〘 …朝比奈隆とも深く交友を重ね、亡くなった後も関西のクラシック音楽シーンを見続け、現在も「クラシックを聴くんやったらコレやで!」とFM番組で様々な提案をし続けている、音楽プロデューサー吉川智明。
目前に迫った朝比奈隆 没後20周年イベント「マエストロ朝比奈隆 永遠なれ!〜没後20年メモリアル〜」の見所、聴き所や、朝比奈隆との個人的な思い出など、あんなコトやこんなコトを吉川智明に聞いた。…
…72年の「一千人の交響曲」の後は、朝比奈先生の追っかけに変わっていました。そうこうしていると、1975年の大阪フィル初めてのヨーロッパツアーに向けた市民運動のような動きが起こり始めます。あの頃は、大阪フィルこそ自分たちの街のオーケストラ!という意識が、今よりも市民感情として強かった時代です。「大阪フィルの初のヨーロッパツアーを成功させよう!」と、落語家の桂米朝さんが音頭を取る形で、凄い勢いで、寄付が集まって行きました。…
…―― そのヨーロッパ公演を特集した番組を、FM大阪が放送したんですね。
はい。75年の10月がヨーロッパ公演で、その後、ライブテープを入手しました。その中には、ブルックナーの演奏は無くて、シューマンの交響曲第4番 や ウェーバー の クラリネット協奏曲 のライブ演奏をメインに、朝比奈先生と名物新聞記者との対談なんかも収録して流しました。「ニューイヤーコンサート1976 大阪フィルヨーロッパ公演を聴く」という番組で、翌年のお正月にオンエアされました。この番組を作ったことが、全ての始まりです。他では作れない朝比奈先生の番組を作ってやろうという気持ちに火が付きました。… 〙
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