背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

海へ来なさい【8】

2009年09月10日 04時05分03秒 | 【別冊図書館戦争Ⅱ】以降


「じゃあ。くれぐれもお大事に」
「無理しないで、ゆっくり休んでね」
「堂上、すまん。俺明日休みを取るから、シフトのほう調整頼む」
「分かってる。気にするな。こっちはこっちで何とかなるから、しばらく毬江ちゃんの傍についてやってくれ。溜まってる有休を心置きなく使えばいい」
「ああ。お言葉に甘えるよ。検査結果が分かり次第、連絡入れる」
「頼むな」
「柴崎さん、入院のセット、すみませんでした」
「気にしないで。足りないものがあると思うから、そのときは小牧一正に頼んでね」
「はい」
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ。気をつけて」
毬江に代わる代わる声をかけ、一晩付き添うことになった小牧をねぎらい、堂上、郁、手塚、柴崎が病室を後にするときは、もう夕刻もとうに回っていた。
「案外元気そうで安心したわ。一時はどうなることかと思った」
廊下を行きながら柴崎が言う。安堵の色が声ににじみ出ている。
手塚もほっとしたように相槌を打った。
「ああ。打った場所が場所だけにな。大事がなくて本当によかった」
「外傷は、たいしたことないんですって? 数針縫っただけだそうね」
うん、と力なく頷いてから、
「でも、数針でも……傷は傷だよ」
郁がまだ硬さの残る声で、柴崎の前を行きながら言った。
自分のつま先、サンダルから覗く素足を見つめている。
「痕、残らないといい。毬江ちゃん。――あたしで代われるものなら、代わってあげるのに」
「……」
堂上は何も言わず歩を進めるだけだ。
柴崎と手塚も自然と口をつぐんだ。
誰のせいでもない、あれは事故だった、しかたがなかった。と、言葉ではいくらでも言える。けれども、それだけで感情の収まりがつく訳では決してない。
心のどこかで、どうしたって自分を責めてしまう。あのとき、一緒に海にいた自分を。
あの瞬間を避ける術はなかったのかと、繰り返し自問してしまう。
詮方ないことだと分かってはいても。堂上だけでなく、郁だって、手塚だって、柴崎だって。みんな同じ想いだ。
言葉にするしないはともかくとして。
「……そういうことあんたが言うと、だんな様としては複雑よ? 堂上一正だって、あんたが傷物になるのは耐えられないはずですもんね」
重い空気を払うように、努めて明るい口調で柴崎が言った。
「あたしは生傷、絶えないもん。ひとつぐらい増えたって今更なんてことない」
「――と、新妻は申しておりますがそこんとこ如何ですか? 一正」
いきなり話を向けられたが堂上は、
「それは、まずいだろ」
とすぐに返した。背中でだったが。
「え」
郁が前を行く堂上の小柄ながら均整の取れた後ろ姿を見やる。
「お前が傷を負うのは、俺としては耐え難い」
普段は部下である手塚や柴崎の前で、そんなことを言う堂上ではないだけに、その言葉のインパクトは大きかった。
郁自身、驚いてまじまじと彼の背中を見つめてしまったほどだ。
柴崎は大きな目を見開き、ヒュウと口笛を吹くまねをして見せた。無論病院の中、本当に吹くことはしない。
「言いますね~。ご馳走様って感じ?」
目で隣の手塚を掬う。手塚はどんな顔をしていいのやら、困ったように泳ぐ視線を返すしかできない。
堂上は一定の歩幅で歩きながら、平坦な口調で続けた。
「こいつだけじゃない。お前も、手塚も、毬江ちゃんも、誰も怪我なんかさせちゃならなかった。俺が不注意だった」
「一正」
「……もういいじゃないですか。責任追及するのは。毬江ちゃんだって、小牧一正だって、そんなこと望んでいませんよ」
柴崎が、郁の気持ちを代弁をする。
郁は、頑なに自分を責める堂上に、かけるやる言葉を捜しあぐねていた。
「俺もそう思います。事故の責任があるのは、あそこでボディボードやってた奴にであって、決して堂上一正のせいじゃない。警察の聴取も、明日の毬江ちゃんの検査を待って行われるそうですし、一正が気に病むことは全くない」
手塚は自分の言葉がなんの気休めにもならないと分かっていた。しかも口がさほど達者ではないという自覚もあった。
でも、気落ちする堂上を見ていたら、口を挟まずにはいられなかった。
「……と思います」
敬体にしそびれたのを、律儀に言い直す手塚。
三者三様の想いを受け止めたのか、堂上がふと肩から力を抜いた。そして、
「うん。そうだな。
……頭では分かっているんだがな」
幾分、砕けた物言いでそれだけ呟いた。
柴崎が声のトーンをオクターブ上げて、話題を変えた。
「堂上一正。それよりこれからのことを考えませんか。建設的に」
「これからのこと?」
緊急外来のエントランス付近まで来ていた堂上が、足を止めて振り返った。
柴崎を見る。
「あたしたち、目先の罪悪感でいっぱいいっぱいになってますけど。現実問題として、表、ひどいことになってるみたいですよ?」
にっこり。
久々に小悪魔的な笑みを口の端に切り込んで、柴崎は自動ドアの向こうを指差した。
他の三人がその先を目でたどる。
ほぼ同時に目を剥いて、絶句した。
ドアの外は、夏場だというのにすでに真っ暗で深夜のように闇深かった。
病院の外灯に照らされたところがかろうじて見て取れる。すさまじい風と激しい雨が吹き荒れていた。
ごうごうと不吉な音を響かせながら、植え込みの木々の枝が、千切れんばかりに左右に揺れている。風に煽られ葉が舞い散り、弧を描いて空に消えていく。
嵐が来ていた。
毬江の事故の後、病院に入ったきりだった彼らは、外の様子がまさかこんなになっていようとは、思い至る暇もなかった。
「これは……」
「い、いつの間に、こんなに?」
「嵐じゃん! 大荒れじゃない」
呆気にとられる三人を見て、あたしはさっき病院内のコンビニで買い物したときに気づいたんだけどね。そう前置きしてから、柴崎は言った。
「それよりひどくなってるみたいですね。窓から見ただけでも分かるわ。
なんでも、台風の暴風域圏内に入ったみたいです。どんぴしゃです。
こんな天候で、……車、出せるのかしら」
それよりも、出したとしても無事に図書基地に辿り着けるの?
そんなニュアンスを含んだ言い回しだった。



とりあえず帰らなくては! 明日は平日だ! 勤務がある!
小牧がいないし、俺もお前らもみんな欠ける訳にはいかんだろう! 業務に支障が出る!

という堂上の鶴の一声で、なんとか駐車場に停めてあったバンに駆け込んだはいいものの。
病院の出入り口から、バンまでのわずか十数メートル突っ切っただけで、みな全身ずぶ濡れだった。
バケツ水を頭からかぶったような有様で、車に乗り込み、発車した。
なんだか朝からいろいろあって、疲労も極に来ており、この大雨とあいまって、すっかりやぶれかぶれな気分に包まれる車内。
「うっわ、ワイパーが全然役にたたないであります。一正」
堂上に代わって、運転を引き受けた手塚がワイパーの振り速度をMAXにさせたのに、全く効かないのを嘆く。
額をフロントウインドウにくっつけるようにしても、豪雨のせいで視界ゼロに等しい。
「徐行しろ、徐行。ライトはハイビームでな」
「了解」
「寒くないか、お前たち」
濡れみずくの郁と柴崎を堂上が気遣う。
「それは大丈夫。台風だから暑いくらいです」
「ならいい。油断して風邪引くなよ」
病院を出て、しばらく車を走らせても、まだ夜も浅いというのに、道路をゆく自動車の数が恐ろしく少ない。みな、この悪天候の中、運転を控えているのだろう。あるいは少しでも雨脚が弱まるまで待っているのかもしれない。
とにかく無謀ともいえる雨中行軍で、彼らは都心を目指した。
今夜じゅうに帰り着かなくては。その一心だった。
珍しく、堂上にしては判断ミスを犯した。
本来ならばここは果断に(無謀に?)強行突破を図るべきではなかった。自然にはいくら歯向かっても勝てっこない。歴史がそれを繰り返し証明している。
夜の暗さと、視界の悪さと、疲労と空腹、時間までになんとしても帰りつかなくてはならないという焦り。
そんなもろもろの複合技で、災いを懐に呼び込んでしまう羽目となった。
がったん。
「きゃあっ!」
いきなり大きな揺れが来て、走っていたバンが急停止した。


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2 コメント

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まさに! (たくねこ)
2009-09-10 10:25:40
一難去ってまた一難!!!どうなってしまうんでしょう!!わくわくどきどきです!
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レス遅くなってごめんなさいです (あだち)
2009-09-10 10:51:17
>たくねこさん
救命法って一通り講習は受けても、実際のときに役に立つかというと、自信がないですよねえ。私はAED講習一日出たこともあるんですけど、それでもあの機械を使うとなると(むむむ)…

話は変わりますが、CJから流れてきてくださった方、ようこそいらっしゃいませ。私の話から「図書館」入ったらしくて、なんだか恐縮。。。原作は超面白いので、どうぞ原作も!(当たり前ですが)
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