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コンサートの感想などを書き連ねます。

ジャン・フルネ追悼コンサート(2月26日)

2009年02月27日 | CD
都響による、長年深い関係を築いてきたフルネを追悼するコンサート。演奏に先立ち、永久名誉指揮者称号の贈呈式が行われ、婦人が家族を代表して心に染みる挨拶をした。コンサートは、孫にあたる若手指揮者ガスパール・ブレーク=フルネによるビゼーの1番で始まったが、それはインテンポで端正に整えられていたが、躍動感や色彩に乏しく、ビゼー若書きの魅力を充分に伝えるものではなかった。休憩を挟んで、この楽団のレジデントコンダクターの小泉和裕による「英雄」が演奏された。こちらは、基本的にいつもながらの流麗なスタイルの颯爽としたベートーベンであった。最初のうちは何故かテンポ感の定まらないところがあったが、進むうちにそれも安定し、奏者の気持ちも一所に集中し始め、熱いアンサンブルが生まれた。プログラムに添えられたフルネがこの楽団と刻んだ31年の足跡は、寄せられたメッセージともども貴重な資料となるだろう。

ケルテスのベートーヴェン

2007年11月26日 | CD
イシュトヴァン・ケルテスのCDを買った。バンベルク交響楽団を振ったベートーベンの2番と4番である。長い間お蔵入りになっていた演奏のCD初発売だという。このオケとの組み合わせは珍しいが、録音は1960年代だとクレジットにある。ロンドン交響楽団やウイーンフィルとの演奏を始める前のものかも知れない。事故死により遺作となったウイーンフィルとのブラームス交響曲が印象に残っているが、ベートーベンは初めての発売かもしれなし。しかしこれが、なんとも味わい深い演奏なのである。タップリしたテンポで中庸を心得つつ、やるべきことはなに不足なくきちんとやっている。ドイツ物らしく幾分か腰の思いリズムだが決してもたれることなく、闊達に前進する心地よさがある。不思議と、自分がこの世界に親しんだ切っ掛けを垣間見せられるうような懐かしさを感じる音楽なのである。まだ感受性が衰えていない若い頃、貪る様に色々聴きあさり、すべてを血と肉にした40年前の自分が見えてくる。玄人を唸らせる分析的な演奏や、歴史的公証を踏まえた古典奏法による演奏、更には大指揮者による歴史的な演奏など、色々あるが、やはり私の原点はこうした普通の中に音楽が一杯詰まった演奏のようである。



ベームの第九

2006年12月11日 | CD
とても久しぶりでカール・ベームの第九を聴いた。もちろんCDである。1975年録音のウイーンフィルとの有名なスタジオ録音(DG)である。嘗ては名盤といわれたこともあったが、最近は歴史的大演奏と昨今のピリオド演奏、あるいはその系列の軽い演奏の狭間で、ほとんど話題にも上らない。実はこの演奏が話題になっていた頃は、まったく関心も無かった。昨日、ふとCD棚を見たらたまたま全集の箱が目に入り、何気なく季節も季節だから聴いてみた。揺るぎのないテンポ感が何とも居心地良い。気安い思い入れなどなく、音楽そのものに物を言わせるような演奏である。7月にアルミンクル指揮新日フィルの実演を聞いたが、その時は、なんとも定まらないテンポに最後まで聞くのが辛かった。CDは最終楽章に入り、合唱が歌い始める。ウイーン国立歌劇場合唱団、極めて充実した響きだ。「歓喜の歌」に続き二重フーガ、一段とテンポを落とした堂々たる様はいったい何と形容すれば良いだろう。こんな素晴らしい演奏だったっけと改めて思う。久しぶりに音楽の力に圧倒され感動した。年末の第九、やっぱり我々日本人には季節感そのものでもあるようだ。