トーキング・マイノリティ

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フォックスキャッチャー 14/米/ベネット・ミラー監督

2015-02-27 21:10:03 | 映画

 チラシ表にあったコピーは、「なぜ大富豪の御曹司は、オリンピックの金メダリストを殺したのか?」。1996年1月26日、デュポン財閥御曹司がロス五輪金メダリストを射殺するというショッキングな事件を元にした作品であり、ストーリーをチラシではこう紹介している。

レスリングのオリンピック金メダリストでありながら、苦しい生活を強いられているマーク。ある日、デュポン財閥の御曹司ジョン・デュポンからソウル・オリンピック金メダル獲得を目指したレスリングチーム“フォックスキャッチャー”の結成に誘われる。破格の年俸、自身のトレーニングに専念でき、彼にとっては夢のような話だった。
 名声、孤独、隠された欠乏感を埋め合わせる様に惹きつけ合うマークとデュポンだったが、2人の関係は徐々にその風向きを変えていく。さらにマークの兄、金メダリストのデイヴがチームに参加することで、三者は予測しなかった結末へと駆り立てられていく。

 プロレスの本場というイメージのある米国。しかし、レスリングは地味な格闘技と思われているのか、日本と同じく金メダリストでもその後の生活が保障される訳ではないらしい。金メダル獲得から半年も経たないにも関わらず、マークの講演料は僅か20ドル。それも学校で子供相手の講演会であり、聴いている子供は見るからに退屈している。マーク自身のスピーチ下手があるにせよ、金メダリストを輩出する米国では、オリンピックで金メダルを取ったというだけで、特に敬意は払われないらしい。
 独り者のマークとは対照的に兄デイヴは妻子もおり、コーチの仕事を堅実にこなしている。その兄も高収入を得ているのではなく、米国レスリング協会は財政は苦しく、ジョンのような金持ちの篤志家の支援で支えられてるのが伺えた。

 デイヴとマークの会話から、兄弟の両親は幼少の頃に離婚、苦しい子供時代を送ったようだ。デイヴは常にマークの親代わりとして弟を支え、兄弟で金メダリストになったのだから、大したものだと思う人が殆どだろう。
 しかし、それがマークには苦痛だったらしい。常に兄の影の存在であり、兄に依存してきた半生だったのだから。兄から自立した生き方を目指すものの、最悪の結果となってしまう。

 一方のジョン・デュポンはかなり特異な人格だった。映画の脚色もあろうが、wikiには映画に描かれなかったことが載っている。ジョンも2歳の時に両親が離婚している。シュルツ兄弟と違いジョンは何不自由ない暮しができたが、それが返って仇になったとしか思えない。ジョンは45歳で29歳のセラピストと結婚したが(1983年9月3日)、その10か月後に離婚を申し立てた。元妻の話では、ジョンが拳銃を自分に向けたり、暖炉に突き倒そうとしたとか。ジョンが“フォックスキャッチャー”を結成するのは、それから間もなくである。

 孤独でも膨大な資産を持つジョンは交友関係に不足しない。カネの力で“友人”を侍られることは容易いし、マークにもファーストネームで呼ぶように求める。しかし、マークが公式の場でスピーチする際、常に自分の功績を讃える文句を入れさせており、「父」「指導者」の表現を特にジョンは好んでいた。
 金メダル獲得を目指すのであれば、選手の健康管理が絶対なのはレスリングの素人でも分かるのに、2人きりの際にヘロインをマークに勧めるジョン。これが事実であれば、ヤク友が欲しかったのやら。

 また愛国者を自称するジョンは広大な敷地内に戦車を置いていた。戦車に機関銃が装備されていないことに怒り、使用人に取り付ける様に命じるジョンだが、いかに大富豪でも個人が戦車を持つことは法的に問題はなかったのか?愛国者を気取っても、ジョンは兵役に就いてはない。彼にとって戦車はおもちゃのような感覚だったのか。

 映画では唐突にジョンがデイヴを射殺したような描かれ方になっており、「なぜ大富豪の御曹司は、オリンピックの金メダリストを殺したのか?」という動機は明らかになっていない。映画レビューには、デイヴがジョンの言いなりにならなかったから…という見方が多かったし、それは的外れではないかもしれない。映画では描かれなかったが、デイヴはジョンがアルコール中毒を克服する手助けすらしていたそうだ。犯行から約10か月後、ジョンは58歳を迎えており、72歳で刑務所内で死んだ。

 ジョンはレスリングの他にも水泳、トラック競技、近代五種のスポンサーになっており、慈善活動やいくつもの施設に寄付を行っていた。それは結構だが、水泳などの選手にも己を「父」「指導者」と呼ばせていたのやら。カネで名声を築いても、自身の妄想狂はカネで治せなかった。妻子や弟を支え、雇い主を手助けした挙句、殺されたデイヴは悲運としか言いようがないが、ともかく後味の悪い映画だった。



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