『ギルバート・グレイプ』PART1
0.はじめに
~《あなたに観せたい美しいキャメラシーン》~
☆警察署に勾留された重度の知的障害をもつ息子を過食症で巨大な体になってしまった母ボニー。集まってきた町の見物人から彼女を守るように家族全員が支えながら歩くシーン☆
1:06:54~1:08:14
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~《誰かに伝えたい名セリフ》~
☆ベッキー:「じゃあ、お父さんのせい?」ギルバート:「いいや」☆
1:27:25~1:31:15
背景:グレイプ一家の不幸に対して、ギルバートは自ら犠牲になりにいったのに気づき、自分に正面から向き合って、父親、母親そして自分の弱さを認めることが出来た時に言ったセリフ
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1.作品の際立った特徴
この作品の原題は『What's Eating Gilbert Grape』です。
”ギルバート・グレイブをイライラさせている物事”という意味になるそうです。
この作品や監督のラッセ・ハルストレムの他の作品でも、主人公はとてもつらい環境で過ごしています。
ですが、暗いトーンだけでは決して描画していません。
微笑ましくコミカルなシーンを入れて描出しています。
主人公や登場人物に思いやりの気持ちを持って共感しているからだと思います。
ある場面ではとても悲壮な場面を洒落た小話にしているところもあります。
観ている者を悲しみの深淵につき落とすことなく、涙と笑いで包み込んでくれます。
関西のローカル番組の『探偵ナイトスクープ』のような感じです。
この作品の特筆すべきは、映画ならではの視覚芸術です。
レオナルド・ディカプリオ扮する、主人公の弟アーニーは重い知的障害を持っています。
障害の重さや特徴は演じる役者の表情、行動、言葉を通してすばらしい演技でないと皆さんに伝わらないと思います。
そのほかにも視覚でないと伝わらないシーンはたくさんありますが、その都度お伝えさせていただこうと思います。
2.希望に満ちた冒頭シーン
この作品はある一家の物語です。
映画の冒頭、アイオワ州の田舎町エンドーラ、長い長い一本道で二人の兄弟が何かを待っています。
年の割に子供っぽくはしゃぐ弟とどこか無気力な兄。
待っているのはこの田舎町を通り過ぎるエアストリームと呼ばれるキャンピングトレーラーの隊列でした。
坂道の向こうから無数の光が差し、銀色のボディにキラキラと光を浴びながらそのトレーラーはやってきました。
明るく希望に満ちた冒頭シーンですね。
3.鬱屈した一家
重い知的障害を持つ18歳間近のアーニーは医者から10歳までは命が持たないと言われていました。
バッタを捕まえて、郵便受けの扉で挟み、死んでしまったと言って泣きだします。
姉のエミーは小学校で調理師として働いていましたが、火事で焼けてしまって、家にいます。
歯の矯正器具を外したばかりのまだ大人になりきれていない反抗期の妹エレン。
長男のラリーは大学を卒業後、家族を捨てて家を出ました。
町一番の美人だった母親のボニーは夫の自殺後に過食症を患い、巨体で動けなくなり、人の目から逃れるため何年も外出していません。
主人公で次男のギルバートのナレーションで淡々とコミカルに家族紹介をしています。
母ボニー:「わたしの太陽はどこ?」
母親はアーニーを溺愛してそう呼んでいます。
姉のエミーと次男のギルバートはアーニーのかくれんぼに優しくつきあいます。
ギルバート:「エミー、アーニーは?」
姉エミー:「あんたと一緒では?」
ギルバート:「いいや、どこかな?」
アーニーは木の上に隠れて夢中ではしゃぎます。
姉エミー:「どこかしら?」
ギルバート:「エレン、アーニーは?」
妹エレン:「木の上よ」
エレンはいじわるに本当のことを教えました。
ギルバートはエレンを睨みつけます。
姉エミー:「ちゃんと探したんでしょ?」
ギルバート:「探したよ」
アーニーはギルバートの正面に降りてきてびっくりさせます。
ギルバート:「よせ、驚かすな」
アーニー:「木に登ってたんだよ。分からなかった?」
そういって、アーニーをおんぶして車まで行きます。
アーニーの飛びつく勢い、しがみつく仕草。どれだけ兄ギルバートが大好きなのが分かります。
仲睦まじい兄弟のシーンです。
4.ギルバートってどんな青年?
ギルバートは町の小さな雑貨屋で働き、一家の生計を立てています。
眼の前に大きなスーパーがオープンして、ギルバートが働く雑貨屋はあまり繁盛していません。
店のオーナーも諦めて弱気になっています。
店のオーナー:「スーパーでセールでも?」
ギルバートは慈愛に満ちた表情で言います。
ギルバート:「あんな店近づく気もありません」
店のオーナー:
「ロブスターだな?」
「水槽で生きてるロブスター、そうだろ?」
ギルバート:
「心配ありませんよ。ひとときだけの事です」
「客は戻ってきます」
店のオーナー:「本当に?」
ギルバート:「絶対ですよ。絶対に」
店のオーナー:「その言い方、おやじさんにそっくりだ」
このようなやりとりの中でギルバートはとても優しい青年だとわかるんですね。
この作品は不幸な家族の描写と同時に滑稽な場面がたくさんあります。
ギルバートの浮気相手である中年女性のベティは度々ギルバートを配達に呼び寄せて、逢瀬を重ねます。
ギルバートはあまり気乗りではないんですね。
そこにベティの夫が帰ってきます。
なぜか彼女のシーンの時はアイスクリームがたくさん出てきます。
セックスしている時もアイスをくわえます。
フロイトの『口唇期欲求』を暗示しているのでしょうか。
面白い表現ですね。
ベティの夫が陽気に帰ってきます。
ベティたちがセックスしていると同時に夫は庭で子供といっしょにトランポリンでぴょんぴょん跳ねているんですね。
すごいジョークが効いていますね。
ギルバートは口にアイスクリームが付いているのに気づかずに、にこやかに大分年上のベティの夫に挨拶をします。
ベティの夫は財布からチップをギルバートに渡します。
浮気の事に気づいているのかどうか分からない、この優しさが怖いんですね。
ベティの夫:「オフィスへ来い。話したい事がある」
ベティの夫は保険屋をしているんですが、浮気に気づいているのかどうかを曖昧にしたまま、オフィスに来いとギルバートに告げます。
そんなやり取りの最中、目を離した隙にアーニーがいなくなりました。
50mはある高い給水塔に登っていました。
そこには大勢の見物人と警察が集まっていました。
ギルバート:「アーニー、降りてこい!」
アーニー:
「登っておいで。前よりも高いところまで行くぞ」
「もっと高く!」
ギルバート:「アーニー!」
アーニー:
「見て!落ちないよ!」
「靴が落ちた!」
「ギルバート、靴が落ちた」
そこでギルバートはアーニーをあやすように好きな歌を歌います。
ギルバート:
「♫ アーニーを知ってるかい?」
「♫ もうじき、18歳の誕生日」
「♫ アーニーを知ってるかい?」
「アーニー、降りてこい!」
「♫ ボンベが爆発 ドカン、ドカン!」
アーニーは思わず釣られて歌いだします。
アーニー:「♫ ボンベが爆発 ドカン、ドカン!」
ギルバート:「♫ ボンベが爆発 ドカン、ドカン!」
アーニー:「♫ ボンベが爆発 ドカン、ドカン!」
アーニーは興奮が収まり、やっと塔から降りてきました。
ギルバート:
「いいぞ!」
「いい子だ、早く降りてこい」
その場に居た人みんな、温かい拍手をしました。
何てのどかな雰囲気の田舎町でしょうか。
微笑ましいシーンです。
キャンピングカーで旅をしている、若い年頃の娘ベッキーもその様子を見ていました。
ベッキーはギルバートの優しくてどこか無気力な大人しい所に惹かれます。
ギルバート:
「本当にすみません」
「連れて帰ります。もう二度とさせません」
警官:「いつもそう言って何度登ったと思う」
ギルバート:「今度こそ最後です。そうだろ?」
アーニー:「最後だよ」
ギルバート:「さあ帰ろう」
アーニー:「また登りたい!」
5.巨大な母
家に戻り家族で食事の支度をします。
大きな食卓を母ボニーの座っているソファーまで運びます。
友人のタッカーが冷蔵庫を直しにやってきました。
そこに小さな男の子が母ボニーの巨大な姿を見に来ました。
ギルバートは男の子を抱え上げ、窓越しに母ボニーを見せてやります。
男の子:「見ちゃった!見ちゃった!」
タッカー:「何をする」
ギルバート:「悪いか?」
タッカー:
「いけないよ」
「お袋だろ?」
「お袋だ。あんな事よくないよ」
ギルバートはどこか気持ちが歪んでいるんですね。
こうしたエピソードでギルバートの心の軋みを表現しています。
何気ないシーンやセリフでギルバートの母への抑圧されている憎しみが現れています。
就寝の時間、アーニーは ”おやすみ” を間違えて ”さよなら” と言いました。
ギルバート:「 ”さよなら” はどこかへ行く時だ。今は違う」
アーニー:
「そんな事、分かってるよ。ギルバート」
「僕と兄ちゃんはどこへも行かない」
「さよなら」
何気ないセリフの中に、ギルバートがこの家族を捨ててどこかへ行ってしまうかもしれないという気持ちを演出として匂わせているんですね。
友人とのセリフで、
タッカー:「お袋さんは?」
ギルバート:「太ってる」
タッカー:
「そんな言い方はよせよ、ギルバート」
「収穫祭でもう少し太っている男を見た」
ギルバート:「もう少し?」
タッカー:「上には上がいる」
ギルバート:「お袋はクジラさ」
タッカー:「散歩をさせろ」
ギルバート:「ジョギングも?」
こういった話を親身になって聞いてくれる友人はとても貴重な存在です。
ギルバートは悪口であっても本音で話せるんですね。
息抜きになっています。大切な友人です。
6.自由奔放なベッキーとの出会い
カフェレストランで雑談中にベッキーが通り過ぎます。
彼女は細い体でキリッとした目つきです。
そんな彼女にマッチした細いフレームで美しいデザインの自転車を、彼女は押して歩いていました。
一瞬、ギルバートとベッキーの目が合います。
アーニーは瓶の中でバッタを飼っていて、雑貨屋のオーナーは品物のレタスをちぎり、えさとして与えてくれました。
アーニー:「バッタだよ」
雑貨屋のオーナー:「レタスをやろう」
アーニー:「僕の友達だ」
雑貨屋のオーナー:「見ろ、食ってる」
ギルバート:「お礼は?」
アーニー:「ありがとう、ありがとう、ありがとう」
アーニーには町の人がとても優しく接してくれます。
店にベッキーが買い物に来て、トレーラーまで配達することになりました。
アーニー:「君の?僕が乗せるよ」
アーニーは楽しそうに自転車を車の荷台に乗せます。
三人は並んで車に乗っています。
アーニー:「いつでも配達を。いつでも」
アーニーはベッキーに顔を近寄せて言いました。
ギルバート:
「アーニー、よせ」
「すみません、場所は?」
ベッキー:「このまま、真っ直ぐ」
アーニー:
「ママが18歳の誕生パーティーをしてくれる」
「そうだろ?」「パーティーはいつ?」
ギルバート:「あと6日だ」
アーニー:
「あと6日で僕は18歳だよ」
「君は招待されてない」
ギルバート:「アーニー、失礼だよ」
ベッキー:
「いいのよ」
「彼は正直なのよ」
アーニーはギルバートをからかって笑いました。
キャンピングカーが停泊している所に着きました。
アーニー:
「僕が運ぶよ」
「大丈夫、僕が運ぶよ」
アーニーは買い物袋を落としてしまいました。
アーニーはとても落ち込み、自分の頭を何度も叩きました。
ディカプリオのオーバーアクションのない自然な素晴らしい演技です。
ベッキー:「いいのよ」
ギルバート:「すみません」
ベッキーはパニックになっているアーニーを優しいまなざしで見つめました。
ベッキー:「いいのよ」
ギルバート:「でも...」
ベッキー:
「やめて」
「悪いと思う?」
「私も悪いと思わないわ。謝らないで」
アーニー:「僕は悪くない」
ベッキーの優しさが分かるシーンです。
7.家族の軋み
家では家族でアーニーの誕生パーティーの話し合いをしていました。
母ボニー:
「ウィンナ・ソーセージがいいわ」
「グレープ・ジェリーでソースを」
アーニー:「ママ、ホットドッグも」
姉エミー:
「ハワイ風のオードブルは?」
「缶詰のパイナップルをベーコンで巻いて楊枝を刺すの」
母ボニー:「ベーコンは?」
姉エミー:「オーブンで」
母ボニー:
「ベーコンはカリッと焼かなきゃ」
「ベタッとしたのはダメ」
「あれはまずいわ」
アーニー:「ホットドック!」
母ボニー:「もちろん、ホットドッグもよ。約束するわ」
妹エレンは口に食べ物を入れて喋ります。
妹エレン:「私の知ってるパーティーでは...」
ギルバート:
「エレン、エレン」
「食べながら話すな。吐き気がする」
妹エレン:「何ですって」
ギルバート:「吐き気がする」
妹エレン:
「わかったわ、パパ」
「謝るわ、パパ」
アーニーは面白がってリピートします。
アーニー:「いいわ、パパ。謝るわ、パパ」
ギルバートはいらいらして、家族が傷つくことを言ってしまいます。
ギルバート:「パパは死んだ」
姉エミー:「ギルバート、やめて」
アーニーはまた復唱してしまいます。
アーニー:「パパは死んだ!」
姉エミー:「アーニー、やめなさい」
アーニー:「パパは死んだ!パパは死んだ!パパは死んだ!」
母ボニー「やめて!やめて!やめて!やめて!やめて!」
母ボニーはヒステリックになり、床を何度も踏み始めました。
こぼれたミルクを拭こうとギルバートは食卓の下にしゃがむと、母ボニーの地団駄で床が軋んでいるのを見つけました。
ギルバート:「エミー、見ろ」
悲惨さの中にどこか可笑しさを含ませているんですね。
ギルバートは友人タッカーを呼び、床を見てもらいました。
母ボニーに気づかれないように床を調査します。
母ボニーはテレビを見ながら、うたたねをします。
ギルバートはテレビを消そうとリモコンをオフにしますが、ボニーが起きてしまいました。
母ボニー:「何してるの?かして」
姉エミー:「ママ、ベッドで寝たら?」
母ボニー:「どうして?」
姉エミー:「気分が変わるわよ」
母ボニー:「私はここでいいの」
姉エミー:「本当に?」
母ボニー:「いい子たち..」
ギルバートはボニーのタバコに火をつけ、エミーは毛布をかけてあげます。
子供たちがどれだけ母に気をつかいながら生活をしているのか、また家族の重荷になっているかをユーモラスに表したシーンです。
8.封印された地下室
翌日、タッカーが床を直しに来ました。
タッカーは地下室でいっしょに手伝ってくれといいます。
ギルバートは嫌がって、アーニーに行かせようとします。
タッカー:「手を貸してくれ」
ギルバート:
「アーニー、手伝いを」
「地下室だよ」
「アーニー、地下室だよ」
アーニー:
「あそこは僕、イヤだ」
「イヤだ、絶対に行かないよ」
タッカー:「どうした?」
アーニー:
「パパがいる!」
「パパがいるからイヤだ」
アーニーはゾンビのマネをして怖がります。
首吊りの仕草をしました。
ギルバート:「アーニー、黙れ!」
作業が終わって、
タッカー:
「あの角材を6本使えばなんとかなるだろう」
「支えられるよ」
「つい忘れた」
「あそこでお前のおやじが...」
ギルバート:「まあな」
タッカー:「悪かった」
ギルバート:「いいんだよ、気にするな」
もしかしたらギルバートは父が死んでいる姿を直接見てしまったのかもしれません。
家族の家は何十年も前に父親が自ら建てました。
なのでとても古く壊れやすいものでした。
グレイプ一家の生活のシーンでは死んだ父親の暗い影がずっしりと居座っています。
この作品がとても上手いなと思うのは、そのギルバートの抑圧された気持ちの象徴が古くなった父親が建てた家であり、床を支える木材なんですね。
それが今、限界をむかえて軋み始めているんですね。
なにかが崩れ去ろうとしています。
9.ギルバートの憂鬱
ある日またアーニーが給水塔に登ろうとしていました。
今度は妹のエレンが乱暴に止めます。
アーニーはケガをしてしまいました。
ギルバートはアーニーの傷の手当をします。
ギルバート:
「忘れるなよ」
「誰かが殴ったり指一本お前に触れたら、お前はどうする?」
「俺に言うんだ。俺がやっつける」
「なぜか分かるか?」
アーニー:「ギルバートは兄ちゃんだから」
ギルバート:「その通り、誰にもお前はいじめさせない」
そんな弟思いのギルバートなのですが、息抜きもできずストレスが溜まっていました。
車に乗り込み一人ドライブに出かけます。
ベッキーとそのおばあさんの所に気晴らしに立ち寄ります。
ギルバートはベッキーが長年ひとつの場所に住んでいたおばあさんを連れ出し、自由気ままな放浪生活に連れ出したことを知りました。
ベッキー:
「私は外見の美しさなんかどうでもいいの」
「長続きしないもの」
「いずれ顔にしわができて顔には白髪が、オッパイも垂れる、そうでしょ?」
「何をするかが大事なのよ」
ギルバート:「そうだな」
ベッキー:「あなたは何をしたい?」
ギルバート:「ここでは何もする事がなくて...」
ベッキー:「ここでも何か一つぐらいあるはずよ」
ギルバートは自分のしたいことを我慢しすぎて無意識に中に抑圧しているんですね。
中々やりたいことを思いつくことができなくなっています。
どこか燃え尽き症候群のような無表情さがありました。
二人はアイスクリーム屋に行ってデートしました。
ベッキー:「取り替えっこしない?」
そこを子供連れのベティが目撃します。
またベティとアイスクリームの共演ですね。
ベティは動揺していました。
夕焼け空を見ながらギルバートとベッキーはゆったりとした時間を語らいます。
ベッキーの大らかで自由な性格でないとギルバートはこういう時間を過ごすことはなかったと思います。
ベッキー:
「色が変わっていく」
「夕焼けってステキね」
「見ているうちにゆっくり変わっていく」
「空って大好き」
「広くて果てしない」
ギルバート:「そうだな、とても大きい」
ギルバートにはゆっくり空を見るゆとりも発想も自由も今までなかったんですね。
ベッキー:
「”大きい”なんて言葉、空には小さすぎるわ」
「空を表すのにはもっと大きな言葉を」
そんなやすらぎのひとときでもギルバートは家の用事を思い出して、ベッキーを残し家に戻ります。
家に戻ったギルバートにアーニーは嬉しげに飛びつき、おんぶしてもらいます。
ギルバートはアーニーをお風呂に入れ、体を洗ってやります。
ギルバート:
「今日は遊んでる暇がない」
「首を伸ばして」
「それでいい、お前はもう大きい」
「もう大人だ」
「自分で体ぐらい洗えるはずだよ」
「どうだい?大人だろ?」
「洗って。タオルはあそこにある」
「ローブはあそこにある」
アーニー:「僕は自分で洗える」
ギルバート:「偉いぞ、俺は用事がある」
ギルバートはアーニーを浴槽に残して、ベッキーの所へ戻りました。
10.自己主張と自己蔑視
ベッキー:
「見逃したわ」
「日没よ」
「素敵だったわ」
「あなたの家を見せて」
ギルバート:「やめとけよ」
ギルバートは家族を恥じているんですね。
ベッキーはギルバートに心を開いてもらうために身の上を話しました。
ベッキー:
「見るだけよ、いいでしょ?」
「両親は離婚したの」
「2人の間を往復して、引っ越しばかり」
「でも私の人生だからいいの」
ベッキーは自分と親とをしっかり切り離して考えて生きていました。
親からの自由と自我がしっかりしているんですね。
ギルバート:
「僕らもよそへ移りたいけど、お袋が家を離れたがらない」
「離れたがらないのではなく、家にくっついてる」
ベッキー:「どういう事?」
ギルバート:
「あれだよ、僕の家だ」
「驚いたな。遠くで見るとあんなに小さい」
「中の人間は大きいのに」
「テレビで浜に打ち上げられたクジラを?」
「それがお袋だ」
「お父さんは?」
「それはまたいつか話すよ」
「とても楽しかったよ」
ベッキー:
「そうね」
「おやすみ」
人と人とが距離を縮めたり親密になるとはこういう事ですね。
お互いのことを知るとはお互いの弱いところを知ってもらう事です。
虚勢を張って自分をよく見せることでは決してありません。
本心を打ち明けることを通じて、話を聞いてもらうことで癒やされ、聞いた側は慈しみを与えるのだと思います。
表面的で本心を言わない、自己主張しない、傷つくのを避けている関係は親しい関係ではないんですね。
母を悪く言ったギルバートをベッキーは何も咎めませんでした。
ギルバートには深い心の傷があることを知ったからだと思います。
只々、ギルバートを癒やすように彼の思いを聞いてあげていました。
11.仲たがい
ギルバートは帰宅して床につき、朝目覚めます。
顔を洗おうと洗面所に行くと、なんとアーニーは昨日の夕方からずっと風呂に入ったまま、浴槽の中で震えていました。
ギルバートはごめんよごめんよと必死で謝ります。
こういうシーンは本当に映像が一番良く感動が伝わります。
寒さに震えているアーニー、必死で体を温めるためアーニーを抱きしめるギルバート。
母ボニー:
「最近のお前は変よ」
「しっかりして、ギルバート」
ギルバート:
「謝るよ」
母ボニー:「謝るだけじゃ足りないわ、頼りない子ね」
ボニーはギルバートに依存しきっています。
ギルバートの心には全く無関心です。
ある日、ギルバートはベティの所に配達に行きます。
ちょうどアイスクリームを作っていました。
ベティはギルバートがベッキーとデートしていた事の腹いせにベティの夫に電話をかけさせます。
そしてわざといやらしい事をしました。
ギルバートは腹をたてて出ていこうとします。
ギルバート:
「殺されるよ」
「殺される」
ベティ:「ちょっとふざけただけよ」
ギルバート:「ひどいな、じゃあこれで」
ベティ:
「待って」
「あの娘の所?」
ギルバート:「ご主人に呼ばれたんだよ」
ベティ:
「行かせないわよ」
「出ていったら許さないわよ」
オーブンのアラームが鳴り、ギルバートはその隙を突いて出ていきました。
PART2へつづく
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