(写真は、根津神社内にある乙女稲荷の千本鳥居)
「谷根千」散策の谷中銀座、観音寺・築地塀、
森鴎外記念館などの続きで、谷根千の最終回です。
前回ご紹介した「森鴎外記念館」に、「団子坂」
側の入口から入り、見学を終えて、記念館の
「やぶ下通り」側の出口から出ます。
左手に、区立第八中学や汐見小学校を見ながら、
やぶ下通りの坂を下って行くと、日本医科大学
があり、その右手の奥には、次頁の写真の
「夏目漱石の旧居跡」があります。
日本医科大学の先の森が、江戸城の北を護る
「根津神社」です。
現在の「根津神社」は、5代将軍・綱吉が、
ここにあった自分の屋敷地を献納して、
「天下普請」として諸大名に造営を命じ、
1706年に完成しました。
根津神社は、「権現造り」と呼ばれ、本殿・幣殿
・拝殿が構造的に一体として造られています。
この綱吉の時代の本殿・幣殿・拝殿・唐門・透塀
・楼門は、関東大震災や東京大空襲をくぐり
抜けて、全て奇跡的に残っています。
(国重要文化財)
驚き!
上の写真は、根津神社の近辺に住居を構えていた
夏目漱石、森鴎外らが腰掛けて想を練ったと
言われる「文豪憩いの石」です。
前頁と上の写真は、森鴎外が奉納した「鴎外の石」
で、現在は水飲み場として利用されています。
鴎外の石の裏側には、森鴎外の本名「陸軍医監
森林太郎」と彫られています。(赤の縦線部分)
境内の一角にある次頁の「乙女稲荷」は、京都の
伏見稲荷のミニチュアのような感じで、可愛い
鳥居が圧巻です。
乙女稲荷の千本鳥居の脇には、六代将軍・家宣の
胎盤が納められている 写真の「胞衣塚」
(えなづか)がありました。
また、根津神社は、ツツジの名所としても有名
です。
毎年4月中旬~5月上旬の「つつじ祭り」では、
7千坪の神苑に、100種・3,000株ものつつじが
咲き乱れ、茶屋・植木市・露店が立ち並び賑わう
そうです。
根津神社を出て、地下鉄・根津駅へ向かいます。
地下鉄・根津駅の近くの 下の写真の串揚げ処
「はん亭」で、遅めのランチを食べます。
「はん亭」(大正6年)は、総ケヤキ造りの木造
3階建てで、国有形文化財です。
「はん亭」の入口は、もともとは「言問い(こと
とい)通り」側にありました。
しかし、言問い通りの道幅拡張に伴い、有形
文化財の「はん亭」の建物の正面は、無残にも
切り取られてしまいました。
現在は、上の写真の様に、店の正面は、黒い格子
で覆われていて、言問い通り側からは何のお店
なのか、分からない様な建物になっています
・・・
従って、現在は、次頁の写真の様に、かっての
勝手口(赤丸印)がお店の入口になっています。
店内は、大正時代の風情があって、落ち着いて
食事が出来ます。
遅めのランチにも拘わらず、店内はほぼ満員です。
この日は平日でしたから、休日は、多分、予約が
ないと入れないでしょう。
ランチメニューは一種類のみです。(3,000円)
・前菜2種と生野菜スティック
・串揚げ8種(肉みそ、岩塩、ソース)
・デザート
串揚げは、豚ロース、鮎、牛肉、生麩、蓮根の
肉詰め等が、2種類づつ運ばれます。
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