
(写真は、高野山の宿坊の精進料理)
以前からずっと興味を持っていた熊野古道を、
ツアーに参加し、中辺路コースのさわりの部分
だけを歩いて来ました。
熊野古道は、熊野三山へと通じる参詣道の総称で、
「蟻の熊野詣」と例えられるほど、古代から多くの
人々が切れ目なく熊野に参詣したと伝えられています。

熊野古道には幾つかのルートがありますが、
後鳥羽院、藤原定家、和泉式部などの多くの
上皇・貴族も歩いたという「中辺路(なか
へち)」コースが一番人気らしいです。

”熊野古道歩きツアー”は、その中辺路コースの
中でも、更に魅力が圧縮された部分のみを歩きます。

ガイドさんの説明によると、このコースは、地道
あり、石畳の道あり、牛馬童子ありと、熊野古道
の色々な雰囲気、魅力が全て含まれる「おいしい
とこ取り」の最短コースとのことです。

ツアーは、道の駅中辺路をスタートして、牛馬
童子像、そして近露(ちかつゆ)の郷へと至る
熊野古道らしい雰囲気の山道のコースを歩き
ます。


中辺路の牛馬童子から近露王子までは、起伏が
あって狭い山道です。
でも、中辺路コースは、道標が整備されている
ため、歩きやすく道に迷うこともありません。









「熊野は死者の国です。
人が死ぬと、必ず枕元にたてられた樒(しきみ)
の1本花をもって、熊野詣をすると云います。
だからこそ、生きている人が熊野詣をすると、
途中でよく死んだ親族や知り人に会うのです。
熊野の黒い森の径(みち)が、死出の山路と
交叉しているあたりでね。」
(新潮文庫「吉原御免状」 隆慶一郎 著)

(注)樒(しきみ)は、昔、土葬にしていた頃、
遺体を埋めた墓地を動物が掘って荒らした
ため、これを防ぐために、有毒植物である
「樒」を供えることで動物を避ける役目を
した。
現在でも関西の葬儀などでは用いられる。

(一里塚跡)
更に進むと、箸折峠(はしおりとうげ)に差し
掛かります。

花山(かざん)法皇が、食事の際に、カヤを
折って、箸にしたので箸折峠の名前がついた
そうです。

この箸折峠には、熊野古道のシンボル的存在に
なっている、写真の牛馬童子(ぎゅうばどうじ)
の石像があります。

写真の左側が牛馬童子像、隣が役行者像です。


写真の奥が地蔵・不動像と、鎌倉時代の宝篋印塔
(ほうきょういんとう)です。
何故か、明治時代に作られたという牛馬童子の方
が有名になってしまい、現在では熊野古道の一番
人気だそうです。

写真の様に、花山法皇が、牛と馬の2頭に
またがっていますが、左端の人の足と比べると
分かる様に、意外と小さな石像です。

隣の「役ノ行者像」も童子に合わせて可愛い顔を
しています。

牛馬童子のある場所は、花山法皇が御経を埋めた
所と伝えられます。
牛馬童子像から「近露王子」までは、下り坂が
延々と続きます。





ようやく近露の集落が見えて来ました。

「近露」の地名の由来が面白いです。

花山法皇が、カヤを折って、食事の箸にした際に、
カヤの箸から赤い露が伝わるのを見て、「これは
血か露か」と尋ねられたので、この地が「近
(ちか)露(つゆ)」という地名になったのだ
そうです。

この辺りから先は歩きにくい石畳道です。
石畳道を下り切って、日置川に架かる北野橋を
渡ると、近露王子碑があります。

熊野古道歩きツアーバスは、近露王子から、今晩
の宿である高野山の宿坊を目指します。

写真の様に険しい山中を、ツアーバスは、高野山
の宿坊へ向かいます。
ガイドさんの案内だと、下の写真の赤い線が、
山の稜線に沿っている熊野古道で、赤丸印の
部分に小さく見える集落に、タレントのイーデス
ハンソンさんが自給自足の生活をして住んで
いるそうです!


高野山に到着しました。
高野山には宿坊が53もあるそうです。
今回お世話になったのは、立派な門構えの西門院(さいもんいん)です。




ここは高野山街の中心エリアにある宿坊で、周辺
には土産屋や食堂があります。
宿坊の部屋は写真の様に純和風で質素です。

狭いながらも、テレビ、浴衣、タオル、歯ブラシ、
お茶セットなど必要最小限なものは揃っています。

食事を運んだり、蒲団を敷いて下さる方が修行中
のお坊さんという以外、普通の旅館とあまり
変わりません。
ただ、襖で仕切っただけの狭い部屋なので、周り
の音が少々気になります。


また、トイレは共同で1階にしかないので、2階
に泊まった私はやや不便でした。

お風呂も、定員5人の狭さで・・・順番待ちの
状態に。
そういう事を気にしなければ、ちょっと敷居が
高く思われがちな宿坊ですが、宅配便も受け付け
てくれるし、意外と気軽に泊まれそうです。

本堂は撮影禁止だったので、写真は宿坊スペースのみです。

先ず、大広間でツアー全員揃って、精進料理の
夕食です。
宿坊では、お酒の注文をとっていました。

私は、ビールと日本酒をお願いしました・・・

精進料理ですので、肉や魚はありませんが、
揚げ物が入るので意外とボリューム感が
あって、お腹いっぱいになりました。

写真の様に、天ぷら(かぼちゃ、生姜、海苔)に、
空海(弘法大師)がこの地に伝えたという
ごま豆腐、和え物、ダシの効いた吸い物、それに、
高野山と言えばやはり高野豆腐です。

宿のスタッフの若いお坊さんが、無駄のない動き
で、きびきびと動き回って、お茶を出したり、
お代わりのご飯を運んだりしている姿は、礼儀
正しく、見ていて実に気持ちよい風景でした。

添乗員さんの話だと、標高900メートルのこの
辺りは、平地に比べると、気温は7~8度低く、
今でも夜は冷えるそうです。

翌朝、本堂で早朝のお勤めがありました。
(撮影禁止)
朝のお勤めは強制ではありませんが、これが宿坊
の醍醐味ですから参加します。
参加といってもお経を拝聴するだけですが、朝の
お経というのは厳粛で身の引き締まる思いがします。
お勤めは、6:30から30分間で正座の必要は
ありません。

足をくずしても、椅子でもOKです。
その後はそのまま朝食です。

ホテルとも旅館とも違う、独特の宿坊のもてなし
を初体験出来ました。
