背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

もう決して手の届かない

2010年01月07日 00時52分47秒 | 【別冊図書館戦争Ⅱ】以降


「あれ。柴崎三正、おひとりですか」
ラッキー、というよりも珍しいな、という思いが先に立った。
最近はいつも隣に手塚三正の姿があるのが定番だからだ。「あの事件」の後、正式につき合いだした噂のカップル。柴崎は憧れの存在だっただけに、吉田も涙を飲んだ寮生のひとりだ。
食堂でテーブルにぽつんといるところに偶然通りかかった。つい声をかけてしまった吉田に、組んだ手に顎を載せるようにして柴崎は返した。
「ん、今席取りしてるの。後から来るわ」
なんだ。
やっぱり来るのかよ。とは思ったが口には出さず、代わりに、
「いらっしゃるまで番犬役でもしましょうか?」
とさりげなく切り出す。
柴崎は一瞬ためらった様子だったが、断る理由も見当たらなかったのか、「そうね。お願い」と向かいの席を目で示す。
やっぱりラッキーだ、内心ごっつりしながら吉田は「それじゃ慎んでお役目します」とさっと椅子を引いて座った。
柴崎の隣の席は、ポーチを置いて確保してある。ちっさいな、中に何が入ってンだろとどうでもいいことを思っていると、
「吉田くんはもうご飯食べたの」
と訊かれる。
「あ、はい。定食食ったんでこれから訓練に戻ろうかと。あ、でも柴崎三正が食べろというんなら、もう一食ぐらいは大丈夫です」
胸を張ってみせるが、柴崎は眉を寄せた。
「そんなこと言うわけないでしょ。でもお水ぐらいは飲む?」
「あ、ありがとございます」
柴崎はテーブルごとに置かれている冷水のポットからコップに注いだ。吉田にそれを差し出してくれる。
恐縮してははあと押し戴く。柴崎三正が俺のために淹れてくれたんだと思うだけでじーんと感動がこみ上げる。なんだかただの水も高級なミネラルウォータのような味がするから不思議だ。
「大袈裟にしないの」
「はい。でもおいしいっす」
柴崎は吉田の向こう、食堂の入り口ばかり気にかけている。
ああ。待ってるんだな。そう思いつつ吉田はコップに口をつけた。
「手塚三正、遅いっすね?」
「本当よねー。おなか空いたわ。約束の時間はとっくに過ぎてるのよ」
少し拗ねるように口を尖らす。
あ、かっわい。正面からその表情を見られる役得に喜びを隠せない。
「先に食べちゃったらどうですか。じきに昼休みも終わりますよ」
「うーん。そうなんだけどさ」
相変わらず入り口に目を向けたまま、柴崎は言った。
「やっぱり一人じゃね。もう少し待ってみるわ」
遅くなったら彼に奢って貰うからいいの。最後は小声で付け加えた。
「……」
コップの水面が揺らめくのを見ながら吉田は思う。
ああ、こんな顔をするんだな。手塚三正のことだと。
すっかり人待ち顔の柴崎に見とれる。
きっと今、柴崎三正にとって俺なんかこのコップの水みたいなもので。
そこにあってもなくても別にどっちだっていいようなもんなんだろうな。
そう思うと、余計に目を奪われる。
綺麗だな。
前も綺麗な人だと思ってたけど、手塚三正と付き合いだしてからのほうが、もっとずっとキレイだ……。
ぼうっと見惚れていたせいで、柴崎が吉田に視線を向けた。
「ん? 何かついてる?」
あ、いえ。焦って目を逸らす。
嘘みたいだなあ。――こんなに近くに、目の前にいるのに、全然この人の目に自分が映ってないなんて、そんなことあるんだな。
吉田がちょっと見当違いなところで驚いていると、背後から声がかかった。
「おい、なんでお前がここに座ってる」
びくっと反射のように背筋が伸びる。
すぐさま立ちあがって気をつけの体勢。
やってきていたのは手塚だった。じろりと吉田を睨みつける。
もともと吉田はこの上官が苦手だった。笠原三正はヘマをするとばかばか言って手加減なしで殴るが、感情表現がストレートで分かりやすい。反対に手塚三正は口数が多くなく、何を考えているのかよく分からないところがあってコワイ。しかもばりばり仕事が出来るときている。隣にいるだけで緊張する。
「し、失礼しましたっ」
柴崎は近づいてくるのを見ていたらしく、驚く様子を見せず「遅い」とだけ言った。
手塚は目の前で手刀を切って見せた。
「すまん。出掛けに電話が入って」
「定食おごって? 本日のスペシャルランチ」
「いいよ」
ごく自然に柴崎の隣の席を手塚が引いた。柴崎がポーチを寄せる。
さりげない仕草にも嬉しさが滲み出ている。待ち人が来たときの女性って、こんなに艶っぽいんだ。吉田は眩しい想いで柴崎を見た。
「で、今度は何でそこにぼーっと突っ立ってるんだ」
わずかに見上げる角度で手塚が吉田に尋ねる。言葉に詰まった吉田を柴崎がフォロー。
「アンタが来るまで番をしてくれてたの。時間がないのに」
「そうか、それは悪かった」
すまんな。手塚は吉田に詫びがてら礼を言う。
「い、いえとんでもありません」
「ありがとね、吉田くん」
柴崎が笑う。それは暗にもうお役を解いたから行っちゃってと言われているのだと気づき、吉田は失礼しますっと敬礼をした。そそくさと二人の前から遠ざかった。


しきりと後ろを振り返り、食堂を後にする吉田。なんだか足元がおぼつかない。
それを安達が見かける。近づいていって後ろからぽんと背中をたたいた。
「よーしだっ! 何ふらふらしてんの、急がないと訓練開始だよ」
「あ、ああ。お前か」
驚いたように目を瞠る。安達が吉田の隣にきて、肩を並べて歩き出しながら言う。
「なによ、魂抜かれたような顔して。何かあったの?」
「いや。--うん、まあ、」
これといって何も……。ごもごもと言葉を口の中で転がす。
「なんか変だよ。大丈夫?」
「うん。大丈夫だ」
吉田はそこで一つ息を長くついた。
魂を抜かれたといえば、抜かれたかも。
柴崎が手塚を見上げるまなざしを思い出す。
「なんかさ、こういうこともあるんだなーって」
「ん? 何?」
「……ひとのモンになってからのほうが、好きみたいだ。俺」


きれいだきれいだと騒いで憧れているうちは、気がつかなかった。
あの、手塚三正を信頼しきった目。愛情に浸された甘い声。
あんなに可愛い人だったなんて。柔らかい微笑みを浮かべるなんて。
知らなかったなあ……。
もう決して手の届かない、遠いひと。


「何ぶつぶつ言ってるの? 熱でもあるんじゃない、新年早々」
 怪訝そうに首を傾げる安達に向かって、吉田は苦笑交じりに言った。
「まあ、あるっちゃあるかな。微熱がな」
冷めるには当分時間がかかる。
そんな気がした。

(fin.)

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3 コメント

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あらぁ~~ (たくねこ)
2010-01-07 19:54:27
人のモノがよく見えると、なかなか幸せにはなれないよ~~。と、おばちゃんは彼の行く末が心配になっちゃいます(^◇^)ケッケッケ...楽しんでます
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吉田は犬。 (あだち)
2010-01-08 17:27:22
柴崎は猫。相容れないと思うんだよな…

あ、でも郁は完全に犬だから、相性悪くはないのか。
でも、行く末不安ですよね、この子…

他者視点の手柴を書くのは新鮮で面白かったです。
返信する
ご馳走様でした (名無し)
2018-11-25 09:54:44
久しぶりに読み返した図書館戦争にハマってその余韻そのままにこちらのブログを発見し、全てのssを順に読ませて頂きました。作者様の紡ぐ手柴の物語は、じれったくもそこには確かな質量の甘さがあって、面白く、楽しませて頂きました。作者様がこれらの物語を紡いでくださったことに、感謝を述べたくコメントさせて頂きました。ありがとうございました。届けこの想い!(笑)
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