背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

停 電 【5】(手塚×柴崎)

2013年05月07日 03時00分43秒 | 【図書館革命】以降
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ろうそくの明かりを見ながら、それからも益体もない会話をぽつぽつと続けたのは、少しでも長く一緒に居たかったからかもしれない。
 この部屋に二人で居る時間を引き延ばしたかったからなのかも。
 時折訪れそうになる沈黙に、上手に言葉を重ねて、話が途切れないように細心の注意を払った。
 なるべく時計を見ないようにして。お互いに。
 そっちに気を取られていたせいか、不意に大きめの余震が起こったときに改めて気づかされた。
 何のために手塚がここに来たのかということを。
 かたかたと家具が鳴って、反射で手塚が中腰になった。
 柴崎を引き寄せると同時に、ろうそくが倒れないようにスタンドの根元を支える。
 柴崎は声を上げたりはしなかった。手塚に身を寄せ、息を詰めて推移を見守る。
 手塚は余震の規模が一定のレベルを超えないのを見計らって、しばらくそのままの態勢でいた。もちろん万がいちのことがあったらすぐさま退避させられるように、出口は確保。 三十秒も揺れは続いただろうか。波が引くように揺れは収まっていった。
 完全に無音、無震の状態になってから、手塚の身体が弛緩する。
 ふうと吐息が漏れた。それにつられたように、柴崎も肩のラインを緩ませる。
 どちらからともなく、視線を合わせた。
 ふ、と目元をカーブさせて柴崎が微笑む。
「いったいいつまで続くのかしらね。一晩中?」
 声を潜めて言う。余震をいいことに、身体は寄せ合ったまま。
 手塚が首を捻る。
「どうだろう」
「あんた、帰るタイミング、カンペキ逃しちゃったわね」
 手塚は困ったように目を逸らした。何気なく、ほんとうにいつもの雑談口調で柴崎はさらりと言った。
「泊まってけば?」
 手塚の動きが止まる。
「――なんてね」
 柴崎が舌を出した。
「お前、こういう状況でたちの悪い冗談よせ」
「あら、こういう状況でなかったら良かったっての」
「あのな」
 思わず顔をしかめた手塚に、「無くなるまで」と幾分声音を強めて柴崎がかぶせた。
「このキャンドルが消えるまで居る。ってことで、手を打たない?」
 手塚は卓上に目をやる。華奢なつくりの、ほのかに甘い香りを漂わせるピンクのろうそく。その先に灯る炎はまるで自分の心の中を表しているかのように、頼りなげに揺れ。、
 手塚は柴崎のおどけた言い回しの中に、真摯さを読み取る。ろうそくはもう三分の一しか残っていない。三十分もつかどうかというところだ。
 おそらく、柴崎にとって最大限の譲歩なのだろう。自分からはもっと居て欲しいなどとは口が裂けても言えない性分だというのは、付き合いが長いだけに理解している。
「いいよ。それで打つ」
 頷くと、ほっとした様に目元から力が抜けた。それを見取られるのを嫌うようにうつむく。
「……何か飲む?」
 立ち上がろうとしかけた柴崎を手塚が押しとどめる。そっと。
 至近で目が合った。
「いい。このままで」
 さりげなく、自分の傍らに引き寄せた。背に手を回して。
 てか、ばれてるか、もう。
 いいや。手塚は回した手を柴崎の腕にかけて、何度かさすってやった。
「キャンドルが無くなるまでいさせてもらう」
 そう言うと、肩の位置にあった柴崎の頭がかすかに前に傾いだ。
「……ふん」
 その様子を見て、可愛い女だな、と、手塚は今晩何度目かの呟きを、心の中でそっとした。


信じられないことに、というか、お約束のように。
手塚はそれから数分して静かに寝落ちした。
初めは、何もしゃべらなくなったから、気まずいわと思った。話をしていれば、場が持つ。でも話しかけてもなんだか反応が悪くて、もしかしたら無理に引き止めたのを怒ってるのかもと不安になった。
顔を覗き込むと、目を伏せ、寝息を立てている。
胡坐をかいたままの姿勢で、すうすうと健やかな呼吸音が聞こえた。
脱力した。
「あっきれた。寝る? ふつーこのシチュエイションで」
 これだけの美女と深夜一緒にいながら、寝落ちするっていったいどういうこと? と憤然とした。
明日ソッコーで笠原に言ってやる。詰ってやる。んでもって、嫌味言いたい放題いってやるわ。
こんな千載一遇の、美味しいお膳立ての最中、ね、寝るなんて。
柴崎麻子、人生最大の屈辱なんだからね!
さんざん腹の中で罵ってやると大分すっきりした。
改めて、腕を組んで前かがみで転寝をする手塚の顔を覗き込む。
秀でた額と整った鼻筋。意外とまつげが長い。そして精悍な顔立ちの中に、拭いきれない疲労が見える。
ふと自分の中のささくれが棘を潜めるのが分かった。
疲れてるのね。……そりゃあそうよね。
日中勤務した後、夜中に地震が来て、後処理に駆けずり回ってからここに来てくれたんだものね。ろくに寝てないんだもの。
……引き止めたりして悪かったわ。留めるごとにあんたの立場が苦しくなるって、分かってるのに。
ごめんね。でも、それでもあんたにいて欲しかったの。
ろうそくを引き合いに出して引き止めるんじゃなくて、怖いからもっと居てって素直に言えたら、あたしたちの何かが変わったかしら。
でも、変わるのも怖いの。
息を詰めたまま柴崎はそうっと眠る手塚の頬にくちびるを寄せた。右の頬に、触れるか触れないかのキスを刻む。
あたしさ、あんたのこと、好きかもしれない。
絶対に、口が裂けてもそんなこと言わないけどさ。
案外とあどけない手塚の寝顔を見ながら、柴崎はそんなことを思った。


目が覚めても、手塚は自分が置かれている状況がすぐには理解できなかった。
のろのろと上体を起こそうとし、そうするには惜しい柔らかい枕の感触に再度頬を押し当てる。
そこで、覚醒する。
? なんだこれ。俺、何してるんだ。
――ってか。
「うわっ! ななななな、なんだっ」
 郁もかくやというほどの反射神経をもって手塚ががばと跳ね起きた。素っ頓狂な声を上げながら。
 しいっとその口を柴崎が塞ぐ。鋭い口調でたしなめられる。
「静かになさい。いったい何時だと思ってるの。周りの部屋の子が飛び起きちゃうじゃない」
 わかった? と目で念を押され、こくこくと頷く。ろうそくはとっくの昔に消えている。煙の残り香さえしない。なのに、柴崎の表情がほのかに窺えるということは、カーテンの向こうから明かりが差し込んでいるということで。……とここまで思考は回ったが、それが限界だった。
ぴたりと密着されて、柴崎のしなやかな手で口とか押さえるといやでも変な気持ちになる。一刻も早く離してほしいというのが本音だった。
手塚がわめかないのを確認して、柴崎がそっと手を外した。
それでも手塚の動揺は収まらない。
「お、俺寝てたのか。いつから、どれぐらい」
 柴崎は、んーと少し考える素振りをして、
「二時間半くらいかな。もうすぐ夜明けよ」
 余震はなかったわと告げる。
 二時間半と聞いて、手塚は痛恨の表情を浮かべた。
 俺は何をのんきにそんな長い間寝込むとか! 余震が来るかもしれないって分かってるのに。ありえんだろ普通!
「案外と肝っ玉太いのねー。女子寮に忍び込んで寝入るとか」
 全然褒められている気がしない。これは嫌味に違いない。いかに鈍いとはいえ、それぐらいは分かる。手塚は大柄な身を縮めた。
 それで、その……。一番肝心なところを訊かなくてはと、ごくりと喉を鳴らす。
 柴崎は猫が獲物をいたぶるときのように大きな瞳を眩めかせた。
 にっこりと微笑む。
「あんたがあたしの膝枕でぐうすか寝たってことは、どのソースに売り込めばいいかしら。一番高い値段で買い取ってくれるところがどこか、あんた、知らない?」
「うわっ! やっぱり!」
 まさかとは思っていたが、本人の口から聞いて顔から火が出た。慌てて手の甲で口元を覆う。ずり、と身を引いた。
夢かと思った。いや思いたかった。
柔らかい、あったかい女性の太ももの感触に包まれて、夢とうつつの間を彷徨った。
でもあれがリアルだなんて! どの面さげて!
手塚は瞬間湯沸かし器のように頬が高熱に包まれるのをどうにもできなかった。
「言っておくけどね。あたしの膝枕は高いわよ。付き合った男にだって今までしてあげたことないんだから。
ましてや寝返りとか頬ずりとか、いろんなオプションついたしね。さあ、どうしてくれようかしら」
うわあと手塚が飛び上がる。
俺、俺は、お前にそんな醜態を!
膝枕だけでなく、あまつ、ほ、頬ずりだと?
「ああああ。頼む。みなまで言わないでくれ! 後生だから!」
 頭を抱えて身悶える手塚。それを見て幸せそうに柴崎が 
止めを刺した。
「あと、もちろん深夜料金も上乗せだからね。憶えといて?」

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3 コメント

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あらまっ! (たくねこ)
2013-05-07 10:56:44
痛恨でうろたえる手塚というのは、かわいいですねぇ。
おいしすぎます!
返信する
手塚ww (まききょ)
2013-05-08 20:30:11
狼狽える手塚を想像したら笑えますねww
いいコンビだ(^w^)
返信する
Unknown (あだち)
2013-05-11 01:03:21
>たくねこさん まききょさん
連載中励ましのコメントありがとうございました。とても力づけられました。
感謝感謝いたします。
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