葉織る。

言葉の中にそれを紡ぎ織った人が見えても、それは虚像かもしれない。

壁が無いという壁。

2019-12-01 15:18:12 | 養生

 現在、書店に並んでいるターザンという雑誌で、自体重トレの特集をやっていたので立ち読みしてみた。

 筋力トレーニングにおいて、自体重トレか、器具を使うのか、使うのならマシンかフリーウエイトか、というのは定番のテーマである。
 基本的にはどの方法が優れているというよりは、「自分が置かれている環境・能力・目的によって選択すればよい」のだが、そこはそれ、「コスパの良い=なるべく楽にカッコよくなれる方法」を求めてしまうのが人の性だろう。
 ちなみに私は断然自体重派である。

 ところで。
 背中と肩は自体重トレの場合、関節の可動域や重力の方向といった制限があるので、器具を使う方が鍛えやすいというのが一般的な見解だと思う。

 だが今回のターザンにも載っていたのだが、自体重でも十分に背中や肩に効かせられる方法もあるにはある。
 それは、懸垂と逆立ちである。

 …うん。
 理論的には正しい。
 正しいのだが、何か違うような気がするのだ。

 何故かといえば、懸垂をしようと思ったらチンニングバーが必要だし、逆立ちをしようと思ったら壁が必要(壁なんか無くても安定した倒立ができる、なんて人にはこんな雑誌は必要無いだろう)だからだ。

 私にとって自体重トレとは、体と床があればできるものであって、それ以外に何か必要となると、ちょっと違うような気がしてしまうし、そう感じる人は少なくないと思う。

 仮にどこぞの通販でチンニングバーを買うまでもなく、丈夫なテーブルや椅子や公園の鉄棒を使えば、懸垂やそれに準ずる動きで背中を鍛えることは可能だというのも、理論的には正しい。
 だが現実問題として、懸垂をするのにしっくりくるようなテーブルや椅子があるお宅など、かなりレアな存在(私も自宅のテーブルや椅子で試したことがあるが、今一つだった)だろう。
 懸垂に手頃な鉄棒がある公園だってそうそうあるものではない。
 あったとしても、公園で懸垂というのは意外と照れ臭い(それで私は続かなかった)ものである。
 まあ見られている方がテンションが上がるという人は別か。

 それと、逆立ちをするための壁というのも、日本の住宅事情では中々厳しいと思う。
 タンスやら本棚やらテレビやら色々な物が並んでいる中で、逆立ちができる壁と、うっかり転倒しても受け身が取れるような床面積まで確保できる広い部屋に住んでいる人なんて、どれほどいるのだろうか。

 だが、「懸垂や逆立ちをすれば、自体重でも背中や肩を鍛えられる」という発想そのものは、決して悪くはない。
 何らかの制限がある中で、それを「やらない理由」にするのではなく、制限があるなりに、色々工夫してやればいいのであって、懸垂や逆立ちは、数ある工夫の一つに過ぎないからだ。

 まずはそうやって工夫したり、動くこと自体を楽しむことから始めることだ。
 健康な心身や美ボディは、その後についてくるというのが順序としては正しかろう。
 目的のために、辛くても苦しくても我慢してトレーニングをする、というのは「いつかは引退すると分かっている、現役アスリート」の発想だと思う。

 立ち読みしたターザンには、(いつものことだが)商業誌らしくバラエティに富んだ情報が詰まっていた。
 でも、「健康や美ボディといった結果のために、辛くても日々運動しよう」と思いながらでは、「一番効率よく結果を出せる情報は?」ということばかりが気になって、「どれを選べばいいのか分からない」と、なりがちである。

 一度、効率なんてものは脇にどけて、面白そうだと思ったらとにかく真似てみて、楽しいもの(楽なもの、ではない)を続ければいい。
 もっともそんな風に、まずは動くことを楽しんで健康になる人が増えたら、その分ターザンのような雑誌は売れなくなるかもしれない。
 恐らくはそういうことまで考えて誌面作りをしなければならないのだろうから、やっぱり商業誌は大変である。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 中庸も立体的に? | トップ | 終わりのオマケでお開きに。 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

養生」カテゴリの最新記事