病院で働く知人から聞いた話であるが、夜間に血圧が高いので心配だから診察を受けたいというおばあさんからの電話を受けたそうだ。結構よくあるケースとのこと。80歳程度だが、上の血圧が155mmHgで、いつもより高いので心配だということだ。普段から血圧の薬は飲んでいる。
救急部は心配しすぎだろうと考えたようだが、受け入れることになる。当の患者がやってきた。そこの病院では体温と血圧を受付時に測るそうだが、血圧の数値は下がっており、138だったそうだ。病院に来て安心したせいか、問題のない数値になっていた。
よく言われることではあるが、血圧の正常値は信じられるのだろうか。
現在は140未満を正常値としているが(面倒なので上=最高血圧だけ取り上げる)、これは以前130までを正常値としていたことが、国際的に見ても低すぎるとの批判から厚労省が変更した経緯がある。
ちなみに1987年までは180であった。また年齢プラス90という判断基準があったようだから、現在の正常値が随分低く設定されているように思われる。
どれだけ科学的根拠があるのかというと、かなり恣意的と思われる。一応、血圧の数値から心臓発作や脳卒中のリスクを判断しているらしいが、それ以外の要因は排除されているし、寿命とか健康寿命との関係は全く解明されていない。
そうすると、正常値を低く設定すれば、高血圧患者が数多く生まれる仕組みになる。医療は発達しているという印象を持つ人が多いとは思うが、この点に関しては結局不可知な部分があるにもかかわらず、正常値だけが一人歩きしていて、医者も患者も一般の人々も不確実な数字に従っていることになる。
このおばあさんであるが、そもそも155の血圧が高いと信じているわけだから、正常値に踊らされているわけだ。そもそも1987年までに基準であれば、なんの問題もない数値でしかない。なんせ1987年までなら180まで問題ないわけだし、もう一方の「年齢プラス90」であっても問題はないわけだから。
病院に来ただけで、血圧が上がる人もいるのだが、このおばあちゃんは病院に来ただけで血圧は下がってしまった。そうすると、いつも140までが正常値と言われていることが、心理的効果となって、血圧が上がってしまったということも考えられる。
ちなみにこのおばあちゃんは一人暮らしであり、そういう孤独が不安を作り出し、何かをきっかけに身体的反応として血圧をあげるということもあるのではないだろうか。体調不良を訴えて夜間に病院に電話してくる老人の大半が一人暮らしである。一人暮らしの老人の数が増加している事を合わせても、随分多いという印象を持つらしい。
今回聞いた話では救急で受け入れたケースではあるが、そうならないケースも多いという。というのは、看護師と症状について話をしたりしているうちに、当の老人が安心してしまうことも多々あるそうだ。結局家で様子を見ましょうということになるわけだ。
病院に診察に来る事を消費活動とは言わないのが一般的だが、心配や不安は病院への消費活動を促進してしまう。血圧の値はそういう消費活動を促進する仕掛けのようにさえ見えてしまう。
医療はある特定の環境にいる人々の生活を変え、その環境である社会を変えるということを必要とする。このおばあちゃんの場合だと、正常値として設定されている血圧の値が心配を作っているのだから。加えて、一人暮らしという孤独こそが心配や不安の種だとすれば、そこを変えていくことこそが必要なのだろう。
(つづく)