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And This Is Not Elf Land

The Opera Adaptation of AN AMERICAN TRAGEDY

昨年末、New York, Metropolitan Operaで公演された新作オペラAN AMERICAN TRAGEDYについて


2ヶ月前に鑑賞したオペラのことを書いています(苦笑)
2005年12月、NYのリンカーン・センターにあるMetropolitan Opera House(MET)でAN AMERICAN TRAGEDY(アメリカの悲劇)が新作オペラとして公演されました。2日のワールド・プレミアを皮切りに、24日のChristmas Eveも含めて12回の公演がありました。

作曲者はTobias Picker氏。アメリカ現代舞台音楽の第一人者と言われています。
Picker氏はDreiser作品が好きだった父親の影響で、少年時代から彼の作品に親しみ、その自然主義的手法と人間描写に強く印象付けられてきました。

AN AMERICAN TRAGEDY(以下AAT)をオペラ化することは長年の夢でしたが、Dreiser Estateからの許可が下りず、一時は計画も暗礁に乗り上げました。それなら…とPicker氏はSISTER CARRIEのオペラ翻案に着手し、それもキャスティングする段階にまで来ていたのだけれど、土壇場になってTheodore Dreiserの甥の尽力があってAATのオペラ化が正式に実現したという経緯があります。

かつて、A PLACE IN THE SUN(陽のあたる場所)もタイトルや登場人物名も変えて映画化されたのには、複雑な時代背景があったと言われています。今回も政治的解釈をされることを過度に恐れたのではないかと勝手な想像をしてみるのですが。

オペラは、かつての映画よりも原作に忠実な筋書きになっていました。勿論、登場人物名も原作のまま。少年時代の街頭伝道シーンから始まり、街頭伝道の賛美歌で終わりました。

私はオペラを始め、クラシック音楽の鑑賞は好きなのですが、考えてみれば「現代の」作品にふれた経験はなく、英語のオペラも初体験でした。(METでは英語のオペラでも、英語字幕があったので助かりました。ただ、どんな歌詞になっているのか気になって、十分に舞台に集中できませんでしたが。)

ひと言で言うと、音楽自体は非常に馴染みにくいものでした。
「う…っ、そういうメロディー進行になるのか」
これまでの自分の音楽体験の中で、自然に形成された「音の感覚」が根こそぎ覆されるようで、「脳内フリーズ状態」(!)終盤はストレスさえたまってしまった…。

しかし、METのトップ歌手(それも全員アメリカ人で)をキャスティングしてあるだけに、その歌声はそれまで耳にしたことがないほど素晴らしいものでした。

Clyde役のNathan Gunnは若手(イケメン♪)バリトンの第一人者。「魔笛」のパパゲーノ役でも活躍しています。最初は、この役がバリトン?と、少し違和感がありました。(オペラでは、こういう「優柔不断系」はテノールと相場が決まっているのでは?)Gunn自身も、それまでのバリトンにはあまり要求されなかった繊細な心の揺れも表現しなければならず、大きなチャレンジだったと、本人のサイトで語っています。

Roberta役のPatricia Racetteのソプラノは、信じられないくらいに透明感のある、豊かで美しい声でした。今までの自分の人生の中で耳にしたソプラノの中では「最高」の部類に入ります。

Sondra役はトップ・メゾソプラノのSusan Grahamでしたが、私の観た日はアンダーの人が出ていました。METの常連さんの中ではGrahamのファンも少なくないらしく、残念がる声もあちこちから聴こえましたが、代役のパフォーマンスも落胆させるものではなかったようです。凛として知的なメゾソプラノでした。

オペラでは、Sondraは新しい時代の到来の予感に心を弾ませ、新しい生き方をしてみたいと願う女性でした。Clydeには新天地、Parisで一緒に暮らそうと申し出ます。Clydeに与えるSondra、Clydeから求めるRoberta。こんな構図が示された中でクライマックスに向かいます。

話の「核」となるのは母親役、Dolora Zajick。彼女は「粗野で無学でありながらも信念を持った人物」というClydeの母の雰囲気とぴったり合っていました。そして、情感溢れた豊かな歌声を聴かせてくれました。彼女のメゾソプラノも、私の人生の中で耳にした最高のメゾソプラノだったと言えるでしょう。

オペラでは、小説のように母親の「限界」が言葉で示されることはありませんが、眼と耳で感じ取ることができます。観客はどう感じていたのでしょう。彼女がClydeに「どんな罪人の声も、神は聞き届けてくださる。だから祈りなさい。」と切々と訴えるアリアの後は「ブラヴォー」の拍手が鳴り止まず、ショーストップに近い状態になりました。

細かい話ですが、独房シーンのGunnの演技には、どことなく映画のほうのMontgomery Cliftを思わせるところがありましたね。

刑場に送られるシーンでは、冒頭で登場した少年時代のClydeが登場し、澄みきったボーイソプラノで神の愛を讃える賛美歌を歌います。それを振り返りながら、刑場へと消えるのでした。

METの新作は、「二度と公演されない」(?)作品も多く、これもそのひとつになるだろうとの批評もあります。(…と言うか、そういう批評の方が多い)私は貴重な体験ができたのかも。

これを再び鑑賞できる日が来るのだろうか。
(私が観たのは16日でしたが)クリスマス・イブにこれを鑑賞する人って…?

様々な思いが頭をよぎりましたが、とにかく、慣れない現代風味の音楽に疲労感を感じながらMETを後にしました。
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