「僕がビルを買ったワケ」blog

現・「新宿44ファンタジータワー」支配人のブログです。
blogは支配人になるもっと昔から 2007年スタート

次のステップ

2012-07-02 15:53:57 | Weblog
死を嘆き悲しむのではなく
お祝いする
“おめでとう”と
なぜなら、次のステップへ進めたから

“俺は、一足先に飛ぶけど、一也は来ないのか?”
“ごめん、俺はまだ飛ぶ勇気がない、それにまだ未練がある”
“そっか、じゃお先”

いともあっさり、次のステップへ移行できる

そして、それはいつかは必ず誰もが通らねばならないステップ

生まれる前がステップ1だとして
生まれた後がステップ2だとして
死んだ後がステップ3
ひょっとしたらその後のステップもあるかもしれない

嘆き悲しみ、それを感じている間は
何も無理に取り除かなくていい
それが、適切と感じるなら
しかし殆どの場合それは
自分が後に取り残されてしまったという感情からきている
なので、本当は自分の為に悲しんでいる

“いつまでも怖がってちゃ、先に進めないだろう”
“怖いなら尚更、早めにやっちまったほうがいいよ”

物理的な死とはただの移行にすぎない

夢から覚めて
“ああ、これが本当の現実だ”
と思うと
幸せな夢だろうと、辛い夢だろうと
その途端、夢は少しずつ消えてしまい
これは重要だから覚えておきたい、という断片だけが残って
あとは忘れてしまう
それは、これからの現実のほうが大事だから
恐らく、死んだあとの感覚はそんな感じかと感じる

“一也は、やっぱ度胸がないな”
“俺は、早くこのあとが知りたい”
“やっぱ君は勇気があるね、かなわないよ”

突然目覚め
突然自分が誰なのか
そして、自分がこの物理的な夢をみていたということを思い出す
もちろん目覚める前の記憶はある
しかし自分が真の(次のステップの)リアリティに目覚めると
それまでの物理的現実というのはリアルじゃないということで、不意にあまり重要でなくなってしまう

“いつまでもちびちび食いやがって”
“どうせ、いつかは無くなるんだ”
“一気に食っちゃえよ”

“無くなるのが怖い”