その一の続き
久松由理氏には『国語の成績は観察力で必ず伸びる』(かんき出版)という著書があり、今年4月に発売され、Amazonレビューは高評価ばかりだった。この本は未読なので、氏の観察力のレベルは不明。
しかし、ネット記事「「家にテレビがない」という子は国語力が低い…塾講師が「子供にはテレビをどんどん見せて」と訴えるワケ」に目を通しただけで、想像力に乏しい人という印象を受けた。或いは自論に不都合なケースを黙殺しているのやら。以下は久松氏が、テレビを見ている子のほうが偏差値が高い、とする根拠。
「米スタンフォード大学のマシュー・ゲンコウ教授らが行った、「子どもにテレビを見せると子どもの学力は下がるのか」という調査でも、幼少期にテレビを見ることができた家庭(一日平均3時間半と結構長めの視聴時間)と、見ることができなかった家庭の子どもの小学校入学後の偏差値は、テレビを視聴していた子どものほうが0.02高かったそうです。」
マシュー・ゲンコウ教授の経歴は不明だが、メディア業界の御用学者など珍しくない。洋の東西問わず、御用学者や曲学阿世の輩は何時の時代も存在していた。
米スタンフォード大学といえば、スタンフォード監獄実験が知られているが、近年は被験者に演技をするよう指導した記録が発見され、監獄実験は仕組まれていたことが判明している。
久松氏のプロフィールからはテレビ業界人だったのが丸わかりだったし、「博学で賢い子を育てるために、テレビは欠かせないツール」と強調していたのも、飯山陽氏ふうに言えば、「なるほど なるほど なるほど なるほど」。
尤もプロフィールで気になったのは、立教大学法学部を卒業しながら法曹界に入らず、学生時代にTBS演出家主催のマスコミ人養成所メディア・ワークショップで文章表現技術を学ぶも、就職したのはTBSではなくローカルなテレビ高知。高校在学時、全国模試で国語1位を取りつつ、就職面ではトップ企業とは言い難いようだ。
「テレビやインターネットは子育ての味方」、と久松氏が述べるのは自由だが、氏が国語力アップには読書よりもテレビやインターネットを評価しているのは、不可解よりも不愉快である。
「読書だけだとどうしても情報が古くなりますし、好きな分野の本ばかり読んで知識が偏りがちになります。文字情報だけで国語力を伸ばすことは難しいので、テレビやインターネットを頼もしい味方と捉えて、上手に活用してください。」
大人でもテレビやインターネットは好きな分野の番組や情報ばかり見る傾向があり、知識や情報が偏るのは変わりない。まして公正で中立なテレビ自体、期待できそうもない。そもそも今時、読書だけに専念、テレビやネットをしない子供などいるだろうか?いたとしても極度に少ないのは想像がつくし、設定自体がおかしい。
イスラム研究者の1人に池内恵氏がいる。1973年生まれの池内氏だが、生家にはТVがなかったという。過去記事にも書いたが、氏は著書『書物の運命』の中で、自分の家庭環境をこう述べていた。
「何しろ生家にはТVがなかった。父が「ドイツ文学者」なるものをやっていて、しかもかなり頑固だったので家にテレビを置かないというのである…私の場合、家庭内の環境としては「戦後すぐ」に等しかったことになる…」
それでも池内氏は東大にストレート入学、卒業している。久松氏の「家にテレビがない」という子は国語力が低いという定義には全く当てはまらない。父親は東大教授、叔父も天文学者という学者家系の特殊な環境もあるにせよ、件の塾講師よりは遥かに偏差値は上である。
池内氏の例を挙げても、おそらく久松氏は何事にも例外があり、テレビを見ていない子は語彙力や理解力が乏しく、国語が苦手なことが多いのであって、全員とは言っていないと反論するだろう。
久松氏の著書に、出版社からのこんなコメントがあった。「「観察力」を磨けば、偏差値30アップも夢じゃない」!
まさに偏差値アップの教育ビジネスの殺し文句。経営苦戦しているテレビ局なら、回し者を使って読書よりもテレビを勧める工作はお手の物。
テレビ離れは他の先進諸国でも顕著だし、家にテレビがない家庭は総じて貧しいはず。国語力が低いのはテレビがないためではなく、教育を受けられない環境にある。
テレビに限らず最近の新聞も、似たような脅し文句や提灯記事が頻繁になっている。新聞を見ている子供は成績が良い、偏差値が高い等々……
これも新聞を購読している家庭は収入面で恵まれているという背景には触れない。子どもの教育のために新聞を買え!テレビをもっと見せろ!と強要しているのだ。
飯山陽氏のツイートには次のリツイートがあり、全くの正論だと思った。
「テレビを見る見ないに関わらず、国語力は書物を目で読み、手書きすることによって格段に身につくと思う。テレビは英語が氾濫しているので国語力には弊害かも知れない。」(恋人がボトルに書いたコスモス、改め、「タコ八」さん)