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And This Is Not Elf Land

JERSEY BOYS:フランキーの逡巡


JERSEY BOYS(ジャージー・ボーイズ)ネタばれシリーズ、これが最終回になります。

1年近くかけて、JBの筋書きの殆どの部分を「ネタばれ」いたしました。も~う、これ以上バラすようなところはありません!そう、あらためて調べてみると…取り上げていないシーンというのは「2台の車に4人の男と3人の女の子、無限の可能性」「会計事務所の計算できないトミー」ぐらい(?)ですかね。


ここの週末は忙しくて、風邪が完治していない私には「殺人的なスケジュール」なんですが、最近また“jersey boys”での検索が多い。そうか、まだ「ミッション」(…と思っているらしい)が残っているしな~、まず、それを優先か(?)世間では、冬休みにNY、ロンドン、ラスベガスなどへ出かけられる人も少なくないんでしょうね…ぜひJBをご覧になってください。


ただ、これは、某「地球の歩き方」などが紹介しているよりも、ずっとずっと「要英語力」のショーです。なぜかというと、話の流れや、登場人物の心理、そこに内包されるテーマなど、殆どが登場人物の「語り」で表されるからです。もちろん歌もいいですが、語りの内容が分からないと、感動は激減します。



さて、ここでニック・マッシのキャラクターは『オペラ座の怪人』で言うと、猿のオルゴールなのだ…と言ったまま放置していますので、それについて書きましょうか。


1990年、フォー・シーズンズはロックンロールの殿堂入りを果たし、その輝かしい場に久々にオリジナル・メンバーが揃います。

このあたりはDREAM GIRLSと似ているという人もいらっしゃいますし、JERSEY BOYSって、『ドリーム・ガールズ』の白人男性版だろ?…とおっしゃる方もいるんですが、私個人としては、そう感じたことはないです。正直申しますと、私はDREAM GIRLSはあんまり(というか、全く)好きじゃありません。
何故かというと…「女」が主人公の話だから…私は「男」の方が好きだ(!?)(わかりやすすぎる理由だ)いや、もっと言うと、DREAM GIRLSは非常に女女した話であり、根底にあるのは、(女の)嫉妬・恨みつらみ・当てつけ…こういうテーマなんて…「私の人生そのまんま」やないのっ(!?)いやいや(汗)、もともと黒人音楽というのは、苦しみや怒りなどの感情から生まれたものだと思いますし、黒人音楽がテーマとなるこの作品の根底にも、このような感情が渦巻いているというのには何の矛盾もありませんよ。
ただ、「勘弁してくれ!」と言うだけの話なのです、ハイ





で、(話は戻る)気まずい別れ方をしたトミーもニックも揃います。

トミーは「フランキー、娘さんのことはお気の毒だったな。本当に辛い話だ…」と声をかけます。「ありがとう、トミー」と短く答えるフランキー。そこでボブが「フランキーは新しい家族を持ったんだ。3人の息子がいるんだよ」と口を添えます。

…私、いつ見ても、ここはちょっと抵抗ある…ボブが「おばはんの会話」をしているみたいで(笑)でも、このトミーからの「お悔やみの言葉」というのは、…ジップの地下室で争うシーンで、フランキーがトミーに「君は僕にクリスマスカードの一枚も送ってくれたこともなければ、食事をごちそうしてくれたこともない、『家族は元気か?』と聞いてくれたことさえないじゃないか!それで長年の友達と言えるのか!?」と怒りをぶちまける…あの台詞を受けているのでしょう。

ここで、トミーとフランキーの関係を修復させとくためには、この台詞は必要。で、娘さんの死の悲しみがまだ残っている舞台では、フランキーが新しい人生を踏み出しているという情報を与えることで、重い空気を癒さなくてはいけない…そして、そのことはフランキーの口から言わせるよりも、ずっと良きパートナーとして一緒にいたボブの口から言わせる方が適切、という脚本家の判断なのか…まぁ。そう考えれば辻褄は合っているんですが、ちょっとKYだったボブですしね(笑)私はいつもここで「はぁ~、あんた人の家庭のことに興味があったん?」なんて突っ込みたくなる。ここは、もっと何とかならなかったんでしょうかね~


そして、故郷でバンドをやっていた時代からの悪友同士だったトミーとニック…すったもんだの末に喧嘩別れをしたはずなのに、この日は、仲直りをしたんだかどうなんだかわからないけど(とりあえずニックは「マイ・タオル持参」でやってきて…)ホテルで同室にいるという(!)トミーは「俺たちの部屋で盛大にパーティーをやるから来いよ!」とフランキーを誘うのでした。


フランキーの最後のモノローグ

「結局、僕はトミーのパーティーには行かなかった。何度かドアの前までは行ったのだけど…どうしても中に入ることはできなかった。自分でも何故か分からない…たぶんニックは『何を気取ってんだよ!』と思いながら見てたんじゃないだろうか?ニックは、あのとき、どう思っていたのだろうか…それについては、今はもう、知る由もない…2000年の12月、神は彼に永遠の休息を与えた…」

ここで、観客の「ふう~」という溜息を何度も耳にしたことがあります。

ニックはどう思っていたのか…この「問い」が、ここで観客に託されてしまいます…観客はその「問い」を心のどこかに留めながら劇場を後にし、現実の生活に戻ることになります。

フランキーは絶望的な環境から、類まれなボーカルを武器に、よき仲間にも恵まれて輝かしい光にあふれるスターへの道を登りつめました。トミーが象徴する「闇」の世界の影響に苦しみながらも、持ち前の努力と誠実さで成功者となりました。…しかし、その道のりで「置いてきたもの」のことは、いつも心のどこかに引っかかっていたのでした。これは、人知れずニックとの友情を持ち続けてきたことにも表れていますし、この最後の独白にも表れていると思います。


フランキーはトミーのパーティーに行くことを潔しとしませんでした。一方、そんな自分をニックはどう見ていただろ…この思いは、何年たっても彼の心の中から消えることはありませんでした。ここの部分は、それぞれの感想がありましょうが、私には、一番心を動かされるところです。きっと、ここの「答え」は、フランキーは残りの人生のすべてをかけて導き出していくのでしょう。Energizer Bunnyのごとく、ただただ歌い続けながら。

人というのは…そんな簡単に過去を振り切れるものではない。人は、どんなに「新しい世界へ向かうんだ」ともがいても、最初に根を張った場所から、本当の意味で「抜け出す」ことはできるのでしょうか?『ガラスの動物園』でも、主人公のトムが、絶望的な環境から逃げ出して、夢を追いかけますが、どこへ行っても、置き去りにしてきた姉のローラ(心を病んでいた)の面影が追いかけてくる…広い世界のどこへ行っても、儚い光を見れば、姉を思い出してしまう、あれと同じではないかと思えてなりません。

闇から光へ、絶望から希望へ、貧しさから豊かさへ…大きな飛躍をした人は、それだけ、心の深いところで、「置きざりにしてきたもの」への思いを深くしているものなのかもしれません。

以前にラジオ番組でJBが話題になっていたとき、DJが「結局、これってフォー・シーズンズの成功物語なのですよ。アメリカ人って成功物語が好きでしょ?」と(軽~く)紹介していましたが…ま、そうでしょうが…成功物語が大好きだからこそ、それと隣り合わせにある、さまざまな人間ドラマへの深い共感もあるんではないでしょうか?この辺は日本人には分かりにくいかも知れません。(勿論、そのDJ氏のコメントは、それも含めてのものだったのかも知れませんが)

JERSEY BOYSが、今なお圧倒的な人気を誇っている一番の理由はここにあると思います。

(結局、「猿のオルゴール」については、言いっ放しになりました…

コメント一覧

Elaine's
家元さま、コメントありがとうございました。

もう、最近は「JERSEY BOYSファン」が職業みたいなもんです(汗)家元さまのご感想を拝見して、本当に作品が気に入られたことがよく伝わってきて嬉しかったです。

ヒューストンを訪れたことはないのですが、ブロードウェー作品のツアー公演はしょっちゅうあるのではないかと想像しています。

でも、確かに、NYはNYでいいものです。

ブロードウェー・プロダクションのフランキー役たちは「声」も「顔」もいいですよそちらの記事を読んで吹きました(笑)
家元
Wow!
新年おめでとうございます。

当方のブログにコメントを頂き、ありがとうございました。
早速ブログを訪問させて頂きました。

で、後悔。
ジャージーボーイズを観に行く前にElaine'sさんのブログみておけばよかった。この考察の深さ.....いったいお仕事は?

ミュージカルも限られているHoustonですが、また機会をみてNYあたりに勉強しにいきたいと思います。

またお邪魔します。
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