背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

君を見てる

2008年08月19日 10時58分03秒 | 【図書館革命】以降

冷やし中華を掻っ込み、コップの水を呷るとあっという間に空になった。
おかわりをしようと、冷水機の置いてあるトレイ返却口のあたりを見ると、かなりの人数が列を作っているのが見えた。
今日は夏日。水物はいくらでも喉を滑り落ちていく。冷水機もフル稼働だな、と手塚は思った。
いつもの食堂。ランチのメンバーは、玄田を除くフルキャスト揃い踏み。堂上班4人組プラス柴崎だ。テーブルをひとつ囲んで、昼食を採りながら昼休みを過ごす。
目下の話題は「夏のアイスの定番といえば何?」で、郁が「夏といったらスイカバーできまりでしょ」と言い、それに対し堂上が「ばか、夏といったらガリガリ君に決まってる」と言い返し、「ガリガリ君~? あはは、おかしいの、堂上教官筋肉質のくせにガリガリ君とか」「アホウ、ネーミングの由来はそっちじゃないだろ。氷をがりがりっと齧るからガリガリなんだろうが」「うそ! そうなんですか? あれって擬音語なの?」とじゃれあってゆるく脱線しかかったところに、「えー、話戻すけど、俺としてはジャイアントコーンとかがやっぱ必須アイテムかなあ」と小牧が割り込み軌道修正をしたところで、柴崎が人差し指を一本ちちち、と振りながら「あまいわ。夏こそ雪見だいふくですよー。夏に冬を感じられる、あのなんともいえない季節感無視のところが最高」と切り返す。
……という、甘党ではない手塚にとってはどうでもいいネタで賑やかに盛り上がっているところだった。
話についていけず、(心理的に少し遠巻きに)彼らの談笑する様子を手塚は眺めていた。この面子5人の中では手塚が一番口数が少ないということもあり、もっぱら聞き役が回ってくるのは常のことだった。
変わらず冷水を求める列は途切れない。これは館内に戻ってから麦茶でも飲むしかないか。手塚がそう切り替えようとしたとき、
「あたしの水飲む? 飲みかけだけど」
と向かいに座る柴崎がそっとコップをこちらに押してきた。
え?
差し出されたコップには八分目まで水が入っていた。
ひとり、会話からはずれて手塚に話を向けたことにはすぐに気がついた。
――なんで俺がもう一杯水欲しいな、でも列に並ぶの億劫だから後にするかとか思ってた、このタイミングで声をかけてくるんだよ。お前こっちなんかろくに見ないで教官たちと夢中でおしゃべりしてたじゃないか。
そう言いたい。でも教官たちも郁もいる。迂闊に口は開けない。
柴崎は、手塚の疑問を笑顔でかわしながら、
「まだ喉渇いてるんでしょ。今日午前訓練だったんだもんね。この暑い中、よくやるわ」と労った。
「あんたが嫌ならいいわよ。飲みかけだもんね。別に無理して、」
「――もらう」
柴崎が手元に戻しかけたコップを、半ばひったくるように奪い、手塚はぐっと飲んだ。
冷たい塊が、喉を滑り落ちていく。
「サンキュ」
半分残して、礼を言った。一気に空けてしまうのは、なんだか勿体無い気がした。
柴崎はゆったりと首を振って、いいのよ、と優雅に微笑んだ。そして次の瞬間には目をすっと狡猾にすがめて、
「でも、あたしの飲みかけだもん、けっこう高いわよ?」
「お前金取る気か!?」
つい声が裏返ってしまう。たまらず柴崎は噴き出し、慌てて手で口元を押さえる羽目になった。
「まっさか、冗談よ、冗談に決まってるでしょ」
目許の化粧を押さえた手をひらひらと振られた。手塚はむくれた。
お前ならやりかねないんだよ。そう呟くと、テーブルの下、ヒールの爪先が向こう脛をえぐった。いってえ。
「ん? どうしたの手塚」
脛を手で押さえ悶絶していると、隣の小牧に覗き込まれた。
「イエなんでもありません……」
辛うじてそう答え、正面の柴崎を睨む。が、素知らぬふりでざる蕎麦をすすっていた。
柴崎は麺ものを食べるときも、ほとんど音を立てない。どうやったらそんな風に食えるんだと首をひねりたくなるほど、上品に食する。
――ったく、どこまでも食えない女。
むかっ腹を鎮めようとコップに手を伸ばして、ふと気がついた。
コップのふちに、うっすら口紅の跡が印されている。
見るとそのパウダーピンクは今日の柴崎の唇に載せられた色と同じで。
食堂の安い食器には不似合いなほど、なまめかしくも美しくそれは刻まれていた。
しばし、手塚はそのコップの縁取りに見とれる。
――この口紅を施した唇に、自分は三度触れた。
キスの感触はまだ憶えている。でももうずいぶん前のことのようで、あれが実際に自分たちの身に起こったことなのか、それとも自分の記憶の捏造なのか、あやふやになるときもあった。
たしかあのとき自分は一度訊いた。なんでこんなことするんだよ、と。
当の柴崎は、ただの気分? とはぐらかした。
「……」
柴崎は、また郁たちとの話に戻って、こっちを見ていない。まだ続いていたかと驚くばかりのアイス談義に楽しそうに花を咲かせている。
手塚は、手の中でコップを調節し、口紅の部分を手前に持ってきて、そこに口をつけて残りの水を飲み干した。
空にしてテーブルの上にコップを置く。と、意外に大きな音が上がった。
「全部飲んだのね」
柴崎が言う。
夏型の制服、その半そでから覗く腕が真っ白で、手塚はつい視線を逸らした。
「ああ……汗がひかない」
全然。
「夏だもんね」
柴崎はぽつんと言って、「ごちそうさま」と箸を置いた。


時間が来て切り上げようとそれぞれがトレイを抱えて椅子から立ち上がった。
教官たちや郁が返却に向かったのを見計らったかのように、柴崎が手塚の許に近寄る。有無を言わさず「これ持って」と柴崎の食べ終えた器を器の上に重ねた。トレイも持たされる。
「なんだよ」
むっとして見下ろすと、逆に睨み返された。
「なんだじゃないわよ、もう」
そして柴崎は自分のバッグからハンカチを取り出す。ぱりっとアイロンのかけられた、バーバリーチェックのデザインだった。色は水色。
それで、ついと手塚の唇をひと拭きした。
「――」
手塚はトレイを持ったまま棒立ち。
柴崎が、「あんたそんなのつけて帰ったら、タスクフォースのみんなに見つかって寄ってたかっておもちゃにされること間違いなし。向こう3ヶ月は口紅のことネタにされるわよ」
迂闊ね。そう言って柴崎は両手がふさがった手塚の制服のポケットに、そのハンカチをねじ込んだ。
「お、おい」
「洗って返してくれるだけでいいわよ、弁償しなくても」
にっこり笑ってから、「柴崎~? 行くよう」と出口で待つ郁の許に「うん、いま追いつく」と答え、歩き出した。
「柴崎」
去っていく背中に手塚は声をかけた。何を言いたいのか自分でも分からない。でも、そうでもしなければ、気持ちの行き所が見つからなかった。
――お前、何でそんなに見てるんだよ、俺のこと。
全然関心ありませんって顔して、何も見逃してくれない。間接キスに舞い上がるガキみたいな俺も、全部お前にはお見通しだ。
お前は俺をどうしたいんだ。柴崎。
答えろよ。
でも、その小柄な姿は一度も手塚を振り返ることはなかった。重厚なガラス戸を押して外へ出て行く堂上たちとともに、図書館の方へ遠ざかっていく。
柴崎が拭った唇を、手塚は無意識に噛んでいた。

Fin.

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3 コメント

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見る=愛ですよ?手塚君 ()
2008-08-19 13:33:54
最後手塚を可愛く書きすぎて失敗。。。
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Unknown (咲奈)
2010-03-25 21:21:20
いえっ
手塚がかわいいのもアリですよ!
ていうか私的には
かなりツボですっ萌えましたっ←
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コメント(足跡)ありがとうです (あだち)
2010-03-26 23:45:48
>咲奈さま
カワイくてかっこよくて、そしてどこか抜けてて。。。決めるときはびしっと決めてくれる。
そんな手塚を目指したいです。
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