長い入国審査を終えて、ジョウがゲートから現れる。持参したPCR検査票との照合に時間がかかった。覚悟はしていたが到着してから数時間もパークエリアで待機させられ、じりじりと消耗した。
さきほどようやく下船許可が下りた。
カートを引く姿に、少しだけ疲労と倦怠が滲む。
その後からタロスの巨躯と小柄なリッキーが続く。どちらもうんざり、というかぐったりという風情をまとって。
アラミス宇宙港。到着ゲートで待ち構えていたアルフィンが、「ジョウ!」と彼のもとへ駆け寄った。
半年ぶりの再会。
「アルフィン」
ジョウが彼女の姿を認め、ふ、と表情を緩めた。
長旅の疲れが消え、漆黒の瞳が優しいカーブを描いた。
「ジョウ、おかえりなさい」
人目もはばからず、アルフィンが彼の首っ玉にかじりついた。
ミネルバでは見慣れた光景。だが、ここ半年はそれも目にすることがかなわなかった。
全世界、いや全宇宙を襲った新型感染症のパンデミックのために。離れ離れで暮らさざるを得なかったふたり。
ジョウはアルフィンを抱き留め、その腕に彼女を囲った。ぎゅ、と腕に力を籠める。
「ーーただいま」
久しぶりーーほんとうに久方ぶりにアルフィンの髪の匂いと身体のぬくもりを全身で受け止めた。
ジョウがアルフィンをアラミスに派遣したのがおよそ半年前。ステップアップのためにと一等航宙士研修にアルフィンが自分から志望した。ジョウやタロス、リッキーが「がんばれ」と送り出したときは、まさかこのように世界が一変するとは思ってもいなかった。それこそ、ジョウたちだけではなく全世界の誰も。
まさか宇宙船の発着や航行、星間の移動に厳しい規制がかかる日がこようとは。人流に制限をかけ、ウイルスの蔓延との戦いが延々と続く日がくるだなんて。
おかげでアルフィンは研修期間が過ぎてもミネルバに戻ることはかなわず、アラミス本部で臨時で仕事を見つけ、再乗船の許可が下りるのを待つしかなかった。
長い、長い半年間。
気が遠くなりそうだった。ーーリモートでしか会えない毎日。
数億光年の距離を経て、ほとんど毎夜、ジョウとはモニターを通して話してはいたけれど。
自分からハイパーウエイブ通信をかけるだけでなく、ジョウからも「今、話しても大丈夫か」と遠慮がちにコールがあるのは嬉しかったけれど。
それでも全然足りなかった。会いたかった。じかに。
こうやって、あたしを抱くジョウの腕のたくましさを、その身体のぬくもりを感じたかったの。
でも言葉にならなくて、しようとすると胸がいっぱいで、何かが決壊しそうで、ぐ、と声を押し殺す。
ただジョウの肩にすがって涙をこらえた。
「アルフィン、……待たせてごめん」
毎日、モニターを通じて会ってはいた。安否を確認し、言葉をかけるように努めた。
あまりまめな性質だとは思っていなかったが、こうなると居ても立ってもいられずジョウは数億光年先の船の中でアルフィンのためにあれこれ動いた。
父親に頼んで、本部で雇ってもらう手はずを整えた。期間リースの個人用マンションも確保した。彼女がひとり、アラミスの地で困らないように。自分の元を離れている間、しっかりやっていけるように手を尽くした。
過保護な方ではないと思っていたが、実際は違ったらしい。
感染はしていないと分かってはいたが、こうやって抱いてアルフィンのぬくもりを感じてようやく彼は心の底から安堵する。
よかった。ーー君が無事で。
それだけでこの鬱々とした半年間が報われる。
ジョウはアルフィンを抱く腕の力を緩め、身を離す。そして、
「顔を見せて」
彼女の頬を両手で包み込んでそうっと掬い上げた。
「ジョウ」
「会いたかった。気が触れるかと思った」
そして、顔を近づけて唇を押し包む。自分の唇で。
そうっと。
アルフィンは目を閉じることもできず、ジョウの口づけを受け止めた。
頭がぼうっとかすむ。身動きができない。まるで夢を見ているようだった。
彼女が現実に引き戻されたのは、ヒュー、とからかいの混じった口笛が聞こえたとき。
ジョウが「!」と我に返り、がばと身を離した。
見ると、背後でにやにやとタロスとリッキーが人の悪い笑みを浮かべている。
「お熱いなあご両人。あたしたちなんか眼中にないですなあ」
やれやれ、タロスが顔を分厚い手で扇ぐ。
「まったく視野に入ってないよねー、ひでえや俺らたちだって久しぶりなのに。涙の再会したかったなあ」
ぶんむくれるリッキー。もちろん振りだ。
「あちいあちい」と冷やかす二人に向かってジョウが焦って弁明。
「い、いやこれはだな、つい」
コロナに罹ってなくてよかった、無事でよかったっていうそのなんだ、ほら家族みたいな親愛の表れであってだな。
そこに噛みつくのが当のアルフィン。
「つい、ってなに。ついのキスなの今の」
むうと膨れる。
「い、いやだからそれは言葉のあやで」
「はは、ジョウがしどろもどろでやんのー。アルフィンにかかっちゃ形無しだなあ」
「ほんとだねえ」
したり顔のリッキーとタロス。リッキーがくいくいとアルフィンを肘で小突きながら、
「兄貴に絡んじゃ可哀そうだぜアルフィン。兄貴が人目もはばからずこんなことするなんて、よっぽど飢えてたってことなんだからさ、アルフィンに」
「う、うえてた?」
真っ赤になって棒立ちになるアルフィン。
「馬鹿!余計なこと言うな」
「半年も会えなかったんだもんねー。再会したらジョウでなくてもこうなるよね」
「アルフィン、今宵眠らせてもらえねえなあきっと」
腕組みをしてうんうんと感慨深げなタロス。完全に冷やかしモード。
ジョウのこめかみにすうっと血管が浮き出す。
「お前まで何言ってんだタロス」
スイッチが入りそうだったのを認めて、ひらりとタロスが躱した。
「いや、あたしはこれからおやっさんとこにあいさつに行くんで。あとはどうぞ若い方同士でよろしくやってください」
そんじゃまた、とひらひら手を振ってエアタク乗り場へ行ってしまう。
相棒が引いたのを見て取ると、リッキーも、
「実は俺らも友達と約束してんだ。別行動でごめんよ」
ばち。下手なウインクを残してカートを引いて去っていく。
「半年ぶりに会うんだー楽しみ」
ああ、懐かしの陸(おか)だあと足取りが軽い。
二人が去っていくのを見届けて、空港特有のさざめくような喧騒が戻ってくるのを感じた。離発着を告げるアナウンスの声も聞こえる。
「……」
「……」
ジョウとアルフィンが目を見かわす。
若干、気まずそうに。
でも、ふっとジョウが表情を和らげて、
「俺達も行くか、どこか」
と言う。
アルフィンがぱっと顔を輝かせて、「うん」とジョウの腕にくっついた。
靴音を立てて歩き出す。ジョウがアルフィンの歩調に合わせる。いつもの律動的な歩き方をアルフィンは隣で懐かしく思う。
やっと会えた。その喜びでひたひたと心が満たされる。
「どこへ行く? 何か食べるか? それとも他に見たいところでも?」
ジョウの声も弾む。モニター画面ではこんなに明るい声は聴けなかった。ずっと。
「そうね、ーーどれもいいわね」
二人なら。とジョウを見上げてアルフィンが笑う。
眩しい思いでジョウはそれを見つめる。
そうだな。二人ならどこへでも。
どこへでも行ける。
「でも、その前にもう一回」
アルフィンが立ち止まり、ジョウの袖を引いた。
「ん?」
「もう一回、さっきのして」
目で促す。わがまま姫の降臨にジョウは一瞬だけたじろいだが、周囲に知り合いがいないのを確認してアルフィンにそうっとかがみこんだ。
さっきより、長めのキスとなった。
【2】へ
手柴だけでなく、コロナ禍のこちらの二人も描きました。ふたカップルの違いなどもお楽しみくださいませ。
さきほどようやく下船許可が下りた。
カートを引く姿に、少しだけ疲労と倦怠が滲む。
その後からタロスの巨躯と小柄なリッキーが続く。どちらもうんざり、というかぐったりという風情をまとって。
アラミス宇宙港。到着ゲートで待ち構えていたアルフィンが、「ジョウ!」と彼のもとへ駆け寄った。
半年ぶりの再会。
「アルフィン」
ジョウが彼女の姿を認め、ふ、と表情を緩めた。
長旅の疲れが消え、漆黒の瞳が優しいカーブを描いた。
「ジョウ、おかえりなさい」
人目もはばからず、アルフィンが彼の首っ玉にかじりついた。
ミネルバでは見慣れた光景。だが、ここ半年はそれも目にすることがかなわなかった。
全世界、いや全宇宙を襲った新型感染症のパンデミックのために。離れ離れで暮らさざるを得なかったふたり。
ジョウはアルフィンを抱き留め、その腕に彼女を囲った。ぎゅ、と腕に力を籠める。
「ーーただいま」
久しぶりーーほんとうに久方ぶりにアルフィンの髪の匂いと身体のぬくもりを全身で受け止めた。
ジョウがアルフィンをアラミスに派遣したのがおよそ半年前。ステップアップのためにと一等航宙士研修にアルフィンが自分から志望した。ジョウやタロス、リッキーが「がんばれ」と送り出したときは、まさかこのように世界が一変するとは思ってもいなかった。それこそ、ジョウたちだけではなく全世界の誰も。
まさか宇宙船の発着や航行、星間の移動に厳しい規制がかかる日がこようとは。人流に制限をかけ、ウイルスの蔓延との戦いが延々と続く日がくるだなんて。
おかげでアルフィンは研修期間が過ぎてもミネルバに戻ることはかなわず、アラミス本部で臨時で仕事を見つけ、再乗船の許可が下りるのを待つしかなかった。
長い、長い半年間。
気が遠くなりそうだった。ーーリモートでしか会えない毎日。
数億光年の距離を経て、ほとんど毎夜、ジョウとはモニターを通して話してはいたけれど。
自分からハイパーウエイブ通信をかけるだけでなく、ジョウからも「今、話しても大丈夫か」と遠慮がちにコールがあるのは嬉しかったけれど。
それでも全然足りなかった。会いたかった。じかに。
こうやって、あたしを抱くジョウの腕のたくましさを、その身体のぬくもりを感じたかったの。
でも言葉にならなくて、しようとすると胸がいっぱいで、何かが決壊しそうで、ぐ、と声を押し殺す。
ただジョウの肩にすがって涙をこらえた。
「アルフィン、……待たせてごめん」
毎日、モニターを通じて会ってはいた。安否を確認し、言葉をかけるように努めた。
あまりまめな性質だとは思っていなかったが、こうなると居ても立ってもいられずジョウは数億光年先の船の中でアルフィンのためにあれこれ動いた。
父親に頼んで、本部で雇ってもらう手はずを整えた。期間リースの個人用マンションも確保した。彼女がひとり、アラミスの地で困らないように。自分の元を離れている間、しっかりやっていけるように手を尽くした。
過保護な方ではないと思っていたが、実際は違ったらしい。
感染はしていないと分かってはいたが、こうやって抱いてアルフィンのぬくもりを感じてようやく彼は心の底から安堵する。
よかった。ーー君が無事で。
それだけでこの鬱々とした半年間が報われる。
ジョウはアルフィンを抱く腕の力を緩め、身を離す。そして、
「顔を見せて」
彼女の頬を両手で包み込んでそうっと掬い上げた。
「ジョウ」
「会いたかった。気が触れるかと思った」
そして、顔を近づけて唇を押し包む。自分の唇で。
そうっと。
アルフィンは目を閉じることもできず、ジョウの口づけを受け止めた。
頭がぼうっとかすむ。身動きができない。まるで夢を見ているようだった。
彼女が現実に引き戻されたのは、ヒュー、とからかいの混じった口笛が聞こえたとき。
ジョウが「!」と我に返り、がばと身を離した。
見ると、背後でにやにやとタロスとリッキーが人の悪い笑みを浮かべている。
「お熱いなあご両人。あたしたちなんか眼中にないですなあ」
やれやれ、タロスが顔を分厚い手で扇ぐ。
「まったく視野に入ってないよねー、ひでえや俺らたちだって久しぶりなのに。涙の再会したかったなあ」
ぶんむくれるリッキー。もちろん振りだ。
「あちいあちい」と冷やかす二人に向かってジョウが焦って弁明。
「い、いやこれはだな、つい」
コロナに罹ってなくてよかった、無事でよかったっていうそのなんだ、ほら家族みたいな親愛の表れであってだな。
そこに噛みつくのが当のアルフィン。
「つい、ってなに。ついのキスなの今の」
むうと膨れる。
「い、いやだからそれは言葉のあやで」
「はは、ジョウがしどろもどろでやんのー。アルフィンにかかっちゃ形無しだなあ」
「ほんとだねえ」
したり顔のリッキーとタロス。リッキーがくいくいとアルフィンを肘で小突きながら、
「兄貴に絡んじゃ可哀そうだぜアルフィン。兄貴が人目もはばからずこんなことするなんて、よっぽど飢えてたってことなんだからさ、アルフィンに」
「う、うえてた?」
真っ赤になって棒立ちになるアルフィン。
「馬鹿!余計なこと言うな」
「半年も会えなかったんだもんねー。再会したらジョウでなくてもこうなるよね」
「アルフィン、今宵眠らせてもらえねえなあきっと」
腕組みをしてうんうんと感慨深げなタロス。完全に冷やかしモード。
ジョウのこめかみにすうっと血管が浮き出す。
「お前まで何言ってんだタロス」
スイッチが入りそうだったのを認めて、ひらりとタロスが躱した。
「いや、あたしはこれからおやっさんとこにあいさつに行くんで。あとはどうぞ若い方同士でよろしくやってください」
そんじゃまた、とひらひら手を振ってエアタク乗り場へ行ってしまう。
相棒が引いたのを見て取ると、リッキーも、
「実は俺らも友達と約束してんだ。別行動でごめんよ」
ばち。下手なウインクを残してカートを引いて去っていく。
「半年ぶりに会うんだー楽しみ」
ああ、懐かしの陸(おか)だあと足取りが軽い。
二人が去っていくのを見届けて、空港特有のさざめくような喧騒が戻ってくるのを感じた。離発着を告げるアナウンスの声も聞こえる。
「……」
「……」
ジョウとアルフィンが目を見かわす。
若干、気まずそうに。
でも、ふっとジョウが表情を和らげて、
「俺達も行くか、どこか」
と言う。
アルフィンがぱっと顔を輝かせて、「うん」とジョウの腕にくっついた。
靴音を立てて歩き出す。ジョウがアルフィンの歩調に合わせる。いつもの律動的な歩き方をアルフィンは隣で懐かしく思う。
やっと会えた。その喜びでひたひたと心が満たされる。
「どこへ行く? 何か食べるか? それとも他に見たいところでも?」
ジョウの声も弾む。モニター画面ではこんなに明るい声は聴けなかった。ずっと。
「そうね、ーーどれもいいわね」
二人なら。とジョウを見上げてアルフィンが笑う。
眩しい思いでジョウはそれを見つめる。
そうだな。二人ならどこへでも。
どこへでも行ける。
「でも、その前にもう一回」
アルフィンが立ち止まり、ジョウの袖を引いた。
「ん?」
「もう一回、さっきのして」
目で促す。わがまま姫の降臨にジョウは一瞬だけたじろいだが、周囲に知り合いがいないのを確認してアルフィンにそうっとかがみこんだ。
さっきより、長めのキスとなった。
【2】へ
手柴だけでなく、コロナ禍のこちらの二人も描きました。ふたカップルの違いなどもお楽しみくださいませ。