リビングに行くと、ソファでジョウが眠っていた。
詳しく言うなら、アルフィンの膝枕でぐっすり熟睡。
あらら。
俺らは思ったけれど口には出さなかった。そうっと足音を忍ばせてソファに近寄る。
アルフィンは俺らが近づいてくるのを見るや、「しーっ」と口に人差し指を当てる。
声には出さず、せっかく寝てるんだから起こさないでよと言われる。
俺は「わかってるよ」と目で合図して、眠る兄貴をまじまじと見下ろす。
兄貴は心持ちアルフィンのお腹の方に顔を傾け、つまり横向きになって身体を預けていた。
自分の身を両腕で抱くように、幾分丸くなって。顔はよく見えない。
アルフィンは自分のロングカーディガンをジョウに掛けてやっていた。俺らはジョウの肩が呼吸に合わせて規則的に上下するのを見ながら、
「安心しきってら。子供みたいだ」
と呟いた。
普段のジョウを知っている者がこんな無防備な姿を見たら、びっくりするにちがいない。
アルフィンに身を預けきっているジョウは、まるで母親に委ねる少年のようにあどけなく見える。
アルフィンは、なんとも嬉しそうに、でもそれを押し隠すみたいにわざと困り顔を作って言った・
「もうずっとこうなの。お手洗いにも行けやしない」
「俺らが代わろうか?」
「ばか」
だよね。言ってみただけ。
アルフィンは愛しそうにジョウの髪を優しく撫でてやりながら、
「芯から疲れてるわね。大仕事だったものね」
と言った。
「うん。ジョウは単独で潜入捜査だったから、よけい気を張ってたんだよな。仕事にけりがついてから1週間も経つのにまだこんなに疲れが残ってるだもんね」
「・・・・・・ジョウはいつもこうなの」
そのとき、初めてアルフィンが打ち明けた。
「本当に、完璧に疲れきってしまうと、ここでこんな風に膝枕で眠るのよ。大きな獣が巣ごもりして身体を休めるみたいに」
そう言う間もアルフィンの手はジョウの頭を撫でたまま。
俺らは、ああほんとだと思う。獣。ライオンとか豹とか、そういう肉食の動物。それがひっそりと身を休めて力を蓄えるさまに似ている。今のジョウの寝姿を見ると。
「あたしはそういうとき、ジョウの好物をたくさん作って、お酒も用意して、おなかいっぱいになるようにするの。甘いデザートも作るけど、ジョウはあまり食べないから、ちょっとだけね。そして食べ終わってから彼の好きな映画とか音楽を流してここでしばらく話をするの。肩とか、背中とか丁寧にマッサージしてあげると、気持ちよさそうにしてジョウはいつの間にか眠ってしまう。そういうのを繰り返していると、だんだん元気が戻ってきて、顔色もよくなって元のジョウに戻っていくのよ」
全然知らなかった。俺らは少し感動して言った。
「回復の儀式なんだね、兄貴の」
「そうね」
アルフィンは笑った。呪文も魔法も使えないけれど。ジョウ専属の魔法使いがここにいる。
とびきりの手料理と優しいいたわりの手技で、何よりその愛情深さで兄貴を回復に導く。癒やしの白魔法の使い手。
「兄貴にとっちゃ、一番の特効薬はアルフィンの膝枕なんだろうけどさ」
俺らが言うと、アルフィンは赤くなった。
「そんなこと」
「今のを聞いたら、羨ましいって妬むクラッシャーがごまんといそうだよ」
同業者でアルフィンのファンは多い。相手がジョウだから手をこまねいて見ているだけで。
「ところでアルフィンは? 仕事とかでくたくたに疲れたときは、どうやって回復するのさ」
まさか自分の手料理でなんてことはないんだろ? 俺らがそう訊くと、アルフィンはなぜか言葉に詰まった。
「あたしは・・・・・・、その」
青い目が泳ぐ。動揺している?
俺らがきょとんとしていると、言いづらそうにアルフィンはごもごもと口を割った。
「あたしはあんまし溜め込まないから。ね、疲れたら疲れたって言うし、そのつどジョウに大事にしてもらってるから・・・・・・」
ますます赤くなっている。なぜか俺らと目を合わせないよう、リビングの床を見ながらそう言った。
そこで俺らはぴんときた。
「あー、なんだよ。そういうこと? ご馳走様だなあ」
頭を掻く。
アルフィンが言葉を濁したわけが分かった。アルフィンは疲れがピークになる前に、夜な夜なジョウに甘えて可愛がってもらってるから大丈夫ってわけだ。ジョウの部屋か、自分の部屋で。
そういうことか。
「なんでそういうこと言わせんのよう」
「知るかよ、そっちが勝手に暴露したんだろ」
完全に当てられた。なんだい、兄貴の特効薬も膝枕よりも実はそっちだろと腐っていると。
くっ、とアルフィンの膝から声がした。
見るとジョウの肩が震えている。かすかに。
「あー! 兄貴起きてんの。狸寝入りだな」
俺らが言うと、ジョウはこちらを向いて目をぱちっと開けた。変わらず、アルフィンの太ももに頭を預けたままで。
「起きてた。ていうか、起きた」
お前たちのやりとりがうるさくてと笑う。
「少しは身体、楽になった? ジョウ」
アルフィンがジョウの髪に指を絡ませる。額が出されて、兄貴はより幼く、無防備に見えた。
ジョウは喉仏を晒しながら、「ああ、おかげでぐっすり、泥みたいに深く眠れたよ」と答えた。
「アルフィンの魔法は効果覿面だぜ、リッキー」
言われてアルフィンが嬉しそうに微笑った。
「回復の魔法、成功ね。免許皆伝」
そして屈んで、ジョウのおでこにキスをした。
~HAPPY HALLOWEEN~
END
詳しく言うなら、アルフィンの膝枕でぐっすり熟睡。
あらら。
俺らは思ったけれど口には出さなかった。そうっと足音を忍ばせてソファに近寄る。
アルフィンは俺らが近づいてくるのを見るや、「しーっ」と口に人差し指を当てる。
声には出さず、せっかく寝てるんだから起こさないでよと言われる。
俺は「わかってるよ」と目で合図して、眠る兄貴をまじまじと見下ろす。
兄貴は心持ちアルフィンのお腹の方に顔を傾け、つまり横向きになって身体を預けていた。
自分の身を両腕で抱くように、幾分丸くなって。顔はよく見えない。
アルフィンは自分のロングカーディガンをジョウに掛けてやっていた。俺らはジョウの肩が呼吸に合わせて規則的に上下するのを見ながら、
「安心しきってら。子供みたいだ」
と呟いた。
普段のジョウを知っている者がこんな無防備な姿を見たら、びっくりするにちがいない。
アルフィンに身を預けきっているジョウは、まるで母親に委ねる少年のようにあどけなく見える。
アルフィンは、なんとも嬉しそうに、でもそれを押し隠すみたいにわざと困り顔を作って言った・
「もうずっとこうなの。お手洗いにも行けやしない」
「俺らが代わろうか?」
「ばか」
だよね。言ってみただけ。
アルフィンは愛しそうにジョウの髪を優しく撫でてやりながら、
「芯から疲れてるわね。大仕事だったものね」
と言った。
「うん。ジョウは単独で潜入捜査だったから、よけい気を張ってたんだよな。仕事にけりがついてから1週間も経つのにまだこんなに疲れが残ってるだもんね」
「・・・・・・ジョウはいつもこうなの」
そのとき、初めてアルフィンが打ち明けた。
「本当に、完璧に疲れきってしまうと、ここでこんな風に膝枕で眠るのよ。大きな獣が巣ごもりして身体を休めるみたいに」
そう言う間もアルフィンの手はジョウの頭を撫でたまま。
俺らは、ああほんとだと思う。獣。ライオンとか豹とか、そういう肉食の動物。それがひっそりと身を休めて力を蓄えるさまに似ている。今のジョウの寝姿を見ると。
「あたしはそういうとき、ジョウの好物をたくさん作って、お酒も用意して、おなかいっぱいになるようにするの。甘いデザートも作るけど、ジョウはあまり食べないから、ちょっとだけね。そして食べ終わってから彼の好きな映画とか音楽を流してここでしばらく話をするの。肩とか、背中とか丁寧にマッサージしてあげると、気持ちよさそうにしてジョウはいつの間にか眠ってしまう。そういうのを繰り返していると、だんだん元気が戻ってきて、顔色もよくなって元のジョウに戻っていくのよ」
全然知らなかった。俺らは少し感動して言った。
「回復の儀式なんだね、兄貴の」
「そうね」
アルフィンは笑った。呪文も魔法も使えないけれど。ジョウ専属の魔法使いがここにいる。
とびきりの手料理と優しいいたわりの手技で、何よりその愛情深さで兄貴を回復に導く。癒やしの白魔法の使い手。
「兄貴にとっちゃ、一番の特効薬はアルフィンの膝枕なんだろうけどさ」
俺らが言うと、アルフィンは赤くなった。
「そんなこと」
「今のを聞いたら、羨ましいって妬むクラッシャーがごまんといそうだよ」
同業者でアルフィンのファンは多い。相手がジョウだから手をこまねいて見ているだけで。
「ところでアルフィンは? 仕事とかでくたくたに疲れたときは、どうやって回復するのさ」
まさか自分の手料理でなんてことはないんだろ? 俺らがそう訊くと、アルフィンはなぜか言葉に詰まった。
「あたしは・・・・・・、その」
青い目が泳ぐ。動揺している?
俺らがきょとんとしていると、言いづらそうにアルフィンはごもごもと口を割った。
「あたしはあんまし溜め込まないから。ね、疲れたら疲れたって言うし、そのつどジョウに大事にしてもらってるから・・・・・・」
ますます赤くなっている。なぜか俺らと目を合わせないよう、リビングの床を見ながらそう言った。
そこで俺らはぴんときた。
「あー、なんだよ。そういうこと? ご馳走様だなあ」
頭を掻く。
アルフィンが言葉を濁したわけが分かった。アルフィンは疲れがピークになる前に、夜な夜なジョウに甘えて可愛がってもらってるから大丈夫ってわけだ。ジョウの部屋か、自分の部屋で。
そういうことか。
「なんでそういうこと言わせんのよう」
「知るかよ、そっちが勝手に暴露したんだろ」
完全に当てられた。なんだい、兄貴の特効薬も膝枕よりも実はそっちだろと腐っていると。
くっ、とアルフィンの膝から声がした。
見るとジョウの肩が震えている。かすかに。
「あー! 兄貴起きてんの。狸寝入りだな」
俺らが言うと、ジョウはこちらを向いて目をぱちっと開けた。変わらず、アルフィンの太ももに頭を預けたままで。
「起きてた。ていうか、起きた」
お前たちのやりとりがうるさくてと笑う。
「少しは身体、楽になった? ジョウ」
アルフィンがジョウの髪に指を絡ませる。額が出されて、兄貴はより幼く、無防備に見えた。
ジョウは喉仏を晒しながら、「ああ、おかげでぐっすり、泥みたいに深く眠れたよ」と答えた。
「アルフィンの魔法は効果覿面だぜ、リッキー」
言われてアルフィンが嬉しそうに微笑った。
「回復の魔法、成功ね。免許皆伝」
そして屈んで、ジョウのおでこにキスをした。
~HAPPY HALLOWEEN~
END
⇒pixiv安達 薫
この程度のSSでもお楽しみ戴ければと思います。コスプレとかも歓びそうですよね、ジョウはアルフィンの。
甘えられる存在がアルフィンなんだろうな。
リッキーの方が、精神的にタフかも。
タロスは、ベテランだから、ぬかりなく。まぁ、疲れという体力的ストレスは、たんまりあるだろうけど。
新作、ありがとうございます。