警察署(けいさつしょ)に温和(おんわ)な顔だちの老人(ろうじん)が呼(よ)ばれた。署長(しょちょう)は老人を前にして丁寧(ていねい)な口調(くちょう)で言った。
「申し訳(わけ)ありません。私の先輩(せんぱい)から、あなたなら解決(かいけつ)して下さるのではないかと…。実(じつ)は、このところ怪奇事件(かいきじけん)が連続(れんぞく)しておりまして。昨夜(ゆうべ)は、殺人(さつじん)まで起きてしまいました」
老人は殺人と聞いて表情(ひょうじょう)を変えると、「それは…また…。分かりました。ですが、私もこの歳(とし)ですから…。ちょうど孫娘(まごむすめ)が来ておりまして、あれに任(まか)せようと思いますが…」
「お孫(まご)さんですか…。それはもう、ご協力(きょうりょく)いただけるのでしたら…」
老人は廊下(ろうか)に待(ま)たせていた孫娘を呼び入れた。娘(むすめ)は二十歳(はたち)は過(す)ぎているのだろう、何だが不満(ふまん)そうな顔で入ってきて言った。
「おじいちゃん。今日は、美味(おい)しいもの食べさせてくれるって言ったじゃない」
老人は孫娘をたしなめて、「どうも、申し訳ない。伜(せがれ)が甘(あま)やかしたせいで…こんな…。でも、役(やく)には立つと思います。使ってやって下さい」
「でしたら、うちの若(わか)い刑事(けいじ)を付(つ)けますので――」署長はそばに立っていた刑事を紹介(しょうかい)して、「彼はまだ新人(しんじん)ですが、腕力(わんりょく)は誰(だれ)にも負(ま)けません」
娘はますます不機嫌(ふきげん)になり、「こんな人と一緒(いっしょ)なんて…。あたし、ひとりで捜査(そうさ)したい」
老人はきっぱりと言った。「ダメだ。今回は人間(にんげん)がからんでいるようだ。妖怪(ようかい)より手に負(お)えないぞ。もしもの時は、この刑事さんがお前を守(まも)ってくれるはずだ。いいな」
<つぶやき>果(は)たしてどんな事件が起きているのでしょうか? 何だか気になりますよね。
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夜の繁華街(はんかがい)。そこは、人間(にんげん)の愛憎(あいぞう)や欲望(よくぼう)が渦巻(うずま)く世界(せかい)。そして、摩訶不思議(まかふしぎ)な世界への扉(とびら)が開く場所(ばしょ)でもある。
――とある繁華街の街角(まちかど)に、一人の女が立っていた。その女はとても美しく、街ゆく男は思わず立ち止まるほどだった。そして、まるで花に集まる虫のように、女の周(まわ)りに男たちが群(むら)がり始めた。女はその中の一人の男を選(えら)ぶと、近くの雑居(ざっきょ)ビルに消(き)えて行った。
そのビルにはいろんなお店(みせ)が入っていた。女は男を連(つ)れて、ビルの地下(ちか)へ降(お)りて行く。居酒屋(いざかや)などが並(なら)ぶ通路(つうろ)の奥(おく)まで来ると、何の看板(かんばん)も出ていない扉(とびら)の前で立ち止まった。
「ここは、何の店なんだい?」男が訊(き)いた。
女は何も答(こた)えず、ただにっこり微笑(ほほえ)んで扉を開けた。扉の中は薄暗(うすぐら)く、何も見えない。男が入るのを躊躇(ちゅうちょ)していると、女は男の後へ回って背中(せなか)を力任(ちからまか)せに押(お)しやった。男は小さく声を上げると、よろけるように扉の中へ吸(す)い込まれていった。女は、中へ入ることなく扉を閉めた。そして、扉を背にして満足(まんぞく)そうに微笑むと、舌(した)なめずりをした。
同じ街角に、一人の男が立っていた。今度は、女たちが群がっている。男は一人の女を選ぶと、あのビルの地下へ消えて行った。
連れて行かれた男と女はどこへ行ったのか…。その姿(すがた)を見ることは二度となかった。不思議なことに捜索願(そうさくねが)いを出されることもなかったようだ。
<つぶやき>これは異世界(いせかい)へ引き込まれたのか。知らない人について行ってはダメですよ。
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どう見ても彼女などいるはずのない男。それなのに、何だかいつもと雰囲気(ふんいき)が違(ちが)うような…。ちょっとお洒落(しゃれ)になってないか? 友だち数人が集まって、そんな話題(わだい)になった。男のことなどお構(かま)いなしに話は進んでいった。
「なあ、やっぱり変だよ。あいつを好きになる女なんて、いるはずがない」
女友達が口を挟(はさ)んだ。「それは言い過(す)ぎよ。そういう娘(こ)、いるかもしれないでしょ」
「じゃあ、お前はあいつのこと好きになれるのか?」
「そ、それは…、あれよ。あたしの好みじゃないけど…、友だちとしては最高(さいこう)じゃない」
「どこがだよ。あいつ、何にもしゃべらないし。面白(おもしろ)いとこひとつもないじゃないか」
「口数は少ないけど、物静(ものしず)かでいいと思うわよ」
「そうよ。あんたたちよりは優(やさ)しい人よ。下品(げひん)でもないしね」
「もうやめろよ。そんなことより、こうなったら直接(ちょくせつ)確(たし)かめようぜ。女がいるかどうか」
「そんなこと誰(だれ)が訊(き)くんだよ。それに、正直(しょうじき)に答(こた)えるとは思えない」
「ここは、やっぱり男が訊くより、女の方がいいんじゃないのか?」
「あたしは、イヤよ。そんなこと訊けないわ」
「わたしもよ。そんな、プライベートなこと――」
「あいつを見張(みは)るのはどうだろう。行動(こうどう)を監視(かんし)するんだよ。女と会(あ)うかもしれない」
何となくそれで話はまとまったようだ。さて、どうなることやら――。
<つぶやき>みなさん、お暇(ひま)なようで…。そんな詮索(せんさく)してないで、他(ほか)にやることあるでしょ。
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みんなは手分(てわ)けをすることにした。川相初音(かわいはつね)と琴音(ことね)で市内の様子(ようす)を確認(かくにん)。柊(ひいらぎ)あずみは神崎(かんざき)つくねと神崎の研究所(けんきゅうしょ)を探(さぐ)りに行く。そして、千鶴(ちづる)は引き続きしずくの居場所(いばしょ)を見つけること。そして、アキと水木涼(みずきりょう)はここで待機(たいき)する。涼は、すぐに不満(ふまん)をもらした。
「何でよ。私にも、何かさせてよ。ここで待ってるだけなんて…」
あずみが諭(さと)すように言った。「あなたは飛(と)べないでしょ。危険(きけん)なめにあったとき、誰(だれ)もあなたを助(たす)けには行けないのよ。もし、あたしたちに何かあったとき、あなただけが頼(たよ)りなんだから。お願(ねが)いよ、私の指示(しじ)に従(したが)って」
涼はしぶしぶ肯(うなず)いた。四人はすぐに行動(こうどう)に移(うつ)した。千鶴はみんなを見送ると、
「さぁ、私たちも頑張(がんば)りましょう。自分(じぶん)のできることをしなくちゃね」
――あずみとつくねは研究所の前に来ていた。おかしなことに人の出入りがまったく無い。二人は研究所の中に入ってみることにした。入口の扉(とびら)は開いていた。扉を開けた正面(しょうめん)には受付(うけつけ)があるが、誰も座(すわ)っていなかった。それに、建物(たてもの)の中には人の気配(けはい)がないようだ。今朝の騒動(そうどう)で誰も来られないのか…。だとしても、一人もいないなんて――。
二人は分かれて探ってみた。実験室(じっけんしつ)や所長室(しょちょうしつ)、他(ほか)のどの部屋(へや)ももぬけの殻(から)だ。
あずみが言った。「やっぱり、黒岩(くろいわ)とつながってたんだわ。ここを引き払って、他の場所(ばしょ)に移ったとしか考えられない。ここはもういいわ、初音たちと合流(ごうりゅう)しましょ」
<つぶやき>神崎たちはどこへ消(き)えたのでしょう。そして、しずくを見つけられるのか?
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彼女は、その人の家に初めて入った。付き合い始めたばかりなのに、ちょっと早すぎかなって彼女は思ったけど、どうしても彼のことが気になって――。
彼の部屋(へや)はきれいに片(かた)づいていた。彼の几帳面(きちょうめん)さが現(あらわ)れているようで、彼女はホッとしたようだ。彼がお茶(ちゃ)を淹(い)れている間に、彼女は部屋の中を見回していた。――扉(とびら)があった。たぶん寝室(しんしつ)なのだろうか…。彼女は、彼に気づかれないようにそっと扉を開けた。
中はカーテンが引いてあって暗(くら)かった。ベッドが奥(おく)にあって、壁一面(かべいちめん)に何か貼(は)ってあるようだ。彼女は気になって部屋に入ってみた。暗さに目が慣(な)れると、壁に貼ってあるのは写真(しゃしん)だと分かった。しかも、部屋の壁を埋(う)め尽(つ)くしていた。
彼女は写真の一枚に目をやって、愕然(がくぜん)とした。そこには彼女が写(うつ)っていた。周(まわ)りの写真に目をやると、そこにも…。どの写真も被写体(ひしゃたい)は彼女だった。しかも、元彼(もとかれ)と一緒(いっしょ)にいる写真まであった。彼女は思わず呟(つぶや)いた。
「ど、どうして…。これは、盗撮(とうさつ)…よね。何でこんなことを…」
彼女は、背後(はいご)に気配(けはい)を感じた。振(ふ)り向くと、そこに彼が立っていた。彼女は驚(おどろ)いてベッドに腰(こし)を下ろしてしまった。彼は、無表情(むひょうじょう)な顔で彼女を見つめていた。彼女は声を上げることができない。彼は彼女のすぐ前まで来ると、彼女の顔を見つめて言った。
「どうして入ったの? まだ君(きみ)の写真を撮(と)りたかったのに…。残念(ざんねん)だよ」
彼女は彼を押しのけて部屋を飛び出した。しかし、すぐに彼が彼女の腕をつかんだ。
<つぶやき>これは、とっても危(あぶな)ないヤツかもしれません。すぐに逃(に)げないと、大変(たいへん)です。
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