『世界を威嚇する 軍事大国・中国の正体』(小原凡司 徳間書店)
中国に詳しい軍事アナリストとしてテレビにも登場する著者だが、たまたま出席したセミナーで講師をされていて、興味深い話だったので印象に残り、著書を探して読んだ。
元海上自衛隊ヘリパイロットで、中国の防衛駐在官も経験されており、言うことに説得力がある。ヘリパイとして現場で中国海軍と対峙し、さらに中国の日本大使館で勤務されていたのだから、中国通としてコメントを求められるのも納得だ。
現在は東京財団の研究員ということだが、東京財団ってなんだっけ? と調べてみたら『日本船舶振興会』が名称変更したものだった。いろいろな意味で、なるほど、と思った。
さて本書だが、包括的に、中国の軍事大国化と、その意図を解説し、日本が取るべき道筋を示している。一般の読者でも難なく理解できる良書だと感じた。
経歴や現在の身分からして、もっと右よりな主張の持ち主かと警戒して読んだが、理性的で、提案する選択肢は穏健ですらある。現場でさまざまな経験をされて導き出された知見なのであろうから、これまた説得力に満ちている。
中国が経済力を背景に軍事大国化しているのは事実だが、問題はその意図は何かというところにある。
【脅威は意図と能力から形成されるが、潜在覇権国の場合、能力をつけつつある一方で、既存の秩序に対してどのような振る舞いをするのか、意図が明確に把握できないために、既存の覇権国は警戒を強めるのである。】(P59)
おそらく必要以上に、それは現在強められていて、“既存の覇権国”を疲弊させていくのではないだろうか。
意図の分析の一部として、話題の空母『遼寧』やその艦載機についても言及され興味深い。また従来から地域の有力者が地元の武装警察や集団軍を私兵のように扱い得ていて、改編の進捗と併せて考えれば、現指導部の問題意識も照射でき、これも面白かった。
しかし最も注目すべきは、海軍力の増強とその意図である。その一つが南シナ海の権益だろうが、著者は中国にとり南シナ海が重要な理由として、以下三つを挙げている。
第一は、海底資源。
第二は、海上輸送路の安全確保。
そして第三が戦略的軍事的な理由であるとし、具体的には核抑止力を保持するためであるという。
核戦力がアメリカに遠く及ばない中国にとり、その発射位置を秘匿できなければ抑止力足り得ない。従って、最終的な核報復攻撃の保障となる戦略原潜が中国の頼みの綱なのである。しかし東シナ海から太平洋に出る際には海上自衛隊の対潜哨戒網が障壁となるため、南シナ海を内海として確保したいというわけだ。
数年前から世界の批判を無視して形成されてきたスプラトリー諸島の基地化と、それに関する強硬な態度も、理由を探れば納得がいく。彼らには対米戦争を想定した場合の死活問題が南シナ海だったわけだ。
そして、もしやと私も勘ぐっていたが、
【中国は、日本が南シナ海においてパトロール等を実施する決定をすれば、東シナ海において、海警局や海軍の活動を活発化させ、日本牽制を強めるだろう。】
【南シナ海と東シナ海における問題は、連動するということである。中国にとっては、二正面というより、日本に南シナ海の問題に関与させないための陽動かもしれない。】(P237)
思い当たる節があるので、やはりそうなのかなと思わざるを得ない。
とはいえ、本書を読んで最も感心したのは著者の主張する中国海軍の戦略目標だ。
その第一は、【海外のエネルギー資源、海上輸送路および海外に展開する中国人および法人の保護】とし、例の一帯一路の構想に結び付く。
第二は、【軍事力による地域情勢の創出である。】(P179)
この第二に目から鱗が落ちる思いがした。実際に戦いたいわけではない彼らが目指すところは、戦わずして勝つことであろう。その手法としての戦略目標がそこにあったのか、と。
軍事力によるプレゼンス・オペレーションによって、地域の情勢をコントロールし得るのは現在は米国のみだ。中国は遠洋に出る海軍を尖兵として、そこを目指しているのだとすれば、さまざまなことに合点もいくのである。
言及する場合の資料源が示されず、どこまでがエビデンスに基づくもので、どこからが著者の想像であるのか見分けがつき難く、そこが唯一の気になった点ではあるが、本書の発行は一年半前であるにも関わらず、その後、言及されたことの幾つかは的中している。
新著を心から期待している。
中国に詳しい軍事アナリストとしてテレビにも登場する著者だが、たまたま出席したセミナーで講師をされていて、興味深い話だったので印象に残り、著書を探して読んだ。
元海上自衛隊ヘリパイロットで、中国の防衛駐在官も経験されており、言うことに説得力がある。ヘリパイとして現場で中国海軍と対峙し、さらに中国の日本大使館で勤務されていたのだから、中国通としてコメントを求められるのも納得だ。
現在は東京財団の研究員ということだが、東京財団ってなんだっけ? と調べてみたら『日本船舶振興会』が名称変更したものだった。いろいろな意味で、なるほど、と思った。
さて本書だが、包括的に、中国の軍事大国化と、その意図を解説し、日本が取るべき道筋を示している。一般の読者でも難なく理解できる良書だと感じた。
経歴や現在の身分からして、もっと右よりな主張の持ち主かと警戒して読んだが、理性的で、提案する選択肢は穏健ですらある。現場でさまざまな経験をされて導き出された知見なのであろうから、これまた説得力に満ちている。
中国が経済力を背景に軍事大国化しているのは事実だが、問題はその意図は何かというところにある。
【脅威は意図と能力から形成されるが、潜在覇権国の場合、能力をつけつつある一方で、既存の秩序に対してどのような振る舞いをするのか、意図が明確に把握できないために、既存の覇権国は警戒を強めるのである。】(P59)
おそらく必要以上に、それは現在強められていて、“既存の覇権国”を疲弊させていくのではないだろうか。
意図の分析の一部として、話題の空母『遼寧』やその艦載機についても言及され興味深い。また従来から地域の有力者が地元の武装警察や集団軍を私兵のように扱い得ていて、改編の進捗と併せて考えれば、現指導部の問題意識も照射でき、これも面白かった。
しかし最も注目すべきは、海軍力の増強とその意図である。その一つが南シナ海の権益だろうが、著者は中国にとり南シナ海が重要な理由として、以下三つを挙げている。
第一は、海底資源。
第二は、海上輸送路の安全確保。
そして第三が戦略的軍事的な理由であるとし、具体的には核抑止力を保持するためであるという。
核戦力がアメリカに遠く及ばない中国にとり、その発射位置を秘匿できなければ抑止力足り得ない。従って、最終的な核報復攻撃の保障となる戦略原潜が中国の頼みの綱なのである。しかし東シナ海から太平洋に出る際には海上自衛隊の対潜哨戒網が障壁となるため、南シナ海を内海として確保したいというわけだ。
数年前から世界の批判を無視して形成されてきたスプラトリー諸島の基地化と、それに関する強硬な態度も、理由を探れば納得がいく。彼らには対米戦争を想定した場合の死活問題が南シナ海だったわけだ。
そして、もしやと私も勘ぐっていたが、
【中国は、日本が南シナ海においてパトロール等を実施する決定をすれば、東シナ海において、海警局や海軍の活動を活発化させ、日本牽制を強めるだろう。】
【南シナ海と東シナ海における問題は、連動するということである。中国にとっては、二正面というより、日本に南シナ海の問題に関与させないための陽動かもしれない。】(P237)
思い当たる節があるので、やはりそうなのかなと思わざるを得ない。
とはいえ、本書を読んで最も感心したのは著者の主張する中国海軍の戦略目標だ。
その第一は、【海外のエネルギー資源、海上輸送路および海外に展開する中国人および法人の保護】とし、例の一帯一路の構想に結び付く。
第二は、【軍事力による地域情勢の創出である。】(P179)
この第二に目から鱗が落ちる思いがした。実際に戦いたいわけではない彼らが目指すところは、戦わずして勝つことであろう。その手法としての戦略目標がそこにあったのか、と。
軍事力によるプレゼンス・オペレーションによって、地域の情勢をコントロールし得るのは現在は米国のみだ。中国は遠洋に出る海軍を尖兵として、そこを目指しているのだとすれば、さまざまなことに合点もいくのである。
言及する場合の資料源が示されず、どこまでがエビデンスに基づくもので、どこからが著者の想像であるのか見分けがつき難く、そこが唯一の気になった点ではあるが、本書の発行は一年半前であるにも関わらず、その後、言及されたことの幾つかは的中している。
新著を心から期待している。