録画していたNHKBSドキュメンタリー「最強の帝国ローマ」(2月5日放送)を見た。『ローマ人の物語』全巻を面白く読了したナナミスト(塩野七生ファン)の私には、やはり気になる特集だった。以下はNHK広報局での紹介。
―新発見!北アフリカのチュニジアで、4年前に発見された海底の古代都市。近年、新発見の相次ぐ古代ローマは、これまで考えられたきたよりも、寛容で、多民族、多様な文化を融合したグローバル社会であった事が分かってきた。
ローマ帝国は戦争で勝ち取った領土を「植民地化」せず敗者にもローマ市民権を与え、各地にローマ化を広げていった。最新の現場を追って、帝国の強さと豊かさの秘密を紐解いていく。
『ローマ人の物語』愛読者ならずとも、現代の古代ローマ研究者の欧米人もローマ帝国は異民族や敗者に寛容だったことは認めている。それでもキリスト教徒である欧米人研究者にはローマに辛口な見解を取ることが多く、過去記事「悪徳の都?ポンペイ」でも書いたが、ローマの豊かさの裏で、都市は悪徳と犯罪が蔓延っていたとする解釈を好むようだ。
欧米人のみならず日本人クリスチャンもローマを敵視する者が少なくない。特に教祖を処刑したピラトへの憎悪を書いたカトリックブロガーがいて、過去記事「ポンテオ・ピラト」でも取り上げた。
特集で特に興味深かったのは、近年はネロはこれまで言われてきた暴君ではなく、見直されるようになってきたこと。ネロは経済はじめ様々な改革を試みるも元老院の抵抗に遭い、挫折したというのだ。ネロの死後、彼の墓には花を捧げる庶民が絶えず、民衆からは慕われていたと語る欧州人研究者が登場している。記録を遺したのが元老院側なので悪い記録だけが残り、暴君ネロとして知られるようになったという。
『ローマ人の物語』読者なら、この説には異論があるだろう。改革を試みたネロが元老院に敵視され、「国家の敵」にされたのは事実だが、ネロの悪名を決定づけたのはキリスト教徒迫害皇帝第一号だったからだ。
ネロがキリスト教徒迫害を実行した理由は諸説あるが、彼の2番目の妻ポッパエアが夫を動かしていたというものがある。ローマ人歴史家タキトゥスもそう見ており、ポッパエアはユダヤ人社会の保護者であったという説がある。ユダヤ人はぜいたく好きな彼女に高価な品々を贈り、皇后を保護者にすることに成功する。
ネロの時代のキリスト教は世界宗教どころか全くの弱小組織に過ぎず、力がなかった。そのため初期のキリスト教はユダヤ人からの迫害を受けることもしばしばで、ユダヤ人が“異端”のキリスト教徒を敵視・迫害していたことは意外に知られていない。
紀元115年、タキトゥスはキリスト教徒への否定的な内容を記述したことがwikiには載っている。
「彼らは日頃から忌まわしい行為で人々から憎まれ、クリストゥス信奉者として知られていた。この呼び名はクリストゥスという人物の名前から取られており、 ティベリウスの治世下に、総督ポンティウス・ピラトによって処刑された。」
映画グラディエーターの影響もあるのか、ローマと聞いて剣闘士を連想する方もいるだろう。特集では剣闘士への新解釈があり、従来は死ぬまで闘わされた犯罪者や奴隷と思われていたが、実際には待遇は手厚かったそうだ。剣闘士は投資の対象でもあり、医療療養や冬でもトレーニングが出来るよう、床暖付き施設に住んでいた。
意外だったのは食事。肉食中心のキン肉マンと思われがちだが、実際は穀物が大半のベジタリアン。肉食がタブーだったのではなく、当時肉は高価だったため。さらに試合後には灰入り飲み物を摂取していたが、今風で言えば栄養ドリンクだった(灰にはマグネシウムが含まれる)。
ローマの遺跡で最も印象的だったのが、ゼウグマ(トルコ南東部)で発掘されたモザイク「ジプシーの少女」。このモザイクは番組で初めて知ったが、ガズィアンテップのモザイク博物館特別室に展示されているという。時事ドットコムニュースには他のモザイク画が紹介されており、古代とは思えぬ完成度には息を吞む。トップ画像は時事ドットコムニュースからの借用。そして番組の最後でナレーションはこうだった。
「司法制度、美術、建築、ラテン語、そして太陽暦の導入。ローマ人が遺した英知は今も世界で生き続けています」
ローマは同時代の漢王朝とよく東西の雄として取り上げられるが、ローマと比較すると漢帝国の遺した文明など取るに足りない。ラテン語以外にサンスクリット語は学術・宗教界では未だに世界的な主要言語となっているが、中華帝国はそのような主要言語をついに持ちえなかったのだから。
◆関連記事:「塩野七生『ローマ人の物語』の旅」
「キリストの勝利―ローマ人の物語ⅩⅣ」
「ローマ世界の終焉-ローマ人の物語ⅩⅤ」
「『ローマ人の物語』読者が見たグラディエーター」
こちらの番組は実のところ途中から見ました。どこかの遺跡から精巧な短剣が出てきて、調査して復元した話からです。歴史にも科学の力が必要ですが、直接利益が出ない歴史調査に対して、科学的な分析をする機材の導入など費用の捻出が大変でしょう。近頃は費用の話ばかり気になります。
剣闘士にしても、死んだら損失ですから、意外にそこまで死なないようにしていたと言いますね。穀物中心なのはローマ軍団兵でも同様ですが、灰の飲み物とはこの番組で初めて知りました。経験則から来ているのでしょうが、よく分かったものです。ローマ軍団でも殺菌作用がある銀の糸で傷口を縫っていたとか、実に先進的です。
当時書かれた小説、サテュリコンで行われる宴会についての解説本を読んだことがあります。ここではイノシシの丸焼きとか、ヤマネの焼き肉とか、デザートも肉で作ってあり、とにかく肉の乱舞でした。野菜や魚料理については記されていなかったと思います。当時でも肉が高級品だったと言うことは、この宴会は当時としては特級クラスの豪勢な催し物だったと言うことですね。別の金持ちが催した宴会では、熊肉が供されたと言う設定でした。
当然この邸宅の浴場も豪華で、個人が入れる浴槽が複数あり、浴室の中心にはチョコレートファウンテンのような、お湯の湧き出すタワーが設置されていて、客たちはその周囲で手を繋いでグルグル回って遊んだりしていました。
さすがにこのレベルの話は思い切り誇張されているのですが、それを差し引いても、当時の文明が滅亡したのは本当に惜しい事です。ブリタニアでは国境維持ができなくなって軍団が退くと、文明レベルが石器時代に戻ったといいますし。
こちらは世界各国の法体系を示した図ですが、日本の場合ローマ法の影響下にあると言う位置づけです。図ではその中でもゲルマン法の影響及び、慣習法が混合している体系になっています。中国の場合、大陸法ですが、ゲルマン法の影響はないようです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%B1%E7%B1%B3%E6%B3%95#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Map_of_the_Legal_systems_of_the_world_(en).png
しかし、東アジアで影響力が極めて強く、経済的には長らく世界のトップだった中華地域が、世界の法体系に現在ほぼ影響を与えていないのは興味深いところです。
https://blog.goo.ne.jp/mobilis-in-mobili/e/b23da2db5a635d1bbc33237b129a3e11
『シルクロードとローマ帝国の興亡』井上文則という本によると、今までの通説ではローマ帝国からインドの香辛料や宝石、漢の絹等の奢侈品獲得のためにローマ帝国から金銀が流出してローマが損する側だったと思われていたんですが、ローマ側もガラス器等の工芸品を輸出していてむしろ関税などで潤っていたんだそうです。また金が流出していたのは、絹以外輸出品になるものが無かった漢帝国であったのでは?とも書いていました。
王莽の新の短期間の簒奪もこれによる経済不況も影響していたのではと書いていました。
パルティア滅亡~ササン朝ペルシャの誕生による情勢変化が与えた影響も書いてましたよ
精巧な短剣が出土した遺跡は確かオーストリアにあったような……復元したら実に細工が素晴らしく、古代ローマの技術水準の高さが改めて分かります。性能はもちろん美的センスも優れていたのです。
剣闘士のイメージはハリウッド映画の影響が大きいでしょう。死ぬまで闘わされる奴隷という設定の作品ばかりなので、鵜呑みにする人も出てきます。ローマ軍団で銀の糸で傷口を縫っていたことは知りませんでした。ローマは医療水準も凄かった。
サテュリコンは映画化されましたね。この小説は未読ですが、映画はDVDで見ています。映画では宴会シーンがありましたが、どんな食事が出ていたのかは忘れました。ヤマネはローマ料理の珍味として珍重されたそうですが、あのちっこいネズミなど食べるところがあったの?と思ってしまいます。
富裕層となれば邸宅に温浴室と冷浴室も装備していたそうで、現代の富裕層以上です。ローマの浴槽文化が消滅したのはキリスト教の広がりばかりではなく、風呂を沸かすための燃料も影響していたという見方があります。当時は化石燃料は使われなかったし、治安が悪くなれば燃料確保も難しくなりますね。
そして軍団が退いたブリタニアは、文明レベルが石器時代にまで戻ったのですか??ローマ文明の恩恵を受けていたのは一握りだったのやら。
中華帝国の影響力が極めて強かったのは東アジアくらいだったかも。米国のイスラム研究の権威とされるバーナード・ルイスは、「中国文明は基本的にローカルな文明であり続けた」と述べていましたが、中東史研究者からすれば当然の見方です。ローカルな文明では世界の法体系に影響を与えられません。そもそも古代から法治国家ではなかったし。
『シルクロードとローマ帝国の興亡』は未読ですが、検索したら昨年来出版された新書だったとは驚きました。ローマ帝国とインドの貿易は知られていますが、漢帝国もシルクロード貿易で強く結びついていたようです。
ササン朝ペルシャの誕生はローマ、中華帝国ともに情勢変化をもたらします。シルクロード貿易から見たローマ史というのも興味深いですね。
ttps://twitter.com/rUyaCVtIiRxgC9M/status/1107050806727962625
また、日本も鉄を中世輸入していたとかで、たたら製鉄だけで鉄を賄っていたのではないとか。だから、日本の作刀や金属の歴史も変わって行くでしょう。逆に、日本刀が明に輸出されているのですが、輸出した理由は何になるのかと。殆ど日本刀は大陸に残っていないと言います。だから、こんな経済大国が、ローカル文明であり続けた理由が不思議です。
ttps://twitter.com/kotetsu_bouzori/status/1491566429375647745
>ローカルな文明では世界の法体系に影響を与えられません。そもそも古代から法治国家ではなかったし。
私が仰天したのは、現在の中華人民共和国の法律に法の不遡及と言う概念がないことです。共産党は法の埒外にあるとしても、法の不遡及と言う概念がないとは驚きでした。経済力と軍事力と科学力を持つ中世国家であったとは。
ttps://twitter.com/order1914/status/1491441454409216008?cxt=HHwWkMDT1bmG1bIpAAAA
剣闘士といえばカーク・ダグラス主演の映画スパルタカスの印象が強いですね。あの映画では珍しく鎮圧側のクラッサス(ローレンス・オリビエ)が颯爽とした好敵手として描かれていました。
キラーコワルスキーの名は初めて知りましたが、ブルーザー・ブロディとは懐かしい~~ あのムキムキマンが豆の缶詰で体を作っていたとは驚きました。筋肉増強剤も密かに使っていた?とつい邪推してしまいます。