私たちは、グラバー園の坂を下りて、大浦天主堂の前に降り立ちました。
土産物屋の店先で、私は忙しくカメラのデータ整理をしていました。
来る時に、グラバー園の坂を上るエレベーターから別のエレベータに移るところの踊り場の庭に、たくさん可愛い子がいたんです。
茶色の子、白地に茶色と黒のドットがある猫村さんそっくりの子、うちのクロの幼児の時にそっくりな黒い子、黒と白のかたまって座っている三兄弟など、可愛い猫ちゃんたちの写真をちゃんととれているか確認しつつ、それぞれペインティングで印象の一句を書き入れたり、今、しておかないと、旅の思い出はすぐさま消え去ってしまいます。
するとみやげ物を見ていた夫が、「ちょっと一緒にあの人と写してくれるかな」というので、顔を上げたら、見たことあるよな、ないよな外人のおじいさん。写真を写す前から、目は優しく垂れ下がり、口元はニッコリマークの口角上がり。もう何枚も何枚も写真を写しなれている表情です。
背丈は女性として長身の私と並んでそんなに変わらないぐらいです。
夫が「サッカーの有名な監督さんだ」と小さくつぶやいたので、スポーツオンチの私も「あ!」と思いつきました。
「ヴィタール・イェ・プルジィーナ!」(スピードが命)
地震の時、テレビで何回も何回も聞くうち覚えさせられてしまった、私が唯一知っているボスニア語を話すあの人だ!と思いました。
とっさに「ヴィタール・イェ・プルジィーナ!」と言ってから、英語で「うちの母も発見が早くて助かりました」と脳卒中の新薬とその効能について話しかけようとしたら、
「あの人と違うぞ。間違えるな」というので、よく見たらもう少し若い人でした。
ザッケローニという、パスタの一種のような名をもつ方だそうです。
もたもたカメラをいじっている私よりも先に、夫はその監督さんのお付の通訳さんのような方に、自分のカメラでさっさと写真をとってもらい、嬉しそうでした。
私はヴィタール・イェ・プルジィーナ!と言えなくて、ものすごく残念でした。どこの言葉でも覚えたての言葉を現地の人に試してみるのが大好きです。
たとえオウムと言われようと、インコと言われようと、この趣味はやめられません。
次回この方に会う機会があったら、ぜひイタリア語を勉強して、何か一言でもつぶやいてみたいです。
土産物屋の店先で、私は忙しくカメラのデータ整理をしていました。
来る時に、グラバー園の坂を上るエレベーターから別のエレベータに移るところの踊り場の庭に、たくさん可愛い子がいたんです。
茶色の子、白地に茶色と黒のドットがある猫村さんそっくりの子、うちのクロの幼児の時にそっくりな黒い子、黒と白のかたまって座っている三兄弟など、可愛い猫ちゃんたちの写真をちゃんととれているか確認しつつ、それぞれペインティングで印象の一句を書き入れたり、今、しておかないと、旅の思い出はすぐさま消え去ってしまいます。
するとみやげ物を見ていた夫が、「ちょっと一緒にあの人と写してくれるかな」というので、顔を上げたら、見たことあるよな、ないよな外人のおじいさん。写真を写す前から、目は優しく垂れ下がり、口元はニッコリマークの口角上がり。もう何枚も何枚も写真を写しなれている表情です。
背丈は女性として長身の私と並んでそんなに変わらないぐらいです。
夫が「サッカーの有名な監督さんだ」と小さくつぶやいたので、スポーツオンチの私も「あ!」と思いつきました。
「ヴィタール・イェ・プルジィーナ!」(スピードが命)
地震の時、テレビで何回も何回も聞くうち覚えさせられてしまった、私が唯一知っているボスニア語を話すあの人だ!と思いました。
とっさに「ヴィタール・イェ・プルジィーナ!」と言ってから、英語で「うちの母も発見が早くて助かりました」と脳卒中の新薬とその効能について話しかけようとしたら、
「あの人と違うぞ。間違えるな」というので、よく見たらもう少し若い人でした。
ザッケローニという、パスタの一種のような名をもつ方だそうです。
もたもたカメラをいじっている私よりも先に、夫はその監督さんのお付の通訳さんのような方に、自分のカメラでさっさと写真をとってもらい、嬉しそうでした。
私はヴィタール・イェ・プルジィーナ!と言えなくて、ものすごく残念でした。どこの言葉でも覚えたての言葉を現地の人に試してみるのが大好きです。
たとえオウムと言われようと、インコと言われようと、この趣味はやめられません。
次回この方に会う機会があったら、ぜひイタリア語を勉強して、何か一言でもつぶやいてみたいです。