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文明開化という宿命 その②

2010-02-17 21:22:56 | 読書/日本史
その①の続き
 文明開化鹿鳴館と大仮装舞踏会をもたらしたばかりではなかった。明治19(1886)年には東京電燈会社(後の東京電力)が開業、翌年初には鹿鳴館に白熱電燈が点灯して、その後電燈営業が人々に明かりを与えていくことになる。大仮装舞踏会が開かれた4月、ゴミは捨てずに各戸毎にゴミ箱を設置し、それを業者が回収することに決まった。秋には横浜で初の近代的水道橋が完成、開国以来しばしば流行して人命を奪っていたコレラを退治するための社会資本が作られた。

 高坂正堯氏は注目するべきなのは、文明開化の伝播の恐るべき速さの方だと述べている。東京で文明開化がピークに達した明治20年に福澤諭吉は山深い温泉場で文明開化を目にしていたのだった。そのような吸収の速さは日本の産業化にも寄与した。欧化の初め頃の明治5~6年、洋傘が日本の輸入品のベストテンに入っていた。これはイギリス紳士のシンボルであったため、輸入したのだろうか。ただ、どのような服装をして、どんな仕草で洋傘を携えていたのやら。高坂氏は先の福澤の比喩をもじるなら、仕込み杖のように持っていたのかもしれないと想像していた。ちなみに同じ頃のインドも英国式にステッキを持ち、煙草をふかす“進歩的スタイル”が持てはやされていた。
 しかし驚くべきことに、数年も経たないうちに洋傘が日本の輸入品となっていたのだ。日本人は短期間にその構造を呑み込み、つくり方を習得し、西洋諸国より遥かに安い価格でアジア諸国向けに輸出を始めたのだった。これもまた、日本人が何度となく繰り返してきたことなのだ。導入し、模倣し、手を加えて商品にするという手法がこの時に既に見られる。

 文明開化は日本人の宿命であったし、それに見事に成功したのは、日本の全てを否定しながら日本を離れられず、我国で美味い酒を飲んで夢想し続けている左翼の欺瞞からも明らかである。もちろんかなり無理もあり、殆ど不可能なほど背伸びし、それに成功すると有頂天になり、その結果挫折するということが避けられなかった。しかも、暫らくすると日本人はまた同じくらい無理をして背伸びする。文明開化を奨励したのは福澤だが、そこに見られる軽薄さに一言クギを刺したかったのだろうか。
 それゆえ何回となく有頂天と挫折、つまりバブルとその崩壊があったのではないか、と高坂氏は見る。明治初年の欧化は西南戦争で終わり、その後デフレ政策がとられ、一休止の後再び鹿鳴館という背伸びがあり、これまたバブルとなったのではないか、と。

 バブルにはスタミナが必要であり、それがあれば全体としてプラスにもなるだろう。代償の最大のものは心理的なことであり、夏目漱石は「現代日本の開化」(1911年)で興味深い例えをしている。夏目は現代日本の開化は西洋の衝撃により、それを必死になって吸収するもの、子供が大人の真似をするようなものである、という。それはまた次々に大御馳走が出てくるが、食べるか食べないうちに皿を引かれる様なものでもあり、栄養は足りているが満腹感が得られないとも表現している。その結果は、「吾人は此(この)驚くべき知識の収穫を誇り得ると同時に、一敗また起つ能はざるの神経衰弱に罹つて、気息奄々(きそくえんえん)として今や路傍に呻吟(しんぎん)しつつあるは必然の結果にして正に起るべき現象でありませう…」

 漱石が正しかったのかどうか、実のところ今日(※1994年4月)まだ分からないと高坂氏は論評は避けたが、日本の庶民は漱石の想像を絶するほど逞しかったと言えるかもしれないと書いている。近代日本が文明開化を宿命として、そこに言語を絶する無理があったことは間違いない、としてコラムを結んでいる。後知恵で非難するのは安易だが、個人の人生と同じく「あの時こうしていれば…」は通じないのが歴史なのだ。

 文明開化に挫折したインド、中東世界もまた言語を絶する苦悩があったことは、一般に日本では知られていない。これら地域の住民は知識人も含め日本人より逞しかったはずだが、西洋の衝撃による呻吟は日本の比ではなかった。1890年代に書かれたタゴールの短編小説「非望」は、近代インドの激動と混乱を描いた佳作だと思った。インド大反乱を背景にした作品で、語り部のひとりは元ナワーブ(ムスリムの太守)の王女、つまり貴婦人、もう1人はブーツにコートとの洋装を身につけた文明開化を象徴するヒンドゥー教徒の青年。煙草を手にして英国紳士を気取るヒンドゥー青年が、貴婦人の語った半生を聞くことになるという物語は、妙に忘れ難い。貴婦人の運命を変えたのはあるバラモンだが、このバラモンもまたインド大反乱で人生がすっかり狂ってしまう。「非望」はインドの宿命の物語でもある。

 近代の文明開化を否定する者は、ならば社会資本も否定したいのだろうか。伝染病に罹ってもろくな手当ても受けられず、国家も公共の福祉など顧みない状態が理想なのか。現代も尚、そのような国は第三世界に珍しくない。近代文明を否定するのは自由だが、すっぱり電気生活を止めPCも廃棄してこそ説得力がある。福澤と違い鈍才の私は秋冬の時節こそ温泉に出かけたくなるが、電気、ガス、水道もない温泉場など今時あろうか。
■参考:『世界史の中から考える』(高坂正堯 著、新潮選書)

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 「ナショナリズムの光と影
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