日本の名作
でんでんむしのかなしみ/かたつむりのうた
一匹のでんでんむしがありました。
ある日、そのでんでんむしは、たいへんなことに、気がつきました。
「わたしは今まで、うっかりしていたけれど、わたしの背中のからの中には、かなしみがいっぱい、つまっているのではないか」
この悲しみは、どうしたらよいでしょう。でんでんむしは、お友達のでんでんむしのところに、やっていきました。
「わたしはもう、生きていられません」
と、そのでんでんむしは、お友達にいいました。
「なんですか」
と、おともだちのでんでんむしは聞きました。
「わたしはなんという、ふしあわせなものでしょう。わたしの背中のからの中には、かなしみがいっぱい、つまっているのです」
と、はじめのでんでんむしが、話しました。すると、おともだちのでんでんむしはいいました。
「あなたばかりではありません。わたしの背中にも、かなしみはいっぱいです」
それじゃしかたがないと思って、はじめのでんでんむしは、別のおともだちのところへいきました。すると、そのおともだちもいいました。
「あなたばかりじゃありません。わたしの背中にも、かなしみはいっぱいです。」
そこで、はじめのでんでんむしは、また別の、おともだちのところへいきました。
こうして、おともだちを順順にたずねていきましたが、どのおともだちも、同じことをいうのでありました。
とうとうはじめのでんでんむしは気がつきました。
「かなしみは、だれでも持っているのだ。わたしばかりではないのだ。わたしは、わたしのかなしみを、こらえていかなきゃならない」
そして、このでんでんむしはもう、なげくのをやめたのであります。
ある朝、王様は、石の壁に、一匹のかたつむりをみつけました。かたつむりがつのをふっているのを見ていると、王様は子どもの時分、なんだか、かたつむりの歌を、よく歌ったことを,思い出しました。
「でんでんむしむし、つの出せや、だったかなぁ」
と、いろいろ考えたが、ちっともその歌は、思い出せませんでした。
「お前たち、でんでんむしの歌、知らないか」
と、おそばのものに聞いても、「知りません」
といって、首をかしげています。王様は、「でんでん むしむし」
と、口の中でいいながら、庭をぐるりと回ってきました。それでも、思い出せないので、とうとう怒って、かたつむりをつぶしてしまおうとしたとき、ふっと王様の心に、
「でんでんむしむしつのふれよ、夜あけにぬすとがやってくる」
という歌が、うかびました。それといっしょに、その歌を、よく歌ってくださった、やさしいお母さんのことも、思い出しました。そこで、王様は、かたつむりをつぶさないで、青い葉の上に、そっとのせてやりました。
新美南吉作
365のみじかいお話