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コンサートの感想などを書き連ねます。

東京シティ・フィル第81回ティアラこうとう定期(4月12日)

2025年04月13日 | 東京シティフィル
今年創立50年を迎えるシーズン開幕である。常任指揮者高関健の薫陶を得てこの10年に目覚ましいばかりの実力をつけ、今や東京のトップオケを凌ぐ演奏さえ披露してくれている東京シティ・フィル。嘗ての「東京で7番目のオーケストラ」のいささかひ弱な雰囲気は今や微塵もない。この調子で快進撃を続けて東京の音楽シーンを大いに活気づけてもらいたいものである。同時に今年はショスタコーヴィチの没後50年に当たるということで、本年度最初のティアラこうとう定期の曲目にはこの作曲家の最初と最後の交響曲が並んだ。第1番ヘ短調作品10は発表当時「モーツアルトの再来」と言われただけに既に十分完成された作品である。何より後年の特色である極めてシニカルで辛辣な音楽の影はなく、裏のない全く健康的でストレートな明快な音楽である。ショスタコとは本来こういう音楽家だったのだと新ためて感じ入った。一方46年を経て死の4年前に書かれた15番イ長調作品141は、自らの生涯を描いたとも言われているが、摩訶不思議な引用を多用した謎めいた作品で、様々な解釈の余地を持つ曲者(くせもの)だ。この全く性格の異なる二曲を高関はいつものように一切作為のない学究的な姿勢で、10年間自ら鍛え抜いたシティ・フィルの機能をフルに駆使して丁寧にそして骨太に描いた。その結果両曲の内面に潜む相違が実に明快に炙りだされ今回のプログラミングの意図が明らかになった。その相違とは「明」と「暗」。別の言い方をすれば「嘘」と「真」。それを生み出したのは共産主義体制下でこの作曲家に課せられた自己批判の生涯の苦渋に他ならない。終楽章の大詰め、だんだんと消え去ってゆく点滴の音とも臨終の床の心臓の鼓動ともつかぬ打楽器の響を聞きながら、激動の生涯を送り療養生活の中で死を4年後に控えた作曲者の心情に思いを寄せざるを得なかった。それにしても特別客演コンマス荒井英治のリードする当日のシティ・フィルの表現力は凄まじかった。強靭ながら同時に繊細な表現も柔らかにこなす弦、精彩に富む名人芸を披露した木管・金管、シャープな切れ味の打楽器群、全てが一丸となって誠実な高関の音楽に奉仕する姿は鮮烈極まるもので、それは50年の歴史が作り出した現在の晴れ姿だった。

山下裕賀&小堀勇介&池内 響 with 矢野雄太 ~ Baccanale!! ~(4月6日)

2025年04月06日 | リサイタル
昨年1月の「脇園&小堀&園田」に続く「朝日ホールベルカント・シリーズ」の第二弾は、ソプラノ山下裕賀、テノール小堀勇介、バリトン池内響、ピアノ矢野雄太を迎えて、ロッシーニの歌劇「セビリアの理髪師」と「ラ・チェネレントラ」からの名場面集というベルカント・ファン垂涎のプログラムだ。二曲ともストーリーに沿って曲や場面を並べ必要に応じて説明のアナウンスが入る。装置こそないものの会場の浜離宮朝日ホールの舞台と客席(2階を含め)を存分につかったとても臨場感豊かな演奏会だった。こうした感想を持てたのも今回ここに集った4人の音楽家達が秀でた才能を持っていたからに他ならない。歌も演技も達者な歌役者が揃い、更に伴奏のピアノはまるでオーケストラのような表現力を示し、レチタティーボのアコンパニャートのセンスにも唸らされた。演出のクレジットはなかったが、オペラ好きの彼らが合議で決めたのだろうか。とても楽しかった。たった2時間でロッシーニの傑作ブッファ2曲を味わい尽くせたのだからこんなCPに優れたコンサートはないだろう。(後半が少し短かったかもしれないが)ブッファ・ファンが多く集まった会場は大盛り上がりで、最初から最後まで「ブラボー」や「ブラヴィー」が飛びっぱなしだった。当日の曲目は次の通り。まず前半は《セビーリャの理髪師》より”私は街の何でも屋” (池内)、”私の名前を知りたいのなら” (小堀)、”金貨を見れば知恵が湧く” (小堀・池内)、”今の歌声は” (山下)、”それじゃ、私なのね!” (山下・池内)、”思いがけないこの衝撃に” (山下・小堀・池内)、”もう逆らうのをやめよ” (小堀)、後半は《ラ・チェネレントラ》”よりむかしむかしある王様が ”(山下)”何か分からぬ甘美なものが ”(山下・小堀)”静かに!声をひそめて!” (小堀・池内)”あの美しい面影は” (山下・小堀・池内)”必ず彼女を見つけ出すと誓う” (小堀)”むかしむかしある王様が” (山下)テンポラーレ -嵐- (ピアノ独奏)”哀しみの涙から生まれて ”(山下・小堀・池内)。盛大な拍手と歓声に最後はアンコールに永遠の愛と誠を歌ったセビリアの終曲を皆で歌ってお開きになった。

東響第729回定期(4月5日)

2025年04月05日 | 東響
2014年4月から11年の長きにわたって東京交響楽団の音楽監督をつとめたジョナサン・ノット。彼が音楽監督として最後のシーズン幕開けに選んだ曲は、今回が二度目となるブルックナーの交響曲第8番ハ短調WAB108である。就任2年目の2016年7月定期で取り上げた時には、実にスマートな力感に溢れた演奏で、所謂巨匠たちの堅固で厳かな演奏とは明らかに一線を隔したとびきりの新鮮さを感じたものだった。今回は初稿ノヴァーク版(1972)による演奏ということで、9年を経たノットの解釈と初稿使用という二つの「違い」を楽しみに桜満開のサントリーホールに足を運んだ。果たして演奏は前回とは全く趣を異にしたものだった。ノットといえばいつもは快速調なのだが開始からテンポが遅いことに驚いた。それはあたかも去る時間を慈しむようだった。初めは最後のシーズンに臨み11年間の自分のオケの進化を確かめているようにも聞こえたのだが、その丁寧な歩みによりこの第一稿の特徴である作曲家のナイーヴな感性が次々に浮き彫りにされ、今までに聞いたことのないような新鮮な世界が脳裏に展開しだしたのには全く驚いた。丁寧にジックリと、しかし決して鈍重でなく柔軟に音符に向かい合うことで、周囲の助言により劇的効果が付け加えられる前の第一稿の極めて純粋な美しさが尊いまでに音化されたといったら良いだろうか。これまで実演をも含めて幾度か聞いて来たがどうしても馴染み難かったこの初稿の価値、ひいてはブルックナーの音楽の本当の価値を初めて思い知った貴重な時間だった。グレブ・ニキティン、小林壱成、田尻順のコンマス3人体制で臨んだこの日の東響は最適なバランスを保ちつつ、このノットの音楽にピタリを追従した美しい音でこの世界を描き尽くした。夢のような95分、前回のような突飛なブラボーの蛮声に妨げられることもなく美しく得難い印象として心に刻めて本当によかった。

東響第99回川崎定期(3月31日)

2025年03月30日 | 東響
東響初登場の指揮者オスモ・ヴァンスカがどんな音楽を聞かせてくれるか楽しみに出かけた今シーズン最終の定期である。ニールセンの序曲「ヘリオス」OP.17、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番ハ短調OP.37、そしてプロコフィエフの交響曲第5番変ロ長調Op.100というプログラム。不思議なプログラムではあるが、あえて言えばどの曲も肯定的な雰囲気に終わるということか。きな臭い今のご時世ではこれは大いに聴く者の心のなぐさみになる。まずは明快な音色にこの作曲家を強く感じるニールセンの序曲で気持ちよく始まった。この曲はデンマーク放送では新春を寿ぐ音楽だったそうだ。ヴァンスカの堅固で迷いのない音楽が心地よい。続いてピアノにイノン・バルナタンを招いたベートーヴェンのコンチェルト。これは正統的なベートーヴェンと明らかに異なる音楽だが、決して本道を外れていないとろが素晴らしい。力強い魂の入った音も、羽毛のような軽やかでしなやかで優しい音も自由に使いこなす自由闊達なピアニズムには全く恐れ入った。色彩感を落としてまるで後年のキース・ジャレットのような雰囲気まで醸し出しつつ新たなベートーヴェン像を提示したと言ったら大袈裟だろうか。オケはこの曲にだけピリオド系のティンパを使用して鋭角的なアクセントを添えるが、そのオケとの呼応も素晴らしく夢のような35分だった。いつまでも終わらない大きな拍手にアンコールはJ.S.BachのBWV208からアリアがしっとりと心を込めて、そしてちょっとクールに弾かれた。最後のプロコフィエフはヴァンスカの独壇場だった。なによりも明快で隈取のハッキリした迷いの一切無い骨太なプロコフィエフだった。振りは多少アマチュア的ではあるのだが、出てくる音楽は決してそんなことはない。強弱の対比を明らかにしつつオケを完璧にコントロールし、それが独特の奥行きを付け加えていた。東響の強靭な弦とニュアンス豊かな木管、力強い金管、強力な打楽器群が総力で立ち向かった演奏だった。この3月で退任するフルート首席の相澤政宏のソロがあらゆるところで光っていた。

コンサート・ホール・ソサエティのこと

2025年03月28日 | その他
もう50年以上も前のことになるが、世界最大のレコードクラブと称する「コンサート・ホール・ソサエティ」という主にクラシック系のレコードクラブの広告を雑誌でよく見かけることがあった。当時30cmLPは一枚2,000円前後(今のCDとほぼ変わらない)だったが、この会社のLPは一枚1,350円だったので貧乏学生にはとても魅力があった。会費はなく、毎月自宅に送られてくる「音楽通信」という小冊子に紹介されている「今月のレコード」が自動的に届くシステムである。届いたら同封されている振り込み用紙で期限までに支払いを済ますのである。もし記事を見て欲しくない場合は定められた期日までに同封のハガキで返信すればパスできる。小冊子には今月のレコード以外にも何枚かのレコードが紹介されていて、それをオプションで注文することもできるというわけである。もちろん貧乏学生は雑誌の広告記事を見て喜び勇んで入会したのである。そして手にした最初のレコード盤はフリードリッヒ・グルダのピアノとハンス・スワロフスキー指揮するウイーン国立歌劇場管弦楽団の演奏によるベートーヴェンの「皇帝」だった。当時の私にはこの二人の名前は初聞きで、それどころかベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番変ホ長調作品73「皇帝」なんて曲だってこのレコードが初聞きだったのである。「デムス、パウル=スコダと並ぶウイーン三羽烏の一人のグルダは・・・」という解説は良く覚えているが全くのチンプンカンプンだった。(「三羽烏」という言葉を覚えたのはこの時だったなあ)今思い返すとこの一枚目は実に興味深い盤だった。若かれしグルダの佳演でこれは数あるコンサート・ホール・ソサエティの品揃えのなかでも名盤じゃないだろうか。そして入会のオマケとして17cmLPがついてきた。それはピエール・デルヴォーの指揮とコンセール・ド・パリ管弦楽団によるウエーバーの「舞踏への勧誘」とピエール=ミシェル・ル・コントの指揮とフランクフルト放送交響楽団によるベルリオーズの「ハンガリー行進曲」だったが、こちらの方はあまり印象がない。その翌月のレコードはブラームスの交響曲第1番ハ短調作品68でヨゼフ・クリップス指揮のウイーン音楽祭管弦楽団というものだったが、この時は丁度小遣いが枯渇していたか何かで泣く泣く断りハガキを投函して見送ったのだった。ところがそれ以降この盤のことが折ある毎に気になり続けていたのだ。二〜三年前にScribendumのクリップス廉価ボックス(14枚組)を購入したのだがそこにはこの演奏は入っていなかった。つい最近このボックスを取り出して聞いた折にも、また「あのブラ1」のことが思い出されたので試しにスマフォで検索をしてみたら、中古市場に比較的良い状態の盤が安価で出品されているのを見つけたのである。そこで喜び発注してついに念願の盤を手にすることが出来たのである。ジャケットは汚れと酸性劣化でくすんでひ弱になっているのだが、間違いなくあの特徴あるジャケット画家Miriam Schottlandによる薔薇と女性をあしらった淡いピンク系の何とも素敵な絵柄である。(この会社には彼女のジャケット画のLPが沢山あってそれも魅力の一つになっている)通針してみたらコンサート・ホールにしては案外バランスの良い音なので驚いた。(この会社の録音は年代に関わらずあまり良くないものが多い)ウイーンの名匠クリップスの音楽は、飛び抜けた特徴こそないが、伸びやかで懐が深く中々味わい深いブラームスでしみじみとした感動を届けてくれて満足した。私としてはボックスセットに入っていたウイーン・フィルとの1956年のデッカ録音よりもむしろ好感が持てたくらいだった。この会社のレコードにはモントー、シューリヒト、ミュンシュ、ブーレーズ、マルケヴィッチ、マゼール、フルニエ、クラウス、ぺルルミュテール、グルダなんていう巨匠・名匠の名盤もあるが、中堅どころの凡演も結構あるので取捨選択が難しい。だから初心者には選択が荷が重かったので、結果として今やほぼ聞かないような盤も数多く所蔵することになった。でもその中にはほとんど話題にならないような隠れた名盤もあるので奥が深いのである。私の最初の「カルメン」のレコードもその類だ。タイトル・ロールをコンスエロ・ルビオ、ホセをレオポルド・シモノー、エスカミリオをハインツ・レーフス、ミカエラをピエレット・アラリー、そしてピエール=ミシェル・ル・コント指揮のコンセール・ド・パリ管弦楽団とうものである。ドイツ系も交えた歌手陣だがル・コントが職人的に仕切った爽やかで劇場的な演奏だ。そして私の最初の「マタイ受難曲」は劇的なハンス・スワロフスキーの指揮が特徴的なまるでオペラのような演奏である。エヴァンゲリストのクルト・エクイルツのリズム良い説得力ある語りも全体を遅滞なく牽引し、ソプラノのヒーザ・ハーパーやアルトのゲルハルト・ヤーン、バスのヤコブ・シュテンプフリ、マウリス・リンツラー等の歌手陣も心を込めて良く歌っている。伴奏はウイーン国立交響楽団とウイーン・アカデミー合唱団+ウイーン少年合唱団である。多少ロマンティック過ぎるきらいはあるかもしれないが、この劇的な演奏が私のその後の「マタイ」への導入に大きな力があったことは間違えないと思っている。ともあれそろそろ終わりも見えてきた私のクラシック・リスナーとしての音楽人生の基礎を作ってくれた今は亡き「コンサート・ホール・ソサエティ」には大いに感謝しなくてはならないだろう。

かなっくde古楽アンサンブル(3月22日)

2025年03月23日 | コンサート
慶應義塾大学の学生団体「慶應バロックアンサンブル」のOB&OGで主に構成されているアンサンブル山手バロッコが、小林恵(ソプラノ)、池田英三子(トランペット)、小野萬里(ヴァイオリン)、坪田一子(ヴィオラ・ダ・ガンバ)という3名の古楽器奏者をゲストに迎えて開催されたオール・バッハのマチネーである。開催場所は東神奈川駅に隣接した横浜市神奈川区民文化センターかなっくホール。このホールは単なる箱物に終わらず数々の企画を積極的に展開している。これはそんな主催公演の一つでこの日も満員の盛況だった。曲目はJ.S.バッハのブランデンブルグ協奏曲第6番変ロ長調 BWV1051とカンタータ第209番BWV209「悲しみのいかなるかを知らず」よりシンフォニアとアリア「不安や怖れを乗り切った舟人は」、そして休憩を挟んでブランデンブルグ協奏曲第5番ニ長調BWV 1051とカンタータ第51番BWV 51「全地よ、神に向かって歓呼せよ」だった。今回のメンバーはソプラノを含み全11人で、最小限の編成で奏されるピリオド風のブランデンブルグ協奏曲はとても新鮮だった。更にカンタータでの小林恵のよく伸びる、ノンビブラートの歌声は曲想と合致してとても耳に心地よかった。選ばれたカンタータはどちらも「歓び」を大らかに唄うもので、きな臭い時勢がらその明るさが切ない憧憬として心に響いた。

神奈川県民ホールの休館によせて

2025年03月19日 | その他
東京では音楽ホールの休館が相次ぐ。現在休館中の東京芸術劇場(2024.9.30~2025.08)に続いては紀尾井ホール(2025.8.1~2026.12.31)、 東京オペラシティの2つのホール(2026.01~06)、サントリーホール(2027.1~秋)東京文化会館(2026.5~3年間)と続いて東京のコンサート事情はおおきくそれに影響されるだろう。しかしこれらは皆機能を新たにして再開するのだから、ある意味では、親しんだ意匠が変更さえたりして懐かしさは半減するかもしれないけれども大いに希望はある。なにせあの東京文化の狭い椅子ではオペラの長丁場はきつい。(キャパは若干減らしても前川國男氏の傑作の雰囲気をうまく残して居心地良くしてもらいたいものだ)しかし神奈川県民ホールの休館は先が見えない。この横浜は山下公園の向かいという絶好の立地のホールは1975年にオープンした。東京で大オーケストラやオペラ/バレエの出来るホールといえば上野東京文化会館、新宿厚生年金会館、芝の郵便貯金会館、日比谷公会堂、昭和女子大人見講堂、というような時代であった。だから横浜での来日オーケストラの公演や来日オペラ/バレエの公演も多かったので仕事帰りでもちょっと遠出して聞きに行ったこともしばしばだった。音が良いことでも知られ、ここでの演奏会は何故か名演になることが多かったように覚えている。なかでも幻の指揮者と言われたセルジュ・チェリビダッケが読売日響に客演した特別演奏会は鮮明な思い出である。1977年10月のブラームスの4番はとにかくそれまであらゆるオケからは聞いたこともないような、この世のものとはおもえないような円やかな音に腰を抜かした。翌78年3月の「ローマの松」ではそのフォルテッシモの音圧に全身の血液が沸騰した。これらを上回る驚きはその後無い。1978年5月のユージン・オーマンディ+フィラデルフィア管弦楽団最後の来日公演では同じく「ローマの松」の思いっきりゴージャスな音に頭がクラクラするような思いだった。1979年のコヴェント・ガーデン歌劇場の引っ越し公演ではカレラスとカバリエとヴィクセルがコリン・デーヴィスの指揮でゼッフィレッリ演出による「トスカ」を演った。それは3年前に録音されたフィリップスのレコードと同じ顔合わせだった。その他数え切れない名演の思いでが心に刻まれているホールだ。新機能を満載しての再開(再会)を願う。

京都市響第698回定期(3月15日)

2025年03月18日 | コンサート
常任指揮者沖澤のどかが振る今年度2回目の定期演奏会だ。昨秋には出産のため予定されていた定期を欠場したが、晴れて出産を終えて復帰である。このプログラムを知った時からとても期待していたが果たして期待は裏切られることはなかった。まずは市響共同委託作品である藤倉大の「ダブル協奏曲ーヴァイオリンとフルートのための」の日本初演だ。ここではバイオリンの金川真弓と世界初演者でもあるフルートのクレア・チェイスが実に息の合った呼応を聴かせてとても大きな効果をあげた。名手に恵まれれば音楽的共感が得られる繊細にして美しい佳作だと言っていいだろう。そして待ちに待ったR.シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」は予想通り圧巻だった。丁寧に扱いつつも強烈なドライブ感を感じさせる若々しく颯爽とした演奏で、京都市響がこれまで聞いたこともないように強靱に鳴りきった。沖澤はプレトークで今回は練習に同会場が使えたので音が変わったと言っていたが、たしかに音色にも表現にも一皮剥けた芯の強さが感じられたのである。巨匠の熟達した音楽も良いが、明るい未来を感じせるしなやかにして力感溢れる音楽に大いにエネルギーをもらった。先月の東京二期会による歌劇「カルメン」では、オペラティックな音楽造りも含めていま一つ冴えが足りない気がしたが、今回は現在の彼女の実力が最大限に発揮できた感がある。更に花を添えたのはコンマス会田莉凡のソロの見事さで、その表現力の豊かさは特筆すべきものだった。そんな訳でわざわざ京都に足を運んだ価値が十分にあった演奏会だった。

紀尾井ホール室内管第144回定期(3月14日)

2025年03月14日 | コンサート
このオケの定期で初めての試みである演奏会形式のオペラに選ばれたのは、モーツァルトの「コジ・ファン・トゥッテ」。指揮は首席指揮者のトレヴァー・ピノックだ。少し奥に下がったオケの前の空間とホール平土間通路を使った家田淳の演出は簡素ながら十分に立体的ドラマを表現した。何より気持ちよさそうに振るピノックの闊達な指揮がオケを沸き立たせ、そこに聴かれる多彩なオーケストレーションに天才の筆致を聞いた。この作品の特徴として重唱の美しさが挙げられることは多いがオケ伴も中々凄いことになっていて、単なる歌の伴奏にとどまらず歌以上にドラマを表現している箇所が沢山あったのだということに遅ればせながら気がつき、聴きながら嬉しくなってきた。(人生はやはり短いな)ピノックの絶大な力量に負うところが大きいと思う。配役には歌役者が揃った。フィオルディリージ役のマンディ・フレドリヒのちょと憂いを含んだ声質はこの役に最適だったがいささか低音が弱かった。ドラベッラ役の湯川亜也子の大層アグレッシーヴな歌と演技は全体を強く牽引した。KCOとは二度目の共演となるデスピーナ役のラウリーナ・ベンジューナイデの小回りの効く歌と達者な演技はスパイスのよう、 そしてドン・アルフォンソ役の平野和は堂々たる美声で実力を発揮し全体を締めた。グリエルモ役のコンスタンティン・クリメルは素直な歌唱で好感が持てた。フェランド役のマウロ・ペーターもKCOとは二度目の共演になるが、前回は鮮やかだったが今回は不調なのか高音が苦しかった。臨時編成の紀尾井ホール室内合唱団は人数は少ないが歌唱力は絶大だった。通奏低音ペドロ・ベリソのアドリブが随所で効果を発揮して人選の巧みさを感じさせた。総じて演奏会形式のオペラの利点が最大限に発揮された、3時間半があっと言う間の楽しい公演だった。

日本オペラ協会「静と義経」(3月9日)

2025年03月10日 | オペラ
1993年に鎌倉芸術館の開館記念委託作品として制作初演された三木稔の作品で台本はなかにし礼。今回は新鋭生田みゆき演出によるニュープロダクションだ。(当初は三浦安浩がクレジットされていたが一身上の都合とやらで変更された) 指揮は2019年3月に行われた本協会による再演でも指揮を執り、西洋物でも23年9月藤原歌劇団の「二人のフォスカリ」等で鮮やかな仕切りを見せている田中祐子。源義経と静の悲恋を描いたなかにし礼の脚本は流れが良く、さすがに歌詞もよく聞き取れて全くストレスがない。(今回は英語の字幕付き)三木の音楽は邦楽器や打楽器も多用したものだが、それらはオーケストラの中に自然に落とし込まれて違和感なく効果をあげ、華やかな群衆場面もアリアも盛り込まれた立派なグランドオペラ風作品に仕上がっている。当日の歌手陣は皆自然に歌い自然に演技できる歌役者が揃ったが、歌も容姿も美しい設楽和子の「静」には迫真の演技も相まって思わず感情移入せざるを得なかった。磯の禅師の城守香の存在感もドラマを盛り立て、政子の家田紀子の性格役者振りも舞台を引き締めた。このように概して女声側に目立った歌唱が多かったがそれは書き方のせいかもしれない。その他配役は義経に海道弘昭、頼朝に村松常夫、弁慶に杉尾真吾、大姫に別府美紗子、梶原景時に角田和弘等々。とりわけ印象に残った場面は第三幕第四場の静の自死の場面だ。ここでは沖縄風の五音階の美しいアリアと琉球風の波紋様の背景が不思議な明るさを醸し出し悲恋の結末としての「愛の死」を美しく描き切った。(為朝の沖縄伝説は知られているが、義経とはどういう関係なのかは不明)そして最後は声明が流れて幕となる。約3時間の大作ではあるが全く退屈することなく見通せたのは構成の上手さと、舞台の美しさと、そして当日の秀でた演奏のおかげだろう。名作と巡り合って「創作オペラ」の持つ力と可能性をあらためて感じた次第。