トーキング・マイノリティ

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ワールド・オブ・ライズ 08/米/リドリー・スコット監督

2009-01-24 20:19:58 | 映画
 CIA工作員が主人公の映画は数多く、冷戦時代は旧ソ連のロシア人が悪玉だったが、敵役がイスラム過激派となっているのが今の主流。この作品に限らったことではないが、ハリウッドの過激派ムスリムの描き方は本当にステレオタイプだと苦笑させられる。それでも、中東に関心を持つ変わり者なら、気にかかる映画だろう。

 フェリスは中東で活躍する腕利きCIA工作員。工作員といえ生身の人間であり、離婚時の手続きに苦悩したり、現地で関った人々との関係に苦悩したりする。そんな彼に指示を下し、任務を命じる上司がホフマン。娘には親馬鹿丸出しの甘い父親でありながら、仕事では冷酷なCIAマンに徹し、部下やその仲間たちを酷使して顧みない人物。彼は現地に行くことは殆どなく、もっぱらPCの画面に張り付き、命令を発するのだ。
 テロ組織リーダー、アル・サリームは欧州の首都で爆弾テロを行っており、その居場所を突き止め、仕留めるのがフェリスに下された使命。しかし、彼の率いる組織は口コミという昔ながらのローテクで連絡を取り合っており、地球上何処にいても衛星カメラで姿を捉える最新ハイテク機器を駆使するCIAもお手上げ状態。そのため、現地事情に精通するフェリスのような者が必要なのだ。

 現地人も全て過激組織に共鳴している訳ではなく、金銭や生活のため米国に協力したがる者も少なくない。その協力者を使い、情報を得ようとするのこそCIA。だが、協力者は身元が知れたら暗殺されるのは言うまでもなく、フェリスは彼らから保護を求められる。フェリス自身は協力者を無事アメリカに入国させるつもりだったが、ホフマンはそれを拒絶。「天国よりアメリカに行きたがった」協力者は利用され、捨てられる。日本の文化人の中に、ベトナム戦争時のアメリカはきちんと協力者を保護したとお目出度い賛辞をしていた者がいたが、それはごく一部の重要人物程度であり、雑魚は切り捨てられていた。下手な“米国通”のご意見より、映画を見ていた方が参考になる。

 CIA工作の凄みを感じさせたのは、テロ指導者を誘き出すため新たに架空テロ組織を開設、あるムスリムの実業家をそのリーダーに仕立て上げ、爆破事件まで偽装するシーン。この実業家は敬虔であっても過激派とは全く無縁の男であり、フェリスの作戦に利用されたのだ。さすがに彼も実業家を救おうとするも、またもホフマンの妨害で哀れな実業家は殺害された。

 いかに中東通でもアメリカ人工作員が活動するには、現地の情報局員との協力も欠かせない。ヨルダンの情報局長は信頼と友情を重んじる人物だが、アラブ人を信頼しないホフマンは現地の情報局を信用せず、裏をかこうと画策する。そのためフェリスはヨルダン情報局長から信用を失い、絶体絶命の窮地に陥る…

 この映画で一番よい役だったのがヨルダン情報局長。CIAに協力的で欧米文明に肯定的な人物など、ご都合主義が鼻に付くが、ハリウッドの描く「良いアラブ人」など、この程度だろう。また、フェリスが親しくなった現地女性の姉が作るアラブ料理を、その子供たちが嫌がり、ハンバーガーやパスタを食べたいと言っていたのは面白い。私も子供の頃、母が作る東北の田舎料理より洋食に憧れたものだ。食のアメリカナイズは、もはや地球規模なのだろう。

 この作品で驚嘆させられたのは、アメリカのハイテク監視システム。アメリカのオフィスにいながら、地球の裏側にいる人物の消息まで把握するのには、今更ながら舌を巻く。冷戦時代も中東は世界の火薬庫的な地域であり、現代文明が石油に依存する限り、その状態は続く。CIAに限らず工作員が今もさぞ暗躍していることだろう。

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