拝島正子のブログ

をとこもすなるぶろぐといふものを、をんなもしてみむとてするなり

秘密の花園が裸の花園になったが根はしっかり残った件

2024-09-20 09:55:42 | 植物

というわけで(いつからの話の続き?)、「猫の額」あらため「秘密の花園」に対して総攻撃を仕掛けた(と言っても、実際に草木を成敗したのは植木屋さんである。ドイツ語で言えば「総攻撃 lassen」である。その結果、景色は一変。例えば、門……いや「門」と言ったら漢字を見ても分かるとおり屋根がついてる立派な建造物である。秘密の花園のそれはせいぜい「木戸」である(木製ではないが)。その木戸の辺りのビフォーアフターはこのとおり。

庭から山々が見えるようにになった。そして、花壇のビフォーアフターはこのとおり。

「花壇」と言っても、これまでは「想像の産物」であった。草木に隠れて杭が見えなかったからである。その杭が明らかになり、花壇の範囲(フェンスと杭の間)が明瞭となった。ここにお好きなモノを植えなさい、ということだったのだな。そして、道路から中を覗いたときのビフォーアフターはこのとおり。

あらやだ。外から丸見え。まるで丸裸。これじゃあ、夏場に行水ができないですわん(丸裸だから丸裸になれない。これいかに?ところで、「丸裸」と「素っ裸」の違いはなんだろう。いつか研究してみよう)。てな具合である。夏草や兵どもの夢の跡の風情、と言いたいところだが、夏草からしてほとんど残ってない。

こんだけの大戦(おおいくさ)をしたのだから、草木ゴミは某大。もちろん、植木屋さんにもってってもらう。

まだ作業中である。乗り切らないゴミがたくさん残ってる。植木屋さんは何往復かかけてゴミを捨てに行くと言っている。そもそも、木を切り草を刈るだけなら私(体力自慢)でもできる。後のゴミ処理が無理だから業者に頼んだのである。ついでに、庭の管理方法をいろいろ教わった。庭いじりが趣味の隣のご亭主もいいチャンスとばかりやって来ていろいろ質問をしていた。こうやって知り合いの業者が増えていくと、生活もしやすくなる、というものである。

見ると、切った木にキノコがはえている。

キノコは枯れてる木に生えるのだという。これは杏(梅だとばかり思ってた)の木だ。今年たくさん実を付けたが、幹の半分は枯れていたという。殲滅作戦を敢行した理由の一つである。その他、生け垣を切っても切ってもフェンスからぶっとい枝が道路に張り出すとか、花や葉っぱが道路に落ちても常住してないのでしかるべき時に掃除ができないとかも作戦の動機となった。

花壇には、将来(引越後)、野菜を植えるつもりである。

なお、殲滅作戦と言っても「根絶やし」ではない。根っこは残っている。

抜根すると、費用が倍になるからである。いずれ、この切り株から若木が生えてくるのだろう。横浜の実家の柿の木がそうだった。隣地との境に塀を作ったとき、作業の邪魔だったのだろう、業者がことわりもなしに切ってしまったのだが(帰宅した父がその話を聞いて烈火のごとく怒り、「なんでそんなことをさせたんだ」と母を責めた。母は「知らないうちに切られたんだ」と言って夫婦喧嘩が勃発した。私は、喧嘩をする相手が別だろうに、と思った。数十年経って、母に「その後どうなった?」と聞いたら「もちろん業者からお金をとったわよ」と言っていたがウソかもしれない。母はそういう見栄っ張りなウソをつく人間であった。長い括弧はここで終わり「業者が柿の木を切ってしまったのだが」に戻る)、すぐに切り株から芽が生えてきて、へー、木って強いんだなー、と思った。三代将軍源実朝を暗殺した公暁が身を隠していた大銀杏(樹齢一千年!)は数年前に倒れてしまったが、残った根から芽が出ているそうである。オペラ「利口な女狐の物語」の女狐(ビストロウシュカ)も鉄砲で撃たれて死んだが、その子供達がしっかり「いたずら者」の後を継いでいた。だから、わが家の秘密の花園……おっと、もう丸見えだから秘密でもなんでもない、「裸の花園」である。その裸の花園の木たちもいずれ復活する日が来るに違いない。その日をこの目で見ることができるだろうか。木の復活と私の寿命のいたちごっこ、いや、きつねごっこである(狐に別に深い意味はない。狐のオペラの話が出たんで言っただけ)。

この日の作業が一段落して植木屋さんが帰ったので私も帰ろう、空がゴロゴロ鳴っている、傘を持ってないから本降りになる前に引き揚げようと思って玄関を出ると、風が頬を打った。気流を遮る木々がなくなったことを実感した。