長良川にはサツキマスという魚を獲る漁師兄弟がいる。三十年前このご兄弟にであったことがボクが長良川に通うことになったきっかけだった。ボクは二人の獲るサツキマスによって長良川の変化そのものを記録して、その現認者になろうと思った。その現認の記録も、いよいよ終わりに近づいているのではないのか?その想いを強くしながら、淡々とふたりの神業について書いた。
「どうね、みな元気で泳いどったかね」
大橋亮一さん(82)、修さん(79)の兄弟は長良川の川漁師。五月初めから二人がとったサツキマスが、岐阜県各務原市の淡水魚園水族館「アクア・トトぎふ」で展示されている。その水槽をみてきたと話すと、亮一さんはそう言った。
国内に水族館は百余りあるというが、サツキマスを展示するのはここだけだ。サツキマスは秋の終わりに海に下る。伊勢湾で冬を過ごして、サツキの花が咲く頃に川に戻ることから、その名が付けられた。
海から戻った銀色の魚体は弱い。塩分に耐えるためのうろこは剝がれやすく、傷もつきやすい。魚体に傷が付くと、そこから、水生菌が繁殖して死んでしまう。網の傷が付かないように、サツキマスをとる。それができるのは大橋さんたちだけだ。
サツキマス漁は「トロ流し」という独特の漁。川の中で、流れの緩やかな深みをトロという,そこに網を流す。漁に使う網は二枚重なる。下流側の目の粗い網は浮きと重りでピンと張られている。上流には目の細かな、大きな網がゆったりと重なり、下流に開いた大きな袋のような形をしている。網の幅は百㍍、網の端に「えべっさま」と呼ぶ浮きをつけ、川を横断して張り渡し、舟と並ぶように一㌔ほどを流れ下る。
上ってきたサツキマスは、上流側の網で行く手を阻まれ、鼻先を網につけて、ツンツンとするのだそうだ。その状態で網をたぐり、舟を寄せ、マスを手網ですくい上げる。熟達の技だ。
「なんとしても入れたかった」。今年は終盤まで掛かって十匹のサツキマスをアクア・トトに納めたという。長良川河口堰(ぜき)ができるまでは、一日で捕れたサツキマスの数が、今年の漁期のすべてだった。
サツキマスを見ることがあったら思ってほしい。その完璧な姿は、気力と体力を注いだ川漁師のワザのたまものであることを。(魚類生態写真家)
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