これは、「ヴァルハラ」事件が解決を見て、クリスの野望が潰え、ジョウの体調が戻ったころの話。
クリスの手元から強引にアルフィンを奪還し、以前より親密な空気感が漂うようになった二人。
同僚以上、恋人未満という、絶妙な距離感の関係に突入していた。
アルフィンに対して好きだとか、付き合ってほしい、などとは言わないジョウだったが(大体ミネルバという船で一緒に暮らしているため、今更付き合うというのも……)、アルフィンを大事に思う気持ちをもう隠そうとはしなくなったので、彼女も不満には思っていなさそうだった。
――そのきっかけがあの事件だったなら、ちょっとだけクリスには感謝しなきゃね。
不謹慎だから口にはしなかったけれども、そんな風に思っては頬を緩めるアルフィンだった。
「ジョウ」
ブリッジから出てきたジョウと、後尾から続く通路を歩いてきたアルフィンが、船の真ん中あたりで出くわした。
彼を見つけるなり、満面の笑みでアルフィンが小走りに駆け寄る。
「アルフィン」
相好を崩したジョウに、アルフィンが正面からぎゅっと抱き着く。
「お、おい」
動揺するジョウ。アルフィンはうふふと笑って、
「どこ行くの?」
と尋ねた。
「俺は銃器の点検に、武器庫へ。っておい、いきなりくっつくなよ」
当たり前みたいに通りすがりざま自分にひっつくアルフィンをけん制しようとするが、
「いいじゃない。軽いスキンシップよ」
さらりと交わされる。
ジョウはアルフィンを抱きとめたまま言った。
「軽い? そうか、けっこ、重めだけどなぁ」
それを体重のことに掛けたのだと気づき、アルフィンはむうと膨れた。碧い目でジョウをにらみつける。
「そんな、ひどいわ。あたし、太った?」
「うそだよ、冗談。軽い軽い」
ジョウは笑った。ほっとしてアルフィンが「よかった」と胸をなでおろす。
そのままじいっと間近で彼を見つめる。
「……ん?」
もの言いたげなアルフィンの視線に気づき、ジョウが屈みこむ。
彼女の肩に両手を置いて、顔を近づけ、そっとキスをした。
唇を、風がかすめるような口づけ。
「……」
吐息をもらして、離れていく彼の唇を視線で追いかけるアルフィン。半開きのまぶたで名残惜しそうに。
キスの余韻に浸りながら、
「もう終わり?」
と聞いてしまう。
ジョウは顔を赤らめて、アルフィンから目をそらした。
「……仕事中だから」
「じゃあ仕事が終わったら、もう一回」
ストレートにねだる。それはそれは愛らしい表情で、無邪気に。
ジョウは迫られ、ぐらっと理性が揺らいだ。でも、かろうじて踏みとどまり、
「それはだめだ」
と首を横に振る。
「どーしてえ? いいじゃない減るもんでもなし」
「そんな情緒のない言い方するな」
「じゃあどう言えばいいのよ」
「何を言ってもダメだ」
の一点張り。とうとうお姫様はあからさまにふくれっ面になった。
「なんで、もうちょっとイチャイチャしようよ。あたしたち、せっかく関係が一歩前進したってのに、ジョウってばいつもきっちりブレーキ掛けるんだもん、つまんない」
ぶーたれる。
「つまんないって……。今だって実際イチャイチャしてるだろ」
「そうだけど~」
ジョウは言うか言うまいか、ほんの少し迷ってから、言葉を選んで話し出した。
「……ブレーキ掛けないと一気に浚ってしまいそうで怖いんだよ、俺が。ぜったい歯止め、利かなくなる」
その自信あるから。分かれ、と言う。
「――」
思わずアルフィンが硬直した。
歯止めが利かなくなるという彼の言葉の意味を悟り、すくんでしまったのだ。
ジョウは気まずそうに視線を逃がしたままだ。アルフィンはしばらくして口を開く。ジョウのブーツの足先を見つめながら。
「利かなくてもいいよ、ジョウなら」
あたしはいいのに。そう続けたところで、目の前がふっと翳る。
え? と顔を上げかけたところで、唇を奪われた。
腰に腕を回され、ぐっと彼のほうに引き寄せられながら、もう片方の腕で首の後ろを押さえられる。
がっしり抱き寄せられ、ホールドされた状態で口づけを刻まれる。さっきの、軽いキスとは比べ物にならない濃厚なものを真正面から浴びせられた。
……! 思わずアルフィンはぎゅっと目を閉じた。ジョウが、よりいっそう上背をかぶせるようにしてキスを仕掛けてくる。
呼吸をするのを妨げるように、唇を塞がれてたっぷりと味わわれる。何かのスイッチが入ったかのように。
二人の間にめくるめくひとときが訪れる。
アルフィンはジョウにすがっていなければ、その場にくずおれてしまいそうだった。
ややあって、ジョウが息を乱し、頬を紅潮させたままアルフィンを離した。
はあ、とアルフィンは大きく息を吸い込む。胸元を手で押さえた。クラッシュジャケットを食い破って、心臓が出てくるんじゃないかと思うほど、どきどきしていた。
彼に聞かれちゃう。恥ずかしい。
でも……。
「……もうちょっと。続けてほしい」
自分の声が掠れている。言葉にしてみてわかった。
ジョウの目が眇められる。獲物を目の前にした、けものみたいに。身体の一部が痛むかのように。
彼のぐらつきが、手に取るようにわかる。でも止まらない。口が、勝手に。
「気持ちいい、やめないでほしい」
「~~ああ、だから、ダメだって。これ以上は、ダメだ、ほんとに」
頼むからあおらないでくれ。ジョウはかぶりを振って物理的にアルフィンから距離を置いた。その、通路の壁まで身を引く態度にアルフィンは少なからず傷つく。
「なんで? あたしがいいって言ってるのに」
声に悲しげな響きが混じる。
ジョウはそれに気づきながらも、壁に背中を付けて断固流されまいという風に天を仰いで喚いた。
「俺がダメなんだ、まだ、用意できてない」
「用意?」
ってなんの?
思わぬ言葉が飛び出て、アルフィンがきょとんとする。
ジョウは、あ、とうっかり口走ってしまったことを悔いるように眉根を寄せた。が、アルフィンに詰問され、しぶしぶ、本当に不本意そうに口を開く。
「……避妊具を、買えてない」
恐ろしいほど低い声で言った時には、聞き間違いかと思った。
「――え?」
今、なんて?
ひにん……ぐ?
今度こそジョウは茹でだこみたいに茹で上がって、首まで赤く染めて口早にまくしたてた。
「これ以上すると歯止めが利かないって言ったろ。――となると、無いと困るだろう、アレが。次の寄港地まで買えないから、ダメだって言ってるんだ。全部言わすな」
「――あ」
時差をもって、アルフィンが理解する。
そ、そういうことなの。あたしはくっついてキスして気持ちいいことを続けたいって、単純にそんな風に考えていた。けれどもジョウは、その先、あたしたちが行き着くであろうところまで想定していたのだと気づく。
男の人って、そこまで考えをめぐらせているんだという純粋な驚きがあった。イチャイチャの先、キスの先に待っているもの。でも、全然不快ではなかった。
今、不本意そうに腕を組んでむすりとしているジョウを見ると、どちらかというと愛おしいという気持ちが先に立つ。
不快じゃない。むしろ、--嬉しい。
だからアルフィンは微笑った。彼を見上げ、
「あたしは構わないのに」
言うと、ジョウがかみついた。
「だめだ。そういうのは、きちんとしないと」
顔つきが変わる。本気で真面目な顔をするから。その分彼の思いが伝わった。大事にしたいんだというジョウの、思いが。
アルフィンは素直に謝る。
「うん。わかった。ごめんなさい」
そして、気恥ずかしそうに、小声で呟いた。
「いつなら用意、できるの? それ」
「え」
ジョウは虚を突かれて思わず口ごもった。
それから、合点がいった様子で「あ、ああ……」と目線を泳がせた。頭の片隅で少し考える風を装ってから、
「一月後に、物資の買い足しにミザーラの衛星に寄るから。その時、には」
大丈夫かな、とこっちも小声で返す。
「ひとつき……」
アルフィンは繰り返し、うんとうなずいた。そして自分に言い聞かせるような口調で言う。
「一月我慢すればいいのね。ほどよく距離を取って、いちゃいちゃするようにする」
「あ、ああ」
「お利口にする。だから、一月後は……」
それ以上は、さすがに言葉にできない。
でも、ジョウは受け止めた。しっかりと。
「うん」
と笑った。幾分照れ臭そうに。そしてアルフィンの頭に手をかけ、髪をくしゃっとかき乱す。
「やん。何すんのよ」
くしゃくしゃと金髪を乱すジョウから逃れようと、アルフィンが腕で頭をかばう。
「一緒に武器庫に来るか?」
「うん! でもあそこ、密室よ?」
「だから何だ?」
「ジョウ、二人きりでへんな気分にならないかなって」
アルフィンが言うと、ジョウはやれやれと肩を落とした。
「俺を野獣かなんかだと思ってんだろ。一緒にすんな」
そうしてぐい、とアルフィンの頭を手荒に抱き寄せる。アルフィンは短い嬌声を上げた。
一月後。
必要な物資を補給して、二人は無事「同僚以上、恋人未満」を卒業した。
END
同じ屋根の下だと、逆に色々難しいかも。
タロスやリッキーへの配慮も必要だしね(笑)
アレは、何箱買ったんでしょうか。
簡単に寄港出来ないしね(笑)
コメントありがとうございます。この続きを、ピクシブさんの「初めての夜」てお話に続けたのですが(続いたか?)なかなか後編に手がつかず。。。猛暑のせいなんですすみません。いずれは、と。
>ゆうきママさん
数まではわたくしの方で考えておりませんでした。。。が、あまりあちこちに寄港出来ないという指摘がありましたので、ダースと言うか、カートン?で買ったのかも。
もしかしたら未来は避妊方法自体、変わっているかも。。。。デス