ことば咀嚼日記

日々読んだ活字を自分の頭でムシャクシャ、時にはゴックン、時には、サクサク咀嚼する日記

「この悲しみの意味を知ることができるなら」

2010-10-10 | 日記
図書館で、白とブルーのきれいな装丁の本があったので、手にとってみた。

『この悲しみの意味を知ることができるなら』 

入江杏という人が書いた本で、副題に「世田谷事件・喪失と再生の物語」と書いてあった。
著者の名前をどこかで見たことがあったが、ああ、あのまだ未解決の事件のご遺族だった、と思い出した。
亡くなられた泰子さんのお姉さんだった。以前に泰子さん一家の家族写真が公開されたことがあって、
お風呂に子供さんらが楽しそうに入っている写真があった。
その添え書きに「妹は子供たちとのお風呂の時間をを大切にしていて、いつもきれいに浴槽を洗って、
子供たちをお風呂に入れるのを楽しみにしていました」というようなことが書いてあったのを覚えている。
この添え書きを書いたのも、入江杏さんだったのだ。
亡くなられた泰子さんの人柄がちょっとわかった感じがして、事件のおどろおどろしさばかりが報道されるニュースの
中で、初めてそこに生きていた人の足跡がわかる記述だったから、思い出に残っていたのかもしれない。

この本は、妹さん一家の「あたりまえのことをあたりまえに喜びを持って日々繰り返す。あたりまえの積み重ね」の生活が
お姉さんである著者の目から描かれていた。
あたりまえの繰り返しを著者は「ただごとの力」と読んでいる。
「ただごとの力」とはただ一緒に絵本を読んだり、ただ一緒に歌を歌ったり、ただ一緒に遊ぶこと。
またただ一緒に散歩するしたり、ただ共に食べ、共に眠ること。
そのただごとの力の繰り返しが四人を輝かせていたのだと、著者は書いている。
ただごとの中には勿論喜びだけでなく、長男の礼君に発達障害があるのを知った時の泰子さんの悲しみや、子育ての過程で
ふと、おそわれる将来への不安なども含まれている。
でもその悲しみにも「ただごとの力」を積み重ねていくことで、宮沢さん一家は豊かな学びをしながら生きていたのだと書いてあった。
小さいときからとても仲の良い姉妹で、泰子さんがいつか、「お姉さんといると本当に楽しい。お姉さんといる時間が好き」と言ってくれたことがあったのが、何よりも強く心に残っている言葉だという。

事件のまがまがしさに目を奪われて、そこにどんな人が、どんな思いで、そのような人生を紡いでいたか忘れがちになるけれど、たとえ、どのような最期をおくることになろうとも、そこにこのような家族がいて、悩みながらも毎日を丁寧にくらしていた
こと。そうなんだ、そう、生きることはそういうことなんだ、と頭をガツーンと殴られたような衝撃があった。

「ただごと」を日々積み重ねることのできる幸せから、生きる力をもらっている。これは真実だ。
日々、嬉しいことばかりではないけれど、お互いに時間をかけて待たなければならない時や、今日は疲れて寝ようという時や、何もしたくない時や、いろいろあるけど、家族はすべてを許しあえる存在だと気がついた。

宮沢さん一家のニュースをみるたび、「あの事件の被害者のご一家」という見方とは別の、よい
ご家族だったんだなあ、悩みながらもよい人生を歩まれていたのだなあと、これから思うだろう。