トーキング・マイノリティ

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謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス 16/西・仏

2018-02-02 21:10:06 | 映画

 ドキュメンタリー映画『謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス』を先日見た。上映している仙台の映画館「チネ・ラヴィータ」HPでは、こう紹介している。
ブリューゲルルーベンスらにも多大な影響を与え、近年ますます注目を集めている中世の画家、ヒエロニムス・ボス。しかし作品はわずかしか現存しておらず、人物像や生年月日も不明。そんな謎に包まれたボスの最高傑作、グロテスクな奇想に満ちた三連祭壇画快楽の園」を、所蔵美術館であるプラド美術館の全面協力のもと徹底解析するドキュメンタリー

 映画には各界の著名人が登場、「快楽の園」への感想を語っている。プラド美術館で実際にボスの「快楽の園」を見たブロガーさんが映画の感想記事を書いており、全出演者の名前が載っていた。尤も私が知っていたのは作家のオルハン・パムクサルマン・ラシュディだけだったが。
 パムクの小説は何冊か読んでいたが、本人の声を聞いたのは初めて。日本語版wikiに載っている写真(2009年撮影)よりも老けて見えたのは仕方ないが、よく言えば生真面目でも少し気難しい感じ。一方ラシュディはインド系らしくお喋りで陽気な感じを受けたが、目は笑っていないのが印象的だった。

 ポスは私お気に入りの画家の1人で、『謎解き ヒエロニムス・ボス』(小池寿子著、新潮社)は昨年はじめに買っている。この本への書評サイトもなかなか面白いが、まさかボスの代表作「快楽の園」のドキュメンタリーが制作されるとは想像もしていなかった。それ故この作品は絶対観たいと思い、映画館に行ってみた。
 前もってボスや代表作のことは知っていたので、映画はとても楽しかった。「快楽の園」がいかに人気のある名画だったのか判ったし、美術館の展示場には東洋人の団体も行列をつくり鑑賞していた。東洋人には中年女性が多かったが、服装や雰囲気から日本人ではなく中国人に見えた。

 ボスの「快楽の園」とは、あまり人前では好きと言えない名画かもしれない。聖書的寓話を抜きにすればエログロナンセンス画そのものだし、このような絵が好きと公言すれば、モロに変人視されるのではないか…と思っていた。特に私が興味を引かれたのは地獄を描いた右パネルだったし、拷問シーンや多数の怪物が登場するダークな世界なのだ。
 だがドキュメンタリーでは、来場者を最も惹きつけるのは右パネルという解説があり、やっと安心させられた。やはりエログロナンセンス画は刺激的でインパクトがあるのだ。対照的にエデンの園を描いた左パネルは牧歌的過ぎてツマラナイ。但しよく見ると、右下には黒い穴からはい上がってくる怪物も描かれている。

 右パネルに描かれた地獄で、楽器が罪人への拷問道具になっているのは興味深い。リュートに縛られた者やハープの弦に串刺しになっている男もいる。小池氏の著書によれば楽器、とりわけ弦楽器は恋愛・性欲のシンボルとされていたそうで、色魔が「音楽地獄」に落ちるのは当然だろう。現代のロックミュージシャンはもちろん、ロックファンも死後は「音楽地獄」行きとなるのか。
 地獄篇で最も印象的なのは「樹幹人間」だろう。映画では「ツリーマン」と呼んでいたが、卵の殻の身体に樹幹の脚という表現だけでもインパクトがあるが、何といっても地獄に落ちた人間を見ている醒めた顔つきがいい。西洋画でこのような地獄絵は他にあるだろうか?

 中央パネルこそ正に「快楽の園」で、性的享楽を満喫する裸体の男女の群像。黒人が何人か描かれているのは、何か意味があるのだろうか?画面ではイチゴやサクランボのような赤い果実が象徴的に使われており、色彩がとても鮮やかで見飽きない。
 ボスの絵画は多くの王侯貴族を虜にしたようで、その1人にスペイン王フェリペ2世もいた。フェリペ2世といえば、厳格なカトリックの盟主のイメージが強いが、「快楽の園」のような異端的かつ不道徳極まる絵画を買い取っていたのは面白い。『謎解き ヒエロニムス・ボス』の書評サイトには、ハッとさせられるレビューがあった。

絵画も画家についても予備知識ゼロで読んだ。敬虔なキリスト教徒、宗教画……ということだけど信じられないなあ。画家はエログロナンセンス大好きだったんじゃないだろうか。時代が時代だから、宗教画の体裁をとっただけで、本性はそっちだったと思うよ。じゃないとこんな画が出てこないんじゃないのかなあ。見た人も「むふふ」って感じたんじゃないのか?
「キリストの正しい教え」に導くって大義名分があればエロ画も堂々と所持できる♪的な要素がちっとはあったと思うのよ」(やつき・2015/07/07)

「快楽の園」は美術史上最大の謎とされており、いわゆる専門家の間でも解釈は様々。制作から5世紀を過ぎても作品の主題に関しては諸説ある始末。この先も作品への解釈は絶えることはなく、その解釈は己自身の心象が強く表れてくるはず。
 このような作品を描いたボスの意図は永遠の謎となってしまったが、西洋絵画の知識がない外国人の目も釘付けにする名画なのは間違いない。元祖シュールレアリズムというべき絵画だし、これほど怪奇幻想的で見る者の想像力を刺激し続ける名画が他にあろうか。



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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
見ました! (mobile)
2018-06-08 12:02:21
中央はエデン(楽園)であるはずですが、すでに邪悪なものが入り込んでいる(「我もまたアルカディアにあり」かっ!)のが分かるとか、この絵はかつて『苺の絵』と呼ばれ、イチゴは儚い快楽の象徴であるとか、ダリがこの絵からヒントを得ているとか、話はどんどん膨らんでいきましたね。
私が特に興味を引かれたのは画面に描かれている楽譜(音楽地獄)がちゃんとした作曲された楽譜だったこと、画面から鑑賞者を見返しているのがイエス・キリストと(地獄の)ツリーマンの二人だけであること、の2点でした。
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Re:見ました! (mugi)
2018-06-08 22:02:27
>mobileさん、

 この絵にはイチゴのような赤い実が目立ちますが、サクランボも描かれていますよね。いずれにせよ、赤い実は儚い快楽の象徴となっているようです。

 音楽地獄の楽譜が ちゃんとした作曲された作品だったという点も驚きました。ボスは教会音楽の教養があったのでしょう。16世紀初めに、よくあのような作品が描けたと感心させられます。
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