『ダンス・ウィズ・ウルブズ』
〜さまよう生き方から抜け出そう!迷うものは弱い!腹にくくった一本の槍になれ!〜
00.はじめに
~《誰かに伝えたい名セリフ》~
☆”風になびく髪”:「だが君が来るから、彼は去っていったのだ。今はそう思っている」☆1:38:40~1:41:20
~背景:友人になったスー族の”風になびく髪”が、主人公ジョンが密かに想う女性”拳をあげて立つ女”の夫(親友)の戦死を回顧する場面。この死生観はとても素晴らしい視点だと思います。誰も失っていない、いや一人去ってまたやって来るという自分への慰めです。そこには親友の立派な死と大切なものをもたらすために去っていったというリスペクトがあります。誰も傷つかない方法で死を受け入れることが素晴らしいと思いました。~
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~《あなたに観せたい美しいキャメラシーン》~
☆スー族とジョンの別れのシーン。これもまた”風になびく髪”の行動です。崖の上から猛々しい男が槍を振りかざし、親友に別れの言葉を山々に響かせます。勇敢な狼の遠吠えのように悲しくも、ジョンヘの感謝を彼らしいやり方で表現しました。☆1:03~1:07:40
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ご無沙汰しております。
映画を通して、生きるとは何かを問い続けている、もりともきです。
前回の作品『アメリ』で生きる意欲が湧き出してきたあなたに。
あなたの心にビビッと来るものは何だろう。
それが本当のやりたいことでしょう。
あなたが感じる心地よい「居場所」
ワクワクドキドキする未知なものに惹かれるあなた
人生の着地点を求める時期にいる方が最期に行う「役割」や「使命」
人生の苦しみを乗り越えてでもやり遂げたい、遺したい物
あなたには現在頭にはっきりと浮かびますか?
少々言っていることが重たいですが、今楽しければ充実していれば、それがあなたの目的なのだと思います。
ですがあなたは今、義務に追われ、社会規範に従い、人の目を気にしながら、自分の操縦席には誰もいない状態で、辛い辛い思いをしながら生きているかもしれません。
人生の苦しみ(生老病死)の影はどんな人にも付いてきます。
苦しみに耐え、寂しさのあまり振り向いてくれない他者にすがり、怒り、悲しみ、落胆しながら生きていくことは、それそのものが地獄な世界といってもいいかもしれません。
だから人は生きる理由を探し続けなければ、心と身体のエネルギーが同調せず、何気に流されて、現実にさまよってしまう。
そう考えると、「苦しみ」と「生きる意味」は切っても切り離せないものだと感じるのは私だけではないと思います。
むしろ神様は、人の「苦しみ」の重しの種類や重量を調整することで、「生きる意味」を考えさせているのではないかとも疑ってしまいます。
神様は「私の手伝いをしてくれませんか」と直接言う代わりに、私たち自身の本心から行えるようにいざなっているのないかと。
今回の作品は、生きる意味を持たずにこれまで生きてきた主人公ジョン・ダンバーが、西部開拓の未開の地に足を付け、彼だけの運命の人と出会い、彼だけの運命の場所を見つけ、癒やされ、守られ、戦い、育んでいく物語です。
監督のケビン・コスナーは『アンタッチャブル』『フィールド・オブ・ドリームス』その他のヒット作品で2枚目俳優のトップの座にありました。
そんな彼が2200万ドルもの巨額な制作費を私財から注ぎ込んだ、初監督作品です。
映画に対する情熱、作品に対する思いが本作品に込められています。
西部劇、雄大な音楽、そして社会的マイノリティへのリスペクト。
その世界を私たちに「体験」させてくれる試みは、映画でなくては不可能な奇跡だと思います。
登場するインディアンの部族、スー族の衣装に注目して欲しいと思います。
北軍の軍服よりもかっこいいんです。
勇ましいんです。
誇りをもって生きているスー族と惰性で過ごしている北軍とのはっきりした対比。
あなたは間違いなく物語の途中で、スー族の家族の一員になるでしょう。
さあ、見ていきましょう。
~《主な登場人物》~
ジョン・ダンバー中尉(”狼と踊る男”)・・・
北軍兵士。戦う意味を見失っている兵士の一人。そして生きるという意味も。
”蹴る鳥”・・・
インディアン。スー族の聖職につく男
”拳を握って立つ女”・・・
スー族の女性。幼い頃にスー族に育てられた白人
”風になびく髪”・・・
スー族の戦士。血気盛んで行動派
”10頭の熊”・・・
スー族の老長
”笑っている顔”・・・
スー族の幼い青年
”蹴る鳥”の妻・・・
外では威厳に満ちた態度で振る舞う”蹴る鳥”の寄りどころ。彼女に頭があがらない
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01.脚を失いかけた男
舞台はアメリカ開拓時代。
南北戦争は南北軍同士の戦いであり、また原住民のインディアンから多くのものを奪う行為でもありました。
冒頭からテーマ曲が雄大に、物悲しく響き渡り、本作品が、歴史映画、西部劇であるとはっきりと分かる音楽が流れます。
中尉である主人公ジョン・ダンバーは脚を負傷し、感染予防のために切断しなければならない窮地にいました。
医療班の男1:「こいつが最後か?」
医療班の男2:「知るもんか。麻酔薬がもうないぞ」
医療班の男1:「ちくしょう!」
全身血だらけの男たちは負傷兵のブーツを剥ぎ取り、足で隅に蹴散らします。
一人の兵士の命が軽く雑に扱われる、混乱した世界です。
医療班の男1:「ひどいな」
医療班の男2:「壊疽は免れてるようだ」
医療班の男1:「こいつも切断しなきゃ」
医療班の男2:「こう疲れてては手も言うことを利かん。すまんな、コーヒーを飲ませてくれ」
男たちはしばし休憩に入ります。
負傷しているその男は息が絶え絶え。
懸命に起き上がり、辺りを見回すと、手術道具が並べられていました。
テントの外では脚を切られた兵士が杖をつき、不器用に歩いているのを見つけます。
男は自分の未来を見て、脚の切断を選ぶよりも死を覚悟したようでした。
枝木を口にくわえ、絶叫するような痛みに挑みながら、負傷した足に一気にブーツを履かせました。
壊疽(えそ)
血行障害や重度の感染、神経障害等により皮膚および皮下組織、筋肉などの組織が壊死に陥り黒色や黄色に変化した状態を壊疽と呼びます。これらの"きず"は、原因の特定と適切な治療がなされない場合には、化膿性関節炎や骨髄炎などにより下肢の大切断が余儀なくされたり、敗血症などによる多臓器不全にて生命に関わる病状に陥る可能性があります。従って、たとえ小さな"きず"であっても治りが悪い場合には適切な診断、治療を受ける必要があります
主人公が所属する部隊は南軍との膠着状態にありました。
両軍とも疲れ切っていて、兵士たちは横たわり、時々威嚇のために銃を撃つ程度。
脚の切断より死を決めた主人公ジョン・ダンバーは膠着状態の最前線にふらふらとやってきました。
兵士:「何で突っ立ってる?」
こちらを的に弾が飛んできます。
兵士:「撃たれるぞ!早く身を伏せろ!」
兵士はジョンの負傷した脚を発見します。
兵士:「手当てはしたのか?」
ジョン:「やめたよ。戦況は?」
兵士:
「戦況か?いい質問だ」
「少佐に尋ねてもいいが、彼は他の事で忙しい」
「士官用のアイスクリームが全部消えてね。ハッハッハ」
「大将も来ている。ドンパチを見に来たのに何も起こらない」
「少佐はきっとこう考えてる」
「”何かおっ始めよう”」
「おれは御免だぜ。真っ先に飛び出すのはね」
「南軍のタッカーの兵はつわもの揃いだ」
「こっち同様、疲れて気が立ってる」
「今まで撃ち殺されたのは牛が3頭だ」
「これからは人間だ」
「部下どもはこう言ってるぜ。”いっそポーカーで片をつけよう”とね」
「悪くない。敵味方が野っ原の真ん中でカード遊び」
当時の兵士たちに情熱も意欲も思想もなく、ただただ戦い続けているのがよく分かります。
02.自暴自棄
ジョンは胸に”US”と刻印された馬を見つけ、歩いていきました。
大将が望遠鏡でその戦況を見つめていると、ジョンが一人、敵軍の前に馬を走らせているのを発見します。
大将:「自殺行為だ」
南軍の兵たちは向かってくるジョンを目掛けて、銃を撃ちまくります。
南軍の兵士:「来い!撃ち殺してやる!もう1度やってみろ!」
ジョン:「いいとも。神よ、お許しを!」
ジョンはそう言って、死のうとしました。
ジョンは馬の手綱を離し、天に両腕を上げて、敵の弾を受ける体勢を取りました。
その瞬間、味方の軍が一斉に進軍を始め、ジョンは大勝利のきっかけを作り功績をあげます。
そして大将自ら、ジョンを介抱します。
ジョン:「脚は切らないでくれ」
大将:「心配するな。切らせんよ。私が約束する」
大将はジョンに敬意を表し、帽子を取ります。
大将:「私の担架をもってこい」
部下:「なんですって?」
大将:
「私の担架と私の医師を彼のために」
「勇敢な士官が傷を負ってる」
ジョンのナレーション:
「人生は不思議なものだ。自殺を試みて”生きた英雄”になってしまった」
「あの時、野で共に駆けた馬”シスコ”を与えられ、望みの駐屯地に行くことを許された」
「大草原の離れ島のようなヘイズ砦。そこに到着した時も血生臭い戦いは続いていた」
03.心の淀み
駐屯の長:「ジョン・J・ダンバー中尉?」
ジョン:「そうです」
中世ヨーロッパの貴族のような兵士らしからぬ、駐屯長は皮肉めいた表情で言います。
何かを食べながら規律なく気だるそうに。
駐屯の長:
「”そうです”か」
「インディアンと戦いに来たのか?」
ジョン:「なんですって?」
駐屯の長:
「ここに”開拓前線を希望”と書いてある。それで尋ねたのだ」
「私を推理もできぬバカだと思っている?」
「殊勲をたて、栄誉勲章を受けたのか?」
「なのにこんな所へ?」
ジョン:「私が希望したのです」
駐屯の長:「希望を?なぜだ?」
ジョン:「フロンティアを見たくて」
駐屯の長:「フロンティアを見たいだって?」
ジョン:「そうです。失われる前に」
駐屯の長:
「君のような英雄が?」
「勇敢な騎士よ。ナイトの任務を与えよう」
「我らの王国の果て、セッジウィック砦のカーギル大尉の元へ」
「私が署名したこの手紙が、危険な敵地で君の安全を保証する」
ジョンは駐屯長の手紙を受け取ります。
この駐屯長はどこか劣等感を感じさせる人物です。
栄誉を受けたジョンの行動や言葉を異様に気にしています。
この人物が”さまよった生き方”の例として、これからのジョンの未来と好対照に描かれています。
ジョン:「それで、そこへはどのように行けばいいのですか?」
駐屯の長:
「私が知らないとでも言うのか?」
「そう思っているのか?」
ジョン:「いいえ」
駐屯の長:
「黙れ。今日は機嫌がいいので特別赦そう」
「あの男を見ろ、ティモンズだ」
「今日、砦に発つから一緒に行け」
「彼が道を知ってる。以上だ」
ジョンが敬礼をすると、駐屯長はおどけるように敬礼を返します。
任務、敬意、自尊心など、生きることへの真摯さが彼には欠けていました。
駐屯の長:「騎士殿。私は小便を漏らした。だが誰も何もできん」
建物を出たジョンに駐屯長は窓から乾杯をします。
駐屯の長:「君の旅に!...私の旅に!」
無力さと諦めが駐屯長には漂っていて、部屋の中から外のジョンを見送る映像はガラスでぼやけています。
駐屯長の心象風景が描かれているようです。
駐屯長:「王は没した。王に栄えを!」
そうしてジョンを見送った後、駐屯長は銃で頭を撃ち抜き自死しました。
04.フロンティアへ
ジョンの旅立ち、まばゆい夕日が差しています。
西部劇の勇敢な進軍の音楽ではありませんが、希望に光を差す、ゆったりとした曲が流れています。
当面の食料を携え、ジョンはティモンズと共に最前線のセッジウィック砦に向かいました。
途中、白骨死体を見つけます。
インディアンの矢で射られ、死んでいました。
ティモンズ:
「何だね?」
「ハッハッハ...家族が言ってるよ。”手紙が来ないな”」
「書けないわけだ...」
そうティモンズは嘲笑しながら言いました。
仕草が粗野なティモンズ。
未開の地でのインディアンや野生動物への脅威。
恐怖からの緊張を和らげようとする、開拓者たちのおどけた行動、皮肉なセリフ、利己的な態度が、人間の弱さを表しています。
夜になり野宿する二人。
ティモンズは屁をしたり、わざとガサガサと音を立てびっくりさせたりして、気を紛らわせていました。
ティモンズ:「今のも帳面に書けよ!」
ジョンのナレーション:
「この男がいなければ、いい旅なのに・・・」
「悪人ではないのだろうが、野卑(やひ)そのものだった」
草原の大海原に風がなびき、涼やかな音がざわざわと響き、朝の陽光を迎えます。
ジョン:「バッファローはどこにいるんだ?」
ティモンズ:「あいつらはいつ現れるか分からん。何日も現れんと思うと、突然大群が野を埋める」
ジョン:「インディアンは?」
ティモンズ:「インディアン?あいつらめ!まだおっ死んでなきゃ現れる。あいつらは泥棒さ」
05.無人砦
二人はセッジウィック砦に着きます。
どうやら人が住んでいる気配はありません。
ティモンズ:
「どうやら、無駄足だったようだな」
「何もねえよ、中尉。無駄だよ」
「逃げたか殺されたんだよ」
ジョンは静かに建物を確認します。
ジョン:「よし、荷を下ろせ。俺は残る」
ティモンズ:「何もない所に?」
ジョン:「そう、今は何もない。何があったのか...」
ティモンズ:「だがこういうことなんだから、引き返そうぜ」
ジョン:「俺の任地だ」
ティモンズ:「任地?あんた、気は正気なのか?」
ジョンはティモンズに銃を向け、荷物を下ろさせました。
ジョン:「それは駐屯地用の食料だ。早く降りて荷を下ろせ」
ジョンは備品の1箱をティモンズに渡し、彼を帰しました。
ティモンズ:「隊に報告しておく」
ジョン:「頼む」
ティモンズ:「幸運を!」
ジョン:「ありがとう」
何も無い荒野をまた帰っていくティモンズ。
馬の歩きに合わせて馬車の軋む音、馬をムチで叩く呼び声。
アメリカ人には郷愁を呼び起こすシーンかと思います。
ジョンのナレーション:
「砦は無人だった。司令部の指示を待つほかない」
「砦の状態はひどく、明日からはまず修復に取り掛かる」
「食料は心配ない」
「夢に見た通りの土地だ。こんな土地は他にはない」
早速、ジョンは砦の修復をします。
水を汲みに行くために、少し離れた川に向かいます。
するとそこには馬車の残骸がたくさん散乱していました。
何者かによって無惨に襲われたようです。
ジョンは守備隊の末路に唖然としてしまいます。
川で水を汲もうとすると、その底にはシカの死骸がそのまま沈んでいました。
ジョンは愛馬の”シスコ”の力を借りて、それらの処分をし、燃やし尽くします。
06.弱肉の地
その煙は瞬く間に、空に舞い上がり、辺りに自分の存在を知らせることとなってしまいます。
インディアンA:「火を焚いてあんなに煙を出すのは白人だ」
インディアンB:「一人以上かもしれん」
インディアンC:「3~4人いるかも」
インディアンA:
「3人か4人なら始末してやろう」
「狩りは獲物がなかった」
「おれたちに銃はない。白人は銃を...」
インディアンB:
「何人いるかも分からん」
「戻ったほうがいい」
インディアンA:「じゃあ、帰れ!おれは死を選ぶぞ。おれたちの土地に煙が立つのを見るよりはな」
インディアンB:「困った奴だ。皆殺しにされるぞ」
原住民には敵を排除して追い払い、先祖から受け継いだ土地を守る正義があります。
人間として、相手を恐れているのはどの種族も同じです。
このあと残忍な場面になりますが、「生」への強い意思とエネルギーが満ち溢れています。
作中の白人たちには倦怠と怠惰、受動的にしか動けない意志しかありません。
時を同じくして、帰途のティモンズが食事を取っていました。
煙を朦々と立ち込めて...
インディアンの知るところとなり、矢の的となり、皮まで剥がされて殺されてしまいました。
先日ティモンズが嘲け笑った白骨死体に、自分がなってしまいました。
ここには、真剣に誇り高く生きる原住民の生き様と、ティモンズの死の尊厳が感じられます。
ジョンは遠くに一匹の狼を見つけます。
銃口を向けるジョン。
今いるところは、いつ襲われてもおかしくない場所です。
何に対しても警戒が最大レベルのままです。
それは狼もまた同じです。
この作品のタイトルとなっている「ダンス・ウィズ・ウルブズ」
「狼と踊る男」
この狼はジョンの象徴的存在でもあります。
縄張り意識、孤独、恐怖、好奇心、自由。
見知らぬ存在に近づく感情を、原始的な本能として体内にあることを私たちは知ることができます。
何度か銃口を向けるジョンでしたが、狼を自分の鏡として見たのかもしれません。
銃を向けるのを止めます。
狼とジョンの関係の相似形として、これからジョンとスー族とのふれあいが描かれていきます。
ジョンのナレーション:
「到着してほぼ30日、守備隊が戻る気配はない」
「司令部は遠く、私は任地を捨てる気はない」
「食料は豊富だったが、大勢いるかのように節約しよう」
「狼が1匹、私に興味を示している」
「何の邪魔もせず、シスコ以外の私の友達になった」
「この2日、午後になると現れる」
「前脚に白い靴下を履いている」
「明日も現れたら、”2つの靴下”と名付けよう」
07.”蹴る鳥”との出会い
ある日、ジョンが水浴びをしていると、初老のインディアンが砦を偵察にやって来ます。
出で立ちは勇ましく、身につけた飾り物で地位のある人物だと分かります。
とても綺麗な朱色の羽を頭に付けていました。
シスコに近づこうとしていました。
気を取られている隙に、ジョンはそのインディアンを驚かせて、退散させます。
ジョンのナレーション:
「初めてインディアンを見た」
「砦に私の馬を盗みにきて、私の姿を見て逃げ去った」
「一人を見たという事は、近くに仲間がいるという事だ」
「余分の武器、弾薬は土に埋めよう」
「馬での遠出は止め、砦の見える距離を円形に巡察する。だが、このまま救援が来なければ望みはない」
「2日経ったが何もない。私の事は伝わったはずだ」
「考え得る準備は整えた。手薄い防備だが奴らが現れたら脅すことはできる」
「私の見たインディアンは見事な風貌だった」
そしてシーンはインディアンの会合になります。
”風になびく髪”:
「白人の話はもういい。我々スー族より劣る奴らだ」
「白人など、いくら来ようと笑ってやる」
「白人の馬をたくさん盗んでも自慢にならん」
「馬に乗るのも銃を撃つのもヘタクソだ」
「この土地でひと冬も越せなかった」
「奴らが栄える? 奴らはじき死に絶えるさ」
「そのバカははぐれ者さ」
”蹴る鳥”:
「”風になびく髪”が言うように、白人は確かに我々に劣る」
「だが彼らは今に必ず、我々を襲ってくる」
「その男は大胆にもたった一人だ」
「はぐれ者でなく、何か力を持っているのだ」
「白人の代表として話をしに来たのかもしれない」
「友好の協定を結べる相手かもしれん」
”風になびく髪”:
「”蹴る鳥”は賢く先を見ている」
「だがその男が我々に何の益を?」
「我々の子供に食い物を与えてくれるのか?」
「おれがそいつに矢を射ち込もう」
「魔力があるなら死なない。魔力がなければ死ぬ」
スー族の男:
「他人を止める事はできんが、白人を殺すのは問題だ」
「一人殺すと必ず仕返しに来る」
”10人の熊”:
「いろいろ意見が出ると混乱する。どうすべきか難しい」
「もっと時間をかけて話し合おう。それが私の意見だ」
08.好奇心
会合の話を側で聞いていた子どもたちは、すぐさまジョンのところに勇気だめしをしにやって来ます。
子どもたちはシスコを盗みだします。
スー族のこども:
「僕らは英雄だぞ!」
「歌に歌われるぞ!」
歓喜の絶頂の最中にこどもの一人が落馬しました。
シスコは解き放たれます。
男の子:「おい、どうした」
落馬したこども:「分からない。腕が動かない」
男の子:「落馬なんかして、困った奴だよ」
落馬したこども:「お前が誘ったんだぞ」
男の子:
「馬を盗もうと言ったんだ。誰が落馬しろと言った?」
「ドジなんだよ」
落馬したこども:「何を見てるんだよ!」
悔しくて男の子に向かって砂を投げつけました。
男の子:「父さんに弓で背中をひっぱたかれるぞ」
ジョンは入口に頭をぶつけたまま、朝まで気絶していました。
また再度、”風になびく髪”たちがやってきて、シスコを盗んで駆けていきます。
”風になびく髪”:
「おれは”風になびく髪”だ!」
「おれの名は”風になびく髪”だ」
「お前なんか怖くないぞ!怖くないぞ!」
日本の戦国時代の「やーやー我こそはどこそこ村のなにがしだ」と言ったところでしょうか。
形式と勇ましさの鼓舞ですね。
こうした最初の出会いは、相手への恐怖が誰にでもあるということが分かりますね。
未知のものが怖くない人間などいないのです。
同じ人間です。
ジョンの魔力なのか、シスコは逃れてジョンの元に帰ってきました。
ジョンのナレーション:
「私は間違っていた」
「ずっと何を待っていたのだろう」
「応援が来るのを?バッファローを見るのを?」
「ビクビクしながら事を待つのは、もう飽き飽きした」
「明日、危険を覚悟で奴らの所へ出かけてやる」
「的としてじっと待つのは、能がなさすぎる」
ジョンは身につけた銃やベルト、軍服をキレイに磨き、スー族の棲家を訪ねようと決意します。
09.”拳をあげて立つ女”との出会い
途中、木陰でインディアンの女が血だらけになってうめいていました。
ジョンに気づいて、逃げようとしました。
ジョン:「けがしてる。助けてやるよ」
”拳をあげて立つ女”:「ぎゃー...」
ジョン:「何もしないよ。ケガしてる」
ジョンは重症を負った女を介抱しようとします。
そして二人はもみ合いになり、女は気を失います。
ジョンは女を抱きかかえ、シスコに乗せて集落へとたどり着きます。
ジョンを目撃した母親とそのこどもたちはパニックになり、逃げ出しました。
数十人の村の戦士たちがジョンと対峙します。
ジョン:「彼女は怪我をしている...」
”風になびく髪”がこちらに歩いてきます。
”風になびく髪”:「こっちへ来るな!」
ジョン:「ケガしてる」
”風になびく髪”:「来るな!帰れ!」
”風になびく髪”は意識を失った仲間の女を見て、ひきずって後ずさりします。
まるで餌をあげた野良猫が、餌を咥えてさっとその場から離れるように、身構えながら距離を取ります。
”風になびく髪”:「おれたちは歓迎しない。帰れ!」
失意にうなだれて、砦に戻ろうとするジョン。
”蹴る鳥”はジョンの様子を興味深くじっと見つめていました。
ジョンを追い払おうと村の戦士数名が馬にまたがり、追い払おうとします。
”蹴る鳥”は男たちを制止しました。
”蹴る鳥”:
「待て!戦いに来たのではない」
「手を出さず、帰らせてやれ」
その夜、スー族の会合がまた開かれてます。
”10頭の熊”:
「私も”蹴る鳥”の意見に賛成だ。あの白人と話をしよう」
「なぜ、ここにいるのか...」
”風になびく髪”:
「この会議の決定ならおれは反対しないが、偉大な首長”10頭の熊”が白人の所へ出向くのか?」
「馬1頭と数着の服しかないケチな侵入者だ」
”10頭の熊”:
「私は行かぬ。お前が行くのだ。そしてお前もだ、”蹴る鳥”」
「私の話はそれだけだ」
~PART②へつづく
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