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And This Is Not Elf Land

ステージからスクリーンへ(11)


期待通どおりでした…夜の教会に忍び込んでA Sunday Kind of Loveを歌うシーンは、教会の細部までスクリーンに映し出されて、非常に映像がきれい。息をのむ美しさでした。しかし、歌っている途中で、スタンレー巡査と教会の女性が入ってきます。舞台では普通の格好をしている女性は(役名はchurch womanとなっています)映画ではシスターになっています。

そして3人を見つけて、「ほら、幻を見たんじゃないって言ったでしょ!」と巡査に向かって言います。舞台では「教会にどんな幻がいるんだか…」なんて…どことなく可笑しくて大爆笑が起きるシーンですが、映画ではシスターがワインでいい気分になっているところでの「侵入」であり、通報を受けた巡査が「幻を見たのでは?」と疑ってかかったとしてもおかしくない状況で、さらに笑わせてくれています。

そして、ニックと入れ替わりにトミーが出所してくるのですが、今度はトミーと再びA Sunday Kind of Loveを歌います。

舞台監督のデス・マカナフは、この「ジャージー・ボーイズ」の舞台を創るにあたって「教会から小さなクラブへと移り変わるシーンをどこかに必ず入れたい」という思いを強く抱いていたのだそうで、それが結実したシーンでもあります。そして、これらのシーンとこの曲の組み合わせというのも素晴らしいとしか言いようがない。そして、ここは映画でも忠実に再現されました。

でも、映画でちょっと気になったのは、このシーンでトミーの声があまり聞こえないこと。フランキーとトミーの二重唱というのは、実はこのシーンだけで、この後の二人の確執を思えば、この小さなクラブでの短い二重唱は、線香花火の一瞬の煌めきのように儚くて胸にしみるのですが。アメリカで観たときは、本当にトミーの声が聞こえなくて驚いたのですが、日本で落ち着いてみるとトミー役のヴィンセントの声が微かに入っているような気はしますが…もうちょっとしっかりと聞かせてほしかった気もします。

そして、舞台上からフランキーが店内にいる魅力的なマリーを見つけます。しかしマリーの傍には男がピッタリいる。何とかしてくれよ、トミー!となるわけですが…舞台では用心棒らしき男にトミーが指を鳴らして合図をしただけで、男をつまみ出してくれます。もうねぇ、トミーは指を鳴らすだけで、全てが思い通りに動く(笑)なんて凄いんだトミー、と笑ってしまうシーンですが、映画ではもっとリアルな表現になっています。トミーが用心棒に耳打ちするシーンと、男が「貴様は誰だ!?」なんて抵抗するシーンを入れています。こういうところにも私はただただ感心してしまうのです。

さて、マリー役のレネー・マリノは何度もブロードウェイで観ています。彼女は舞台でもジョン・ロイド・ヤングと共演もしています。(ちなみに、ロレインのエリカ・ピッチニーニとも舞台で共演しています)舞台のレネーは独特の低い声が印象に残っているのですが、スクリーンでは特に低くは感じなかったのが不思議…

フランキーはマリーに「その色似合うね。いつもその色を着るといいよ」なんて第一声を発するのですが、これ、舞台みたいに鮮やかな赤のドレスを着ているからこそ生きる台詞なんじゃない?なんて思ったりもしたのですが…

(舞台の初デートのシーン)


まぁ、シルバーグレーのドレスもお似合いなのでいいか(笑)舞台は、遠くの座席にいる観客にもキャラクターを印象付けるように、かなり特徴的な服装をさせるのが常ですが、映画ではその必要はありません。いずれにしても、映画での登場人物のファッションはどれもよく考えられていて素敵だと思いました。

そして、舞台にはない二人の結婚式のシーンへとつながるのですが、ここでもA Sunday Kind of Loveのメロディーが引き続き流れていてとてもよかった。

こういう外国のミュージカル映画を観るといつも思うのですが、私たちは「歌詞」を字幕で追いながら曲の世界を理解します。しかし、歌詞が入らないインストルメンタルだけの演奏になると、もちろん歌詞の字幕は出ませんし、私たちには単なる「音」としての情報しか入ってきません。しかし、第一言語で観る人には、メロディーに先ほどの歌詞が入ったかたちで、脳内で再生されるんでしょうね。私たちが日本語の馴染みの曲のメロディーだけを聴いても、脳内で歌詞がちゃんと乗っかるのと同じで。だから、メロディーだけでもしっかり歌詞の世界が伝わる…この結婚式のシーン、A Sunday Kind of Loveの歌詞を必死で(笑)引っぱり出してきながら、スクリーンを見つめていました。

A Sunday Kind of Loveは「ジャージー・ボーイズ」で歌われる曲の中で一番好きです。一瞬の儚い煌めきを象徴する曲で、切なくて美しい。

コメント一覧

Elaine's
なおみさま、

そう、そこです~♪

BONESにジョセフ君が出ていましたか!いやいや…彼も本当に「地元から抜け出せない」のですね~(笑)

「ジャージー・ボーイズ」の映画に出ていた人たちはTVドラマで活躍している人が多そうなので、海外ドラマ専門のチャンネルを見ていたら、まだまだ出会えそうですね。また情報よろしくです!
なおみ
Elaine'sさま

「猿回しをやめさせたから~~~今からだよ!」の間かぁ。全然聞き取れてなかったです・・。
BD届いたら確認します。日本仕様はまだまだ先っぽいですが。

そういえば今週、DlifeでBONESのシーズン6を見ていたら、ジョーイ役のジョセフ・ルッソが殺された被害者の親友役で出ていたのですが、その回のタイトルが「ジャージーショア殺人事件」で、役名がフランキー・コステロ!!
(ほんとの本名はカステルッチオなんじゃないの?!)この人はよっぽどニュージャージーのイタリア系アメリカ人のイメージに
ピッタリなんだろうな、と思って笑ってしまいました。
ドラマ中でも笑わせてくれる役回りで益々ファンになりました。
Elaine's
なおみさま、

ジョー・ペシがボブ・ゴーディオの家を訪ねるシーンです♪
なおみ
Elaine'sさま

"Funny how?" う~ん・・わからない。どのあたりのシーンですか?ヒントをください!
ボブが加入するかどうかで揉めたところ?
Elaine's
なおみさま、

考えてみれば、映画では、ジョー・ペシに"Funny how?"なんて台詞を言わせたりもしているので、ちょっと遊んだのかも知れないとも思えます。

来日公演、本当に楽しみですね!
なおみ
Elaine'sさま

映画ではまって数ヶ月で舞台まで観られるかもしれないなんて!
ブロードウェイは私には敷居が高いので、とてもうれしくて今からドキドキです。よい席取れたらいいなあ。

ありがとうございます。ミスターセロファンは誰にでも通じる言い回しというわけではないのですね。
他にも用心棒が「Mother Goose!」って言ってたり、あのあたりの台詞が何かおもしろかったです。
Elaine’s
なおみさま、

いよいよ舞台ミュージカルも来ます!本当に楽しみですね(♪)

つまみ出された男の台詞は舞台にはないので、私も面白く思いました。よくわからないのですが…「シカゴ」でも使われていますし、男にとっては「ミスター・セロファン」、つまり「存在感のない男」みたいに言われるのはもっとも馬鹿にされていると感じるだろうと思って言ったのかな、とも思いました。

ミュージカルというのは、他の作品へのトリビュートとして、同じ表現・近い表現を敢えて入れたりすることがよくありますが(最近では「プロデューサーズ」)これがそれにあたるのかどうかは何とも言えません。

なおみ
Elaine'sさま、鳩サブローさま、ちゃらさま、

私事ですみませんが、ステージからスクリーンへ(10)のコメント欄で来日公演のことを知り、その後tangodelogを読んで
来年6月にシアターオーブで、と知りました。
FBもTwitterもやっていないので全然知らなくて。
この場をお借りして、ありがとうございました、とお伝えしたくて。
なおみ
鳩サブローさま、

はじめまして。こんにちは。
ありがとうございます!

フォーラヴァーズとしてもエド・サリバン・ショーに出ていたのですね。じゃあエド・サリバン・ショーには
何回も呼ばれているのですね。映画だとワックスマンが楽屋にあらわれるシーンの時が初めてみたいな感じでしたけど。

実はこちらのブログを読み始めた直後からtangodelogもちょっとずつ読ませていただいていますが、読み応えがありますね(汗々)。
元の知識量が違いすぎて、少しずつ読み進めないと頭に入らないので、まだ全シングル紹介の途中までしか読めてないんです。
実際はブリル・ビルディングで会ったときにはメンバー全員を知っていたということなのですね。
なおみ
Elaine'sさま、

回答ありがとうございます。ええー舞台でもそのままなんですね。あの部分って見る度サラッと流されて、その後の「Young,young,young, man!(で合ってます?)」にもってかれてしまう感じで、毎回小さなモヤモヤが残るので気になっいて。

クリューさんはパーソンズで学んでいた時期があるようですね。それだけでもフランキー、トミー、ニックとは違う環境で育った方なのだろうなと思いました。

「母の瞳」と言えば、最初の方の床屋のシーンで床を掃除しながらフランキーが小さく口ずさんでいるのもその歌でいいのでしょうか?

それから、質問攻めにして申し訳ありませんが、身近に聞ける人がいないので教えてください。
フランキーとメアリーが出会うシーンで、用心棒につまみ出された男が出て行った後、「Mr.cellophane」って言っていますよね。
あの言い回しは向こうでは一般的な使い方なのですか?私は「シカゴ」の中でしか知らないのですが。
Elaine's
鳩サブローさま、

ありがとうございます。

舞台では、フランキーがジップから「母の瞳を歌ってくれ」と所望されて「もうその曲は歌わないんです」なんて断るシーンもあり、フランキーがすでに歌手活動をしていることをうかがわせるシーンがあるのですが、映画ではそこがなくなってしまっているために、わかりにくくなったかとも思います。
鳩サブロー
なおみさんへ
http://tangodelic.tea-nifty.com/tangodelog/
こんばんは。横から失礼します。

なおみさん、クルーは53年から業界で仕事を始めています。フランキーも53年、54年に各1枚ずつシングルを出し、56年からフォー・ラヴァーズでLPまで出したり、エド・サリヴァン・ショウにも出ましたから、クルーは業界人としてフランキーのことは当然知っていました。

58年7月にフランキー・タイラーの名で出したシングル「I Go Ape」がクルーと彼の相棒フランク・スレイの作品で、これが初仕事。

チャールズ・カレロの話では、1959年3月にカレロも参加してローマンズ名義で作った「Come Si Bella」のシングルをNYに売り込みに行った時にも、クルーと偶然会ったとのこと。

そしてフランキーとゴーディオは61年、ブリル・ビルディングでクルーと再会するのです。
Elaine's
なおみさま、コメントありがとうございます。

ボブ・クルーとの出会いのシーンですが、舞台でもあのままです。

思えば、私はボブ・クルーが幼少のころに住んでいた家を見てきたのですが(笑)フランキーのようなプロジェクトではなく、普通の一戸建てでしたが、まぁ普通の家でした。

おそらく、同じくニュー・ジャージーのイタリア系で、クルーのほうが若干恵まれた環境で教育も受けていた人のようです。

フランキーは「母の瞳」などはプライベートでレコーディングしたりしていたので、地元の音楽関係者には知られた存在ではなかったかと思います。クルーも新人発掘のために地元のクラブなどに顔を出したりしていたでしょうし、フランキーたちとの接点もあったことは十分考えられます。

「ジャージー・ボーイズ」の舞台は、一応は「貧しくて、未来のない地区」ではありますが、イタリア系の人には音楽の素質がある人が多く、常に音楽活動が生活の中に身近にあったと思います。またショービズの都であるニューヨークがすぐ近くですから、音楽ビジネスというものも日本にいる私たちには想像がつかないくらいに、常に身近に存在していたと思います。それだけに競争は激しかったでしょうね。

こちらにコメントをくださる鳩サブロー様のブログも参考になさってください。
http://tangodelic.tea-nifty.com/tangodelog/
なおみ
Elaine'sさま

こんにちは。
舞台では赤のドレスなのですね。それはとても台詞とマッチしそうですね。
先日の丸いバッグと普通のスーツケースのお話もおもしろかったです。

私はこの映画を観てはじめて「A Sunday Kind Of Love」を知りました。スタンダードなのですね。
youtubeにアップされている動画のなかに、子供の頃のクリスティーナ・アギレラがこの歌を熱唱しているものがあって、どんな有名人にもこんな時代があるんだなーとJERSEY BOYSのストーリーやこちらに貼ってあったジャレッド・スペクター少年の動画と重ね合わせて思いました。(アギレラがカバーしていた「Lady Marmalade」もボブ・クリューさんの作った曲なんですね!)

名古屋周辺では先週公開ラストだったところがほとんどだったので、最後と思って観てきたのですが、(レディースデイなのもあってか最前から2列以外なんとほぼ満席でした!)何回観てもよくわからないというか、どう解釈したらいいのかと思う部分があるのです。

売り込みに行ったフランキーとボブがブリル・ビルでクリューと出会うシーンがありますよね。
その時すでにフランキーと知り合いという設定になっていて、その後なんで2人が知り合いだったのかについては全く言及されていないと思うのですが、これは舞台でも同じような流れなのでしょうか。
クリューもニュージャージー出身ということはクリューさん本人やフォーシーズンズに詳しい方は知っているのかも知れませんが、
予備知識なしだった私には、「どう見ても社会階層が違いそうなこの2人、しかもフランキーはレコード出す前(という設定ですよね)なのにどこで接点があったんや」という疑問になり、フランキーはデビュー前から歌の上手い少年として音楽関係者にはある程度名が知られていた、という解釈に落としどころを見つけるしかなかったのですが。
しかもご本人の英語版wikiを読むと、ボブ・ゴーディオと先に知り合ったように読み取れるし、色々シーンをカットした結果ああなったのかも知れないけれど何かちょっと雑だなあ、という印象が残ったので、舞台ではどうなっているのか教えてほしいです。
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