「大空に舞え、鯉のぼり」2
「違うの。高太郎君は悪くないの。…悪かったのは私の方なんだから」
私はすべてを打ち明けた。どうしてゆかりと友達になったのか。そして、高太郎君が言ったことは間違っていないって…。これ以上、嘘をつきたくなかった。本当の自分を取り戻したかった。これで友達をなくすかもしれないけど…、それでもいいって思った。
でも、ゆかりの反応はまるで違っていた。ゆかりは私の言ったことを笑い飛ばして…、
「なんだ、そんなことで悩んでたの? 気にしない、気にしない。私だって似たようなことしてるから。実はね、自分の部屋が欲しくて、いま根回ししてるとこなんだ」
ゆかりは四人兄弟の三番目。彼女以外はみんな男ばかり。私は一人っ子だから羨ましいんだけど、ゆかりに言わせると生存競争が激しいんだって。自分の欲しいものは主張しないと手に入らない。自分だけの部屋なんて夢のよう、なんだって。
「一番上の兄ちゃんが一人部屋で、もう一つの部屋は三人で使ってて。不公平だと思わない? それでね、その兄ちゃんが大学へ行くために家を出て行く予定だから、その部屋を狙ってるんだ。でも、問題なのがちゅうにい」
「チュウニイ?」
「あっ、二番目の兄貴。こいつも狙っててね。ちょっと強敵なんだ。母ちゃんは味方してくれるけど、親父がね。男同士の絆ってけっこう強いでしょう。それを崩すために作戦を練ってるんだ。ま、見ててよ。親父なんて娘には弱いんだから。中学に入るまでには手に入れるから」
私は感心してしまった。彼女の行動力というか…、すごい。私だったらとても生きていけない。そんな気がした。
「さくらはいいよなぁ。一人で使える部屋があって。ねえ、泊まりに来てもいい?」
「えっ? …うん、いいよ」つい言ってしまった。
「やった! 私んち男ばかりでしょう。話し合わなくてさぁ」
けっこう強引なんだ。この後、たびたび泊まりに来るようになった。最初のうちは私も戸惑っていたけど、だんだんゆかりのことがほんとに好きになってしまった。なんだか私にも姉妹が出来たみたいで…。私の両親も良い友達が出来てよかったねって。友達とこんな付き合い方をしたのは初めてだった。なんかとっても新鮮な感じ。
ここは都会とは違って隣近所の付き合いが親密みたい。縁続きの人とか、親同士が学校で同級生だったとか。ゆかりと高太郎君のところも同級生だったんだって。それで小さいときから一緒にいたんだ。ちょっぴり羨ましいなぁ。
<つぶやき>田舎っていうのは、人付き合いが大切なんです。助け合っていかないと…。
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「大空に舞え、鯉のぼり」1
いつも引っ越してばかりで、私には故郷(ふるさと)と呼べるような場所はないんだ。転校したのだってこれで三回目。そのたびに友達を作り直さないといけない。これが結構大変なんだ。
ママみたいにはなれない。ママはどこへ行ってもすぐに馴染んでしまう。これは才能の一つだわ。いつも感心しちゃう。私は不器用。それに…、みんなが思っているような良い子じゃない。可愛くもないし…。私は自分の顔が嫌いなんだ。この顔のせいでいつも苦労するの。もっとブスになりたい。本当の私は違うんだから。どこへ行ってもそうなんだ。いつも自分を装(よそお)って、みんなが思っているようになろうとしている。自分を誤魔化して…。
今度だってそうなの。誰と友達になれば上手くやっていけるか。まず考えるのはこのことなの。これが今の私の唯一の才能なのかもしれない。ゆかりに近づいたのだって、彼女と友達になれば自分を守れると思ったから。…私はずるい子なのかもしれない。
高太郎君の言ったことが、まだ私の中に突き刺さっている。自分の心の中を見抜かれてしまったような、そんな気がした。だから私も…。いつもならあんなことしないのに…。あれ以来、高太郎君とは気まずいままになってしまった。
高太郎君は他の子とは違っていた。私を特別な目で見ないし、馴れ馴れしく話し掛けてくることもなかった。こんな子は初めてかもしれない。私もゆかりみたいになれたらいいのに。そしたらこんなカーテンなんか開けちゃって、彼に話し掛けることだって出来るのに…。もう一度やり直せたらどんなに良いか。…でも、私のこと嫌いだったら? もしそうだったらどうしよう。
日曜日、ゆかりが突然やって来た。いつも元気だなぁ。悩み事なんかないみたい。
「よっ、さくら。何してるの? せっかくの休みなのに」
「別に…」
「何だよ、カーテン閉め切っちゃって。外、良い天気だぜ」
ゆかりはカーテンを開けて、窓を全開にする。気持ちの良い風が吹き込んでくる。私の心のもやもやを晴らしてくれるように。
「あれ、あいつの部屋だ。こんなに近いんだ。ねっ、あいつと話したりしてる?」
「ううん…」
「いいなぁ、ここだったら夜遅くまで喋ってても怒られないよね」
私はどう答えたらいいか分からなかった。ただ頷くだけ…。
「高太郎って良い奴だよ。ときどきバカやるけど。…あいつのこと嫌いになっちゃった?」
「そんなこと…」
「だったら、これから隣に行かない? 鯉のぼり、見に行こう」
楽しそうにそう言って、私を強引に連れ出そうとする。私は突然のことに動転して…、
「行けないよ。私、嫌われてるもん」
「そんなことないって。いいわ、私が仲直りさせてあげる。もし高太郎がなんか言ったら、私がぶっ飛ばしてやるから」
<つぶやき>こんな頼もしい友達がいたら、頼ってしまうかもしれません。私は…。
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「初めの一歩(いーっぽ)」3
彼女が僕の家の前を通り過ぎたとき、彼女との距離十メートル。僕の頭の中はどう呼び止めようか、それしかなかった。
声をかけようとしたその瞬間、彼女は僕の視界から……消えた? 僕はその場に立ちつくした。彼女の消えた先は…、隣の家!? 僕は急いで家に飛び込んで…、
「ねえ、母さん! 隣に引っ越してきた人ってさぁ…」
「ただいまでしょう。なに慌ててるの?」
「あっ、ただいま。だから、隣の人って…」
「上野さんよ。娘さんがあんたと同じクラスになったんだって?」
「そんな…」
「あれ、知らなかったの?」
「だって、会ったことないし…」
「いつもぎりぎりじゃない家を出るの。隣の子なんか余裕で出かけてるわよ」
「なんで教えてくれなかったんだよ」
「仲良くしてあげなさい。お隣さんなんだから。そうだ。呼びに来てもらおうか?」
「止めてくれよ。そんな…」
「あんな可愛い子が来てくれたら、あんたの遅刻もなくなるかもね」
「絶対だめ! そんなこと…」
「なにむきになってるの?」
僕はそれ以上なにも言えなかった。階段を駆け上がり自分の部屋へ。なんで今まで気づかなかったんだろう。ゆかりは知ってたんだ。あの笑顔はこういうことだったんだ。明日、笑いのネタにされる。みんなの笑いものだ。僕は腹立ち紛れにカーテンを開ける。
えっ…! 彼女だ。彼女がこっちを見ていた?
僕は慌てて隠れる。なんで隠れるんだよ。…あそこが彼女の部屋なんだ。…そっと外を見る。彼女のいた窓には、カーテンが…。
僕はこの偶然を手放しで喜べなかった。あんなことがなかったら…。僕はまたしても落ち込んだ。
…ちょっと待てよ。隣に彼女がいるってことは、ひょっとするとチャンスかも。学校で駄目なら、ここがあるじゃない。ここだったらゆっくり話が出来るし、僕のこと分かってもらえるかも…。そう思ったら、なんだか心が軽くなった。
僕は彼女の窓をいつまでも見つめていた。カーテンが開きますように、彼女が出て来ますように。そう心の中でつぶやきながら…。
<つぶやき>灯台下暗しってやつですか。よくあること(?)ですよね。ははは…。
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「初めの一歩(いーっぽ)」2
彼女の噂は同級生の間ですぐに広がった。都会から美少女現る。好奇心いっぱいで他のクラスからも覗きに来る。それを追い返すのがゆかりの役目になってしまった。手際よくさばいていく。
僕も他のクラスの奴につかまって、あんまりしつこく聞いてくるからつい…、「そんな騒ぐほどじゃないよ。あれは性格悪いかもな。勉強が出来て、可愛いっていうのを自慢しているだけさ。それに、ゆかりの機嫌取って上手く利用して、なに考えてるのか…」
「なんで、なんでそんなこと言うの。私はそんなこと考えてない!」
「……!!」彼女の突然の出現に、僕もつい口にしてしまった。心にもないことを…。
「なんだよ、転校生のくせに…」
彼女は目を潤ませて僕を見つめる。僕は、言ってはいけないことを言ってしまった。
彼女はそのまま走り去る。一部始終を見ていたゆかりが追いかける。僕に最後の一撃を喰らわせて。「あんたって最低!」
すごい後悔。僕は完全に嫌われてしまった。何度か謝ろうとしたんだけど、まったく受け付けてくれなかった。<話し掛けないで。顔も見たくない>彼女の目が、そう訴えているように思えた。
友達になる糸口もつかめないまま、時間だけが過ぎていく。そしてついに来てしまった。それは僕たちをさらに引き裂いた。席替え…。今まで隣同士だったのに、同じ班だったのに…。クジ引きという理不尽な方法で、僕は運にも見放された。彼女は窓側、僕は廊下側。彼女との距離は銀河系よりも遙か遠くに感じた。
それから何日かして、僕は知ってしまった。とんでもないことを…。
学校からの帰り道、彼女とゆかりが僕の前を歩いていた。ふとひらめいた。彼女が一人になったときがチャンスだ。彼女にちゃんと謝って…。
僕は距離をとってついて行く。突然、ゆかりが振り向いた。慌てて帽子で顔を隠す。…見つかってしまったのは確かだ。僕はなおも後を追う。彼女たちは何か笑っているようだ。きっと僕のことだ。ここまで来て諦めるのは…。僕は迷っていた。その時、二人が立ち止まった。とっさに物陰に入る。…彼女がゆかりから離れていく。ゆかりは僕を見つけると、にやりと笑って手を振った。そして自分の家の方へ歩いていく。
僕はまだ迷っていた。あのゆかりの笑顔が気になった。あいつがあんな顔をするときは絶対何かあるからだ。彼女の歩いていった道は僕の家の方だった。もう迷っている時間はなかった。どんどん彼女が離れていく。見失うわけにはいかなかった。
僕は、思い切って走り出した。
<つぶやき>取り返しのつかないことって誰にもありますよ。そういう私にも…。
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「初めの一歩(いーっぽ)」1
初めてあの子を見たのは、校庭の桜が散り始めた頃。桜の花びらが教室の窓から突然舞い込むように、彼女は僕の前に姿を現した。<上野さくら>これが彼女の名前だ。僕がこんなことを言うのは変だけど、彼女は他の女子とは違っていた。まるで別の世界から来たみたいに…かわいかった。大袈裟に聞こえるかもしれないけど、彼女の目には星がきらめいていた。少女漫画によくあるあれだ。僕はバカにしてたけど、本当にきらめいていたんだ。僕の目は、彼女に釘づけになった。先生が何か言ってるけど、僕の耳には入らなかった。まるでスロー再生のビデオを観ているように、ゆっくりと動いている。彼女の笑顔はお日様よりも明るく輝き、彼女の声は天使の歌声のように僕の心に響いた。僕は天使がどんな声なのか知らないけど、そんなことはどうでもいい。
「じゃ、席はそこの空いてるところね」先生がそう言う。彼女がどんどん近づいてくる。僕は彼女をそれ以上見ることが出来なかった。でも、聞こえるはずのない彼女の足音や息づかいが、僕の耳に飛び込んでくる。僕の心臓は高鳴り、口から飛び出しそうになった。彼女は間近で止まり、隣の席に座った。ほのかな香が鼻をくすぐる。今まで嗅いだことのない、これが都会の香なのかなぁ。「よろしくね」彼女はそう言って笑顔を僕に向けた。僕は不意をつかれた。何も答えられず、ただ頷いただけで目をそらす。…横目で彼女を見る。もうそこには、あの天使の笑顔はなかった。
彼女はすぐにみんなにとけ込んだ。でも僕は…。何でこんなにどきどきするんだろう。こんなことは初めてだ。僕は人気者ってわけでもないけど、みんな友達だし女子とも平気でふざけあったりする。でも、彼女の前だと…。何も言えなかった。桜の花のように可憐で繊細で、笑ったときのえくぼがまぶしかった。僕は…、彼女と友達になりたかった。
僕らの学校はそんなに大きい方じゃない。クラスの数も少ないからみんな知っている顔ばかりだ。その中でもゆかりは特別だった。何が特別って、一年の時からずっと同じクラスなんだ。でも、それだけじゃなくて、もっと深い因縁で結ばれていた。それは、物心がつく前から側にいたことだ。兄弟だと思われていたときもある。いつも男の子みたいな格好をして飛び回っていた。ゆかりにはいつもハラハラさせられる。何をするか分からなくて、怒られるときはいつも一緒だ。僕には関係ないことでも「幼なじみでしょう」の一言で付き合わされた。ときどき何でこいつとって思うときがある。明るくて気さくな子なんだけど男勝りなんだ。僕が知っている限り、喧嘩で一度も負けたことがない。僕でも勝てないかもしれない。だぶん男の兄弟の中で育ったから、闘争心に溢(あふ)れているのかもしれない。悪戯が大好きで、思ってることはすぐ口にしてしまう。だからゆかりと友達付き合いするのは難しい。一番長く付き合っている僕だって、ついていけないときがあるからだ。でも、不思議と彼女とはすぐに打ち解けて、いつの間にか友達になっていた。なんでだ? ぜんぜんタイプが違うのに。話が合うんだろうか? ちょっと羨ましかった。二人が楽しそうに笑っているのを見ると、心の何処かでもやもやとしたものが生まれてくる。…それがいけなかったんだ。この後、取り返しのつかないことになってしまった。
<つぶやき>春は出会いの季節です。いい出会いがあると良いですね。
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