(拍手お礼SS)
いつになく沈んだ様子で帰宅した光。
「……ただいま」
その力ない声に、あたしは「お帰り」の言葉さえかけるのをためらわれる。
彼が敬愛する上司が、本日付で退役したのを知っていた。
良化隊との攻防で痛めた脚の回復が思わしくないと思っていたら、検査で他の病気が発見された。
骨の髄まで癌細胞に冒された右脚はもはや手の施しようがなく、彼は右膝から下の切断を余儀なくされた。
術後は家族ともども奥さんの田舎に引越し、療養しながら第二の人生を歩むという。
「片脚しかないけどな」彼はそう言って今日隊を去った。
そう聞いている。あたしの情報元からは。
光は疲れた様子でリビングに入り、スーツの襟元を緩めた。
ネクタイも解かず、ソファに腰を沈める。
あたしは彼の前に膝をつく。そっと肩に手を置いた。
「……大丈夫なの?」
髪を撫でる。と、光は顔を上げた。
「ああ。元気そうに笑ってたよ。奥さんと子供も挨拶に来てた」
「そうじゃなく。……あんたが大丈夫かって訊いてるのよ」
もちろん上司の方も心配だけど。そう付け加える。
光はふっと眉の力を抜いた。よく見なければ分からないほど淡い笑みが目元に浮かぶ。
「大丈夫だ。俺は」
彼がその人にどれほど心酔していたか知ってる。入隊の頃から手取り足取り教えてもらい、可愛がってもらった恩人だ。
きっと身を切られるように辛いはず。
でも光は笑う。穏やかに。
「ただちょっと今夜だけはお前に愚痴とか言うかもしれないけどな」
そんなことをしない人だから心配なのだとは面と向かって言えない。言ってくれたらいいのに。こんな時ぐらい。
髪を撫でるあたしの手をそっと握って、光は屈みこんだ。
「麻子。――少しこうしてもいいか」
胸に顔を押し当てる。
心臓の鼓動を、確かめるように。
あたしは黙って光の首の後ろを両手で抱きしめた。
「少しだけでいいから」
そう言う彼の耳に唇を寄せる。
「ずっとしてあげる。あたしの胸でよければ」
「お前の胸がいい。って言うか、お前にしかこんなとこ見せられない」
あたしの背中に腕を回して抱き締め、更に強く頬を押し当てた。
見せて。あんたの弱いところ。あたしに全部。
受け止めるから。
泣いてもいいのよ。背中をさすってあげながら呟くと、光はわずかにかぶりを振った。
「ほんとに泣いてしまいそうだから止めてくれ」
「愛してる、光」
元気になって。あたしの腕の中で。
できることはなんでもするから。一晩だって二晩だってこの胸でよければ貸すわ。
だから。笑って。
そう言うあたしの頬を両手で挟んで光はキスをした。
優しいくちづけ。
「愛してる」
痛みを堪えているように見える。けれど、それが泣くのを堪えている顔だと知っている。
だからあたしは目を閉じてあげた。
……愛しているよ。麻子。
もう一度言葉が降って来て、あたしの唇はあたたかい吐息に包まれた。
fin.
(2008:12・20)
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いつになく沈んだ様子で帰宅した光。
「……ただいま」
その力ない声に、あたしは「お帰り」の言葉さえかけるのをためらわれる。
彼が敬愛する上司が、本日付で退役したのを知っていた。
良化隊との攻防で痛めた脚の回復が思わしくないと思っていたら、検査で他の病気が発見された。
骨の髄まで癌細胞に冒された右脚はもはや手の施しようがなく、彼は右膝から下の切断を余儀なくされた。
術後は家族ともども奥さんの田舎に引越し、療養しながら第二の人生を歩むという。
「片脚しかないけどな」彼はそう言って今日隊を去った。
そう聞いている。あたしの情報元からは。
光は疲れた様子でリビングに入り、スーツの襟元を緩めた。
ネクタイも解かず、ソファに腰を沈める。
あたしは彼の前に膝をつく。そっと肩に手を置いた。
「……大丈夫なの?」
髪を撫でる。と、光は顔を上げた。
「ああ。元気そうに笑ってたよ。奥さんと子供も挨拶に来てた」
「そうじゃなく。……あんたが大丈夫かって訊いてるのよ」
もちろん上司の方も心配だけど。そう付け加える。
光はふっと眉の力を抜いた。よく見なければ分からないほど淡い笑みが目元に浮かぶ。
「大丈夫だ。俺は」
彼がその人にどれほど心酔していたか知ってる。入隊の頃から手取り足取り教えてもらい、可愛がってもらった恩人だ。
きっと身を切られるように辛いはず。
でも光は笑う。穏やかに。
「ただちょっと今夜だけはお前に愚痴とか言うかもしれないけどな」
そんなことをしない人だから心配なのだとは面と向かって言えない。言ってくれたらいいのに。こんな時ぐらい。
髪を撫でるあたしの手をそっと握って、光は屈みこんだ。
「麻子。――少しこうしてもいいか」
胸に顔を押し当てる。
心臓の鼓動を、確かめるように。
あたしは黙って光の首の後ろを両手で抱きしめた。
「少しだけでいいから」
そう言う彼の耳に唇を寄せる。
「ずっとしてあげる。あたしの胸でよければ」
「お前の胸がいい。って言うか、お前にしかこんなとこ見せられない」
あたしの背中に腕を回して抱き締め、更に強く頬を押し当てた。
見せて。あんたの弱いところ。あたしに全部。
受け止めるから。
泣いてもいいのよ。背中をさすってあげながら呟くと、光はわずかにかぶりを振った。
「ほんとに泣いてしまいそうだから止めてくれ」
「愛してる、光」
元気になって。あたしの腕の中で。
できることはなんでもするから。一晩だって二晩だってこの胸でよければ貸すわ。
だから。笑って。
そう言うあたしの頬を両手で挟んで光はキスをした。
優しいくちづけ。
「愛してる」
痛みを堪えているように見える。けれど、それが泣くのを堪えている顔だと知っている。
だからあたしは目を閉じてあげた。
……愛しているよ。麻子。
もう一度言葉が降って来て、あたしの唇はあたたかい吐息に包まれた。
fin.
(2008:12・20)
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いよいよ安達家の麻子さんもご懐妊ですか?
おめでとうございます。
手塚のオタオタする姿がとてもらしくて、
思わず、「ぶらぼー」と
PCの前で叫びました。
桜の写真が綺麗です。
すっかり拍手お礼SSが放置でごめんなさい。
そのうちあとのふたつも入れ替えなくてはね…
写真はうちの近所の官庁街の桜です。
北国にも遅い春が来ました(^^)