。

おじさんが今、働いている場所です。

烏骨鶏を育てています。

65才のときに脳梗塞で倒れ元気になり

山中7ケ宿をわらじで歩こうに参加したとき75才で

新聞記事に出ています。

これから近所の土地を宮城県から借りて烏骨鶏を300羽育てて

その後有機農業を行いたいと希望を話してくれました。

勿論、美味しいコ-ヒ-をごちそうななりながら。

スト-ブもおじさんの手作りです。

ここに烏骨鶏を300羽育てると夢を持っています。

 

裏の畑です。

旧荒浜小学校です。

1階のこの入り口から津波が押し寄せました。

 

 

 

ありがとうございました。

こうしてブログを書いていて、吉野古道の修行だとか

断食会に参加しようと思っていることが

自分自身が心の底から恥ずかしくなりました。

そうだ!もう一度渡邊さん--おじさんの名前です。

真剣に話を聞くことは、菩薩行であることに気づきました。

貞山運河をもう少し自分の目で見て

無くなった方達の冥福を祈ることが

僕の残された人生のひとつなのかも知れませんね。

明日は久し振りに箱根勤行です。

最近、寝ていて足がつります。

明日の朝の状態によりますが?

 

 

 

 

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