▽ちょっと前からうたた寝が増えました。
▽と、この冒頭の一文を書き終えたところで、
うたた寝の「うたた」ってなんだよってことで辞書を引いてきまして、
「うたた」、「うたたね」の二つの項目に目を通しました。
「うたた」とは、「何が原因となったか分からないが、ひどく感動することを表わす」言葉です。
「うたた寝」の「うたた」とは関係ないんだろうかと思いましたが、隣の「うたたね」という項目の説明文には「うたたと同原」というようなことが書いてあります。
なんだかわからないけれど突然の睡魔に襲われて寝てしまう、そんな状況がもとなのでしょうか。
▽ちなみに「うたたね」とは、「正式に床に入らず、しばらく寝ること」だそうで。
では、うたた寝でない睡眠、つまり「普通に寝る」ためには、この逆をせねばならぬわけかという考えに至るわけなのです。
「正式に床に入り、寝ること」が「普通に寝る」ことでしょうか。
そこで「正式に床に入る」とはこれまたいったいどう状態を指すのかまるで分らないなとなりまして「正式」という言葉を調べてみますと、
「必要とされるものが全部備わっていて、その効果や結果が権威の有るものとして認められる様子」と定義されておりました。
つまり正式に床に入るというのは、
睡眠のために必要とされるものが全部備わっていて、その状態で眠りにつくことの効果や結果が権威の有るものとして認められることである、と私は解釈できるのではと思うわけです。
▽そう考えると、正式に床に入ることのいかに難しいことか。
睡眠に必要とされるものはとりあえず、「床」である布団でしょうか。
しかしこれは「最低限必要なもの」である気がします。
定義は「必要とされるものが全部備わっていて」とあるのですから、まず睡眠には何が必要かを調べる必要があります。
準備ができたら、実際に寝る。
しかし権威の有るものとして認められるように寝なければいけない。
自分の睡眠が権威の有るものとして認められるというのは、やはり医学的に認められることが一番適しているように感じます。
このご時世で権威を持つのは科学的に証明されていることでしょう。
いくら自分が「あー、よく寝た」と満足したところで、それは権威の有るもとして認められません。
個人の感覚的な問題であり、感覚は人により違う。
「正式」なのですから、そのあたりが主観的な判断に任せられてはいけない。
お医者様に自分が寝ているときの様子を客観的に確認していただき、
「今あなたは人体が睡眠という活動に求めていることを過不足なく完全に行えていましたよ」と認められて初めて、
「ああ、やっと私は正式に床に入ることができたのですね」と喜べるのでしょうか。
▽私は物心ついてから今までうたた寝しかしたことがないのかもしれないと、驚きを隠せないでいます。
▽久しぶりに話が脱線する楽しさを味わいました。
もう「ちょっと前からうたた寝が増えました。」という切り口で自分が伝えたかったことが何だったのか忘れてしまいました。
▽と、この冒頭の一文を書き終えたところで、
うたた寝の「うたた」ってなんだよってことで辞書を引いてきまして、
「うたた」、「うたたね」の二つの項目に目を通しました。
「うたた」とは、「何が原因となったか分からないが、ひどく感動することを表わす」言葉です。
「うたた寝」の「うたた」とは関係ないんだろうかと思いましたが、隣の「うたたね」という項目の説明文には「うたたと同原」というようなことが書いてあります。
なんだかわからないけれど突然の睡魔に襲われて寝てしまう、そんな状況がもとなのでしょうか。
▽ちなみに「うたたね」とは、「正式に床に入らず、しばらく寝ること」だそうで。
では、うたた寝でない睡眠、つまり「普通に寝る」ためには、この逆をせねばならぬわけかという考えに至るわけなのです。
「正式に床に入り、寝ること」が「普通に寝る」ことでしょうか。
そこで「正式に床に入る」とはこれまたいったいどう状態を指すのかまるで分らないなとなりまして「正式」という言葉を調べてみますと、
「必要とされるものが全部備わっていて、その効果や結果が権威の有るものとして認められる様子」と定義されておりました。
つまり正式に床に入るというのは、
睡眠のために必要とされるものが全部備わっていて、その状態で眠りにつくことの効果や結果が権威の有るものとして認められることである、と私は解釈できるのではと思うわけです。
▽そう考えると、正式に床に入ることのいかに難しいことか。
睡眠に必要とされるものはとりあえず、「床」である布団でしょうか。
しかしこれは「最低限必要なもの」である気がします。
定義は「必要とされるものが全部備わっていて」とあるのですから、まず睡眠には何が必要かを調べる必要があります。
準備ができたら、実際に寝る。
しかし権威の有るものとして認められるように寝なければいけない。
自分の睡眠が権威の有るものとして認められるというのは、やはり医学的に認められることが一番適しているように感じます。
このご時世で権威を持つのは科学的に証明されていることでしょう。
いくら自分が「あー、よく寝た」と満足したところで、それは権威の有るもとして認められません。
個人の感覚的な問題であり、感覚は人により違う。
「正式」なのですから、そのあたりが主観的な判断に任せられてはいけない。
お医者様に自分が寝ているときの様子を客観的に確認していただき、
「今あなたは人体が睡眠という活動に求めていることを過不足なく完全に行えていましたよ」と認められて初めて、
「ああ、やっと私は正式に床に入ることができたのですね」と喜べるのでしょうか。
▽私は物心ついてから今までうたた寝しかしたことがないのかもしれないと、驚きを隠せないでいます。
▽久しぶりに話が脱線する楽しさを味わいました。
もう「ちょっと前からうたた寝が増えました。」という切り口で自分が伝えたかったことが何だったのか忘れてしまいました。
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