【5】
翌日。
出勤早々、業務部で手分けして、図書館を巡回した。幸い夕べの地震による被害はこれといって見当たらず、定刻どおり開館できた。
開館してしまえばあとは日常が繰り返されるだけ。昨日の不穏な地震、余震などいつの間にか忘れ、業務に没頭するのみ。
柴崎は午前中忙しく働き、午後の休憩に入った。
今日は食堂にいかず、外のベンチでランチを取ることに決めた。地震の後だけに、屋内にいたくなかったのかもしれない。外の日差しがあたたかい。サンドイッチとラテを膝の上に広げてほっと一息ついたあたりで携帯が鳴る。
いつもなら仕事中はかばんにしまっているが、今日は巡回中の連絡手段のため所持命令が下りていた。むろんマナーモード。
左右に人が居ないのを確認して出る。
「はい? どなた?」
「俺」
ぶすっとした声。普段から愛想はないほうだが。
「俺ってどなたですかあ」
「分かってるんだろ、ふざけるなよ」
余計に機嫌が傾く。
「ふざけてなんかないわよ。何の用」
「いや。用ってほどじゃ」
歯切れが悪い。しばし躊躇ったのち、
「その。まずは昨日、ごめん」
手塚はそう言って謝罪した。
柴崎は髪を優しくなぶる風に、目を細めた。それから、
「ごめんってなんのこと?」
手塚は携帯の向こうで一瞬言いよどんだ。
「それは、昨日、お前んとこで眠ってしまって」
「あんたの寝顔の写メ、撮らせてもらったから相殺よ。いい値がつくはず」
「! おま……! あんな状況で写真撮ったってのか!」
あまついい値がつくとか、売り出す気か! 手塚の声が跳ね上がるのを聞いて、柴崎は肩で笑った。
「あんたがデータ買い取ってくれるなら、寮で回すのを控えてもいいけど?」
「謝って損した。謝るんじゃなかった、もう切る」
頑なモードに入ったのが分かる。柴崎は言った。
「切ってもいいけど、今まずはって言ったってことは、他にも何か話があったんじゃないの」
手塚は言うか言うまいか躊躇した後。口を開いた。
「夕べの着歴から折り返してる。……地震のあと、かけてきてくれたのに、出られなくて悪かった」
爆弾。
日中、不意うちの。
柴崎は虚を衝かれ、思わずラテをこぼしそうになった。
着歴ですって。なんで。
そうだ。と瞬時に思い出す。あたし、地震の直後動揺して、手塚にとっさに。
うそ。
赤面した。かあっと頬が焼ける、
何で今頃。不通のときは、履歴、残らないんじゃないの。
どうなってるのよと理不尽な怒りさえ湧いてくる。
でも内心の動揺は見透かされてはならない。平静を装って言った。
「暗くて手元が危うくて、きっと押し間違えちゃったのね。わざわざ悪かったわ」
「俺のほうこそ出られなくて悪かった」
寝顔のことをネタにからかった時とは打って変わって落ち着いた声が返ってくるのが癪に障る。まるで何もかも見透かしているかのように。
あたしの心のうちまでも。
「……出られないのが普通じゃないの。非常時で、通話できなかったんだから」
「それでもごめん」
言われて柴崎は押し黙った。
もう……。こんな風に言われちゃ、かなわないわね。
口もとに笑みが浮かぶ。
「今かけなおしてくれてるからいいわ。そっちも相殺」
「よかった」
手塚が笑ったような気配がした。
「今休憩中だろ、何してるんだ」
「ご飯食べてるの。笠原と一緒に」
とっさに嘘を言ってしまったのは、恥かしさを隠すためかもしれない。撮りもしてない写真の件で揺さぶろうとして、逆に履歴の件で揺さぶられた。失点を回復したかったからかも。
柴崎は続けた。
「あんたの可愛い寝顔、笠原になら見せてもいいわよね」
「いいよ」
意外な答えに柴崎は「え」と目を瞠る。
手塚は言った。
「お前が笠原とほんとにランチを食ってるんならな。見せてやれば」
思わず柴崎はベンチから立ち上がった。
周囲をみわたす。――と、
図書館の裏口のひさしの下、壁にもたれるようにして見慣れた姿があった。
携帯を片手にこちらを見ながら話している。遠目にもそれが手塚本人であることが見て取れた。
「! あんた、いつからそこに、っ」
柴崎は目を剥いた。ぱくぱくと口が開閉するが、言葉にならない。
それは柴崎としてはとても珍しいことだった。
手塚は柴崎のほうに歩みだした。穏やかな表情で。
「さあ、いつからかな」
柴崎は、あたふたと撤去のしたくを始めた。携帯を耳に押し当てているので、片手一本で。
広げたランチを手早く掻き集める。
「さ、最初からいたってんじゃないでしょうね。たち悪い!」
その間もどんどん手塚は近づいてくる。大柄な上、訓練仕込で大またなので、撤収が間に合わない。
もうすぐそこに来ている。
「たち悪いのはお前だろ。なんで逃げるんだ」
手塚の声が、携帯越しではなく肉声として聞こえる距離までもう詰めている。
柴崎の声が「逃げてなんか」と尻すぼみになった。自然、手塚に対して顔を隠す。
「じゃあ一緒にメシ食おうぜ。俺も買ってきた」
見ると、確かに片手にコンビニの袋らしきものをぶらさげている。それを見たら、無性に悔しくなった。
こいつ、何もかも初めから……。
柴崎は唇を噛んだ。頬の火照りがどうしても取れない。
不貞腐れたように柴崎はベンチに座りなおした。
「いい天気だな」
何事もなかったかのように手塚は言った。柴崎は空を見上げた。
レイヤーのかかった水色が天空に広がっている。まぶしい。
夜の秘密を、昼の光は上手に押し隠して世界は今日も回っている。
「俺、思ったんだけどさ」
柴崎のいるベンチまでたどり着いたとき、手塚は携帯を胸ポケットにしまって言った。
「たまには停電も悪くないな。――って言うとちょっぴり不謹慎か?」
そして彼女の隣に腰を下ろした。
(了)
実写劇場版公開記念。なんとかかんとか連載を終えられました。
途中長いブランクがあったのに、最後までお付き合いくださって有難うございました。
二次を書かせていただく身として、実写版を見た感想はですね。
世界観を忠実に再現してあるのに感動したのはもちろん、岡田くんと榮倉さんはまさにはまり役、という感じだったのですが。あの二人でのラブシーン(夜のほうも)は、ははははずかしくて想像できん!というのが本音です。キキキ、キスシーンが限度ですね(それも妄想ですが)
ましてや手柴は……。
妙にナマナマしくてだめですね。照。
栗山さん、福士さん、うつくしいお二人だけに。
実写化をきっかけに、こちらで新たな出会いがありましたら、嬉しく思います。
それではまた。
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翌日。
出勤早々、業務部で手分けして、図書館を巡回した。幸い夕べの地震による被害はこれといって見当たらず、定刻どおり開館できた。
開館してしまえばあとは日常が繰り返されるだけ。昨日の不穏な地震、余震などいつの間にか忘れ、業務に没頭するのみ。
柴崎は午前中忙しく働き、午後の休憩に入った。
今日は食堂にいかず、外のベンチでランチを取ることに決めた。地震の後だけに、屋内にいたくなかったのかもしれない。外の日差しがあたたかい。サンドイッチとラテを膝の上に広げてほっと一息ついたあたりで携帯が鳴る。
いつもなら仕事中はかばんにしまっているが、今日は巡回中の連絡手段のため所持命令が下りていた。むろんマナーモード。
左右に人が居ないのを確認して出る。
「はい? どなた?」
「俺」
ぶすっとした声。普段から愛想はないほうだが。
「俺ってどなたですかあ」
「分かってるんだろ、ふざけるなよ」
余計に機嫌が傾く。
「ふざけてなんかないわよ。何の用」
「いや。用ってほどじゃ」
歯切れが悪い。しばし躊躇ったのち、
「その。まずは昨日、ごめん」
手塚はそう言って謝罪した。
柴崎は髪を優しくなぶる風に、目を細めた。それから、
「ごめんってなんのこと?」
手塚は携帯の向こうで一瞬言いよどんだ。
「それは、昨日、お前んとこで眠ってしまって」
「あんたの寝顔の写メ、撮らせてもらったから相殺よ。いい値がつくはず」
「! おま……! あんな状況で写真撮ったってのか!」
あまついい値がつくとか、売り出す気か! 手塚の声が跳ね上がるのを聞いて、柴崎は肩で笑った。
「あんたがデータ買い取ってくれるなら、寮で回すのを控えてもいいけど?」
「謝って損した。謝るんじゃなかった、もう切る」
頑なモードに入ったのが分かる。柴崎は言った。
「切ってもいいけど、今まずはって言ったってことは、他にも何か話があったんじゃないの」
手塚は言うか言うまいか躊躇した後。口を開いた。
「夕べの着歴から折り返してる。……地震のあと、かけてきてくれたのに、出られなくて悪かった」
爆弾。
日中、不意うちの。
柴崎は虚を衝かれ、思わずラテをこぼしそうになった。
着歴ですって。なんで。
そうだ。と瞬時に思い出す。あたし、地震の直後動揺して、手塚にとっさに。
うそ。
赤面した。かあっと頬が焼ける、
何で今頃。不通のときは、履歴、残らないんじゃないの。
どうなってるのよと理不尽な怒りさえ湧いてくる。
でも内心の動揺は見透かされてはならない。平静を装って言った。
「暗くて手元が危うくて、きっと押し間違えちゃったのね。わざわざ悪かったわ」
「俺のほうこそ出られなくて悪かった」
寝顔のことをネタにからかった時とは打って変わって落ち着いた声が返ってくるのが癪に障る。まるで何もかも見透かしているかのように。
あたしの心のうちまでも。
「……出られないのが普通じゃないの。非常時で、通話できなかったんだから」
「それでもごめん」
言われて柴崎は押し黙った。
もう……。こんな風に言われちゃ、かなわないわね。
口もとに笑みが浮かぶ。
「今かけなおしてくれてるからいいわ。そっちも相殺」
「よかった」
手塚が笑ったような気配がした。
「今休憩中だろ、何してるんだ」
「ご飯食べてるの。笠原と一緒に」
とっさに嘘を言ってしまったのは、恥かしさを隠すためかもしれない。撮りもしてない写真の件で揺さぶろうとして、逆に履歴の件で揺さぶられた。失点を回復したかったからかも。
柴崎は続けた。
「あんたの可愛い寝顔、笠原になら見せてもいいわよね」
「いいよ」
意外な答えに柴崎は「え」と目を瞠る。
手塚は言った。
「お前が笠原とほんとにランチを食ってるんならな。見せてやれば」
思わず柴崎はベンチから立ち上がった。
周囲をみわたす。――と、
図書館の裏口のひさしの下、壁にもたれるようにして見慣れた姿があった。
携帯を片手にこちらを見ながら話している。遠目にもそれが手塚本人であることが見て取れた。
「! あんた、いつからそこに、っ」
柴崎は目を剥いた。ぱくぱくと口が開閉するが、言葉にならない。
それは柴崎としてはとても珍しいことだった。
手塚は柴崎のほうに歩みだした。穏やかな表情で。
「さあ、いつからかな」
柴崎は、あたふたと撤去のしたくを始めた。携帯を耳に押し当てているので、片手一本で。
広げたランチを手早く掻き集める。
「さ、最初からいたってんじゃないでしょうね。たち悪い!」
その間もどんどん手塚は近づいてくる。大柄な上、訓練仕込で大またなので、撤収が間に合わない。
もうすぐそこに来ている。
「たち悪いのはお前だろ。なんで逃げるんだ」
手塚の声が、携帯越しではなく肉声として聞こえる距離までもう詰めている。
柴崎の声が「逃げてなんか」と尻すぼみになった。自然、手塚に対して顔を隠す。
「じゃあ一緒にメシ食おうぜ。俺も買ってきた」
見ると、確かに片手にコンビニの袋らしきものをぶらさげている。それを見たら、無性に悔しくなった。
こいつ、何もかも初めから……。
柴崎は唇を噛んだ。頬の火照りがどうしても取れない。
不貞腐れたように柴崎はベンチに座りなおした。
「いい天気だな」
何事もなかったかのように手塚は言った。柴崎は空を見上げた。
レイヤーのかかった水色が天空に広がっている。まぶしい。
夜の秘密を、昼の光は上手に押し隠して世界は今日も回っている。
「俺、思ったんだけどさ」
柴崎のいるベンチまでたどり着いたとき、手塚は携帯を胸ポケットにしまって言った。
「たまには停電も悪くないな。――って言うとちょっぴり不謹慎か?」
そして彼女の隣に腰を下ろした。
(了)
実写劇場版公開記念。なんとかかんとか連載を終えられました。
途中長いブランクがあったのに、最後までお付き合いくださって有難うございました。
二次を書かせていただく身として、実写版を見た感想はですね。
世界観を忠実に再現してあるのに感動したのはもちろん、岡田くんと榮倉さんはまさにはまり役、という感じだったのですが。あの二人でのラブシーン(夜のほうも)は、ははははずかしくて想像できん!というのが本音です。キキキ、キスシーンが限度ですね(それも妄想ですが)
ましてや手柴は……。
妙にナマナマしくてだめですね。照。
栗山さん、福士さん、うつくしいお二人だけに。
実写化をきっかけに、こちらで新たな出会いがありましたら、嬉しく思います。
それではまた。
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手塚…たち悪い笑
柴崎…可愛い(*´∇`*)
次は通販開始を楽しみに待ってます♪
と、もう、本当にドキドキドキドキしながら、でも、二人のやり取りがもう堪らなくて、感激しました!
安達さんの手柴は本当にいつもいつも、グッときてキュン死ぬかと思うくらい、手柴で素敵です!
今回の「停電」は、最後に手塚が柴崎をやり込められるなんて、携帯にかかってきたときには想像もしてませんでした!
流石は、やるときはやる!手塚ですよね!
問答無用でツカツカと距離詰める手塚に、着歴および見られていたという二重の不意打ちに珍しく動揺が隠し切れなかった柴崎の可愛さに、真昼間のシチュにも関わらず、さわやかなただのランチになる筈にも関わらず、クラクラくる展開に堪らなかったです!!!
本当に、最後までずっと素敵なシチュ三昧の、妄想爆裂なお話を、本当にありがとうございました!!!
いや~~~、おいしい、おいしいですっ!
壁にもたれてるシルエットを想像して、鼻血です
(相変わらず変態ですみません…)
実写版手塚、まだ10代だそうですね。
岡田堂上が「か~わ~い~い~」を連発してました。
小娘と二人、見ながら心置きなく絶叫するために、DVDの発売をひたすら待っています…
連載、お疲れ様でした!そしてありがとうございました!
手塚すご!!!!!!!!
なんか攻めてるみたいですけど、いいですね(笑)
この連載SS気に入りました、ありがとうございます。
この春は有川祭で狂喜乱舞の日々を過ごしておりますv
図書館戦争も、真っ先に観て来ました
あれはちょっと凄いですね
原作漫画や小説ファンだった場合、大抵の実写化にはアレコレ文句つけたくなるものですが、私はこの図書館戦争実写版には、全く文句がありませんでした
監督や脚本家の原作の核の部分の掴みっぷりがスゲェー!と、叫び出したいほど、素晴らしい実写化だったと思います
当初、岡田凖一の堂上起用に「ええぇー!美形過ぎるよ~!」と、不満たらたらでしたが、映画を観て、その演技力、迫力、アクション技能力に圧倒され、「堂上だー!」と、感服しました
手塚役の福士君は、演技をみたことがないので全くの白地で鑑賞しましたが、声の太さが凄く良かったかと(笑)
実年齢ではかなり差がある柴崎役の栗山千明とも、普通にラブな関係アリだなとの説得力が感じられました
実写ビジュアルをすんなり受け入れられた身としては、別冊を想像するだけで軽く死ねます(笑)
堂郁の「声が出た」云々とか、手柴の「権利をくれ」とか、映像を想像するだけで床ローリングだけじゃ済まず、奇声を我慢出来ずに通報される自信さえあります!(マテッ
ハァハァ
相も変わらず、長文で申し訳ございません
反省の意味も含めて、また図書館戦争鑑賞に行ってきます!
途中更新停止した連載に(汗)最後までおつきあいくださいまして誠に有難うございます。
ラストまで書き上げようと実写版でエネルギー補給、といった感じでなんとかかんとか仕上げました~
いつもと違うラストにしたかったので、手塚攻めで終わらせたのですが、こういうのもアリかな、と手前味噌で思っております。。。
しかし二次創作というのは不思議なもので、話を書くときに実際の俳優さんでイメージすると書きやすいかというとそうでもないのですね。。。逆に生々しすぎて想像しづらくて私は向いてないなと感じました(><)
ですのでうちの二次はあくまでも原作からの発展という感じの作り方になっております。
書きあがった後、俳優さんを当てて会話とかイメージするのはできるんですけどね。。。不思議なものですね。
などど裏話をしても面白くないので、これにて。
いつも温かい励ましありがとうございます!チャージして新作、書きたいです。