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二荒山神社(栃木県宇都宮市)を掲載しました。
二荒山神社(ふたあらやまじんじゃ)
<通称>明神様(みょうじんさま)
【鎮座地】〒320-0026 栃木県宇都宮市馬場通り1丁目1-1 旧下野国 河内郡
【御祭神】豐城入彦命 (配祀)大物主命 事代主命
【例祭】 10月21日 例大祭
【旧社格等】国幣中社 (現別表神社)
下野國一の宮
式内社 下野國河内郡 二荒山神社 名神大
【御由緒】
式内名神大社
下野国一之宮 宇都宮二荒山神社御由緒
御祭神 豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)
相 殿 大物主命(おおものぬしのみこと)(大国さま)
事代主命(ことしろぬしのみこと)(恵比寿さま)
主祭神・豊城入彦命は、第十代崇神天皇の第一皇子であらせられ、勅命を受けて、東国御治定のため、毛野国(栃木県・群馬県)に下られました。国土を拓き、産業を奨励し、民を慈しんだので、命の徳に服しました。その御子孫も東国にひろく繁栄され、四世の孫奈良別王が、第十六代仁徳天皇の御代に下野の国造となられて、国を治めるに当たり、命の偉業を偲び、御神霊を荒尾崎(現在の下之宮)の地に祀り合せて、国土開拓の神大物主命 事代主命を祀られました。その後承和五年(八三八)に現在地臼ヶ峰に還座されました。以来平将門の乱を平げた藤原秀郷公をはじめ源義家公、源頼朝公、下って徳川家康公などの武将の尊崇を受けられました。
古くは、延喜式内社名神大、当国一之宮、明治になって国幣中社に列せされ、「お明神さま」の名でひろく庶民に親しまれ篤く崇められてきております。宇都宮の町も、お宮を中心に発展してきたので、町の名も社号をそのまま頂いてきており、市民憲章にも「恵まれた自然と古い歴史に支えられ、二荒の杜を中心に栄えてきた」と謳われています。
(社頭由緒掲示板より)
栃木県の県庁所在地、近年は「餃子の町」としても有名な宇都宮市にあります。市の中心地JR宇都宮駅の西1.5km、馬場通り1丁目の高台に鎮座しています。
大鳥居から参道
2008年10月1竣工の真新しい両部鳥居、栃木県産のケヤキを用いた、高さ9.7m、幅13.8m、柱の直径90cmの 大鳥居。右の社号標には明治十六年癸未五月の日付が見られます。
参道左では再開発で高層マンション建設が進行中でした。
参道から神門
小高い丘(臼ケ峰)の上の境内へは綺麗に整備された石段を上ります。両側には桜も見られ開花シーズンには花見も楽しめるようです。
神門
石段を上りきると荘厳な神門です。
神門から拝殿
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社殿のある境内は神門から東西両側に延びる回廊に囲まれています。
神門を入ると直ぐ左に手水舎、さらに奥に社務所。右奥に神楽殿、正面石畳の参道を進むと拝殿です。
拝殿
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現在の社殿は明治戌辰の役(1868)の兵火に遭ったため、明治10年(1877)に再建されたものです。宇都宮の地名のもとになった神社とされています。「宇都宮」の語源については、1.一の宮、2.移しの宮、3.現宮、4.宇豆の宮など諸説ありますが、当社では4.宇豆の宮説をとっているようです。
拝殿の扁額
扁額には「延喜式内 二荒山神社」とあります。
本殿
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創建は社伝に仁徳天皇41年(353)下毛野国造に任ぜられた御祭神豊城入彦命の4世の孫、奈良別王が、祖神である豐城入彦命を荒尾崎(下之宮)に祀られたと伝えられています。
御祭神、豊城入彦命は第十代崇神天皇の第一皇子で上毛野君・下毛野君の始祖と古事記にあります。
境内末社・女体宮
本殿左にあります。
御祭神は大物主神の御后とされている三穂津姫命、当社では安産の神とされています。
境内末社・十社
本殿左奥にあります。
県内式内社10社(素戔嗚命 天兒屋命 味耜高彦根命 武甕槌命 豐城入彦命 大山咋命 事代主命 下照姫命 譽田別尊 日本武尊) が祀られています。
明神の井
十社の左、御神庫に続いてあります。
宇都宮は湧き水の多いところで江戸時代には宇都宮名水「七水」の一つに数えられ、明治天皇の御行幸の際、茶の湯としたと伝えられています。
境内末社・初辰稲荷神社
明神の井の左にあります。御祭神は倉稻魂命です。
境内末社・須賀神社、市神社
本殿右奥にあります。
社前の狛犬がユニークな須賀神社・素戔嗚命)と市神社・大市姫命です。
神楽殿
祭事の神楽がこの舞台で奉納されます。
境内末社
参道階段途中の左(西側)に3社並んであります。
手前から剣宮・素戔嗚命、十二社・肇国の神々(國常立神・國狹槌神・豐斟渟神・泥土煮神・沙土煮神・大戸之道神・大苫邊神・面足神・惶根神・伊弉諾神・伊弉冉神・天照皇大神・天忍穗耳神・彦火瓊瓊杵神・彦火火出見神・草葺不合神)、菅原神社・菅原道眞です。
境内末社
参道階段途中の右(東側)にあります。
手前から松尾神社(大山咋神・中津嶋姫命)、荒神社・素戔嗚命、水神社・罔象女神です。
神門から参道
本社境内は宇都宮市街地の中心に位置する丘陵地で市内をを一目で見渡せ、遠く富士、筑波、加波などの山々を眺望することが出来るようです。
二荒山神社(ふたあらやまじんじゃ)
<通称>明神様(みょうじんさま)
【鎮座地】〒320-0026 栃木県宇都宮市馬場通り1丁目1-1 旧下野国 河内郡
【御祭神】豐城入彦命 (配祀)大物主命 事代主命
【例祭】 10月21日 例大祭
【旧社格等】国幣中社 (現別表神社)
下野國一の宮
式内社 下野國河内郡 二荒山神社 名神大
【御由緒】
式内名神大社
下野国一之宮 宇都宮二荒山神社御由緒
御祭神 豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)
相 殿 大物主命(おおものぬしのみこと)(大国さま)
事代主命(ことしろぬしのみこと)(恵比寿さま)
主祭神・豊城入彦命は、第十代崇神天皇の第一皇子であらせられ、勅命を受けて、東国御治定のため、毛野国(栃木県・群馬県)に下られました。国土を拓き、産業を奨励し、民を慈しんだので、命の徳に服しました。その御子孫も東国にひろく繁栄され、四世の孫奈良別王が、第十六代仁徳天皇の御代に下野の国造となられて、国を治めるに当たり、命の偉業を偲び、御神霊を荒尾崎(現在の下之宮)の地に祀り合せて、国土開拓の神大物主命 事代主命を祀られました。その後承和五年(八三八)に現在地臼ヶ峰に還座されました。以来平将門の乱を平げた藤原秀郷公をはじめ源義家公、源頼朝公、下って徳川家康公などの武将の尊崇を受けられました。
古くは、延喜式内社名神大、当国一之宮、明治になって国幣中社に列せされ、「お明神さま」の名でひろく庶民に親しまれ篤く崇められてきております。宇都宮の町も、お宮を中心に発展してきたので、町の名も社号をそのまま頂いてきており、市民憲章にも「恵まれた自然と古い歴史に支えられ、二荒の杜を中心に栄えてきた」と謳われています。
(社頭由緒掲示板より)
栃木県の県庁所在地、近年は「餃子の町」としても有名な宇都宮市にあります。市の中心地JR宇都宮駅の西1.5km、馬場通り1丁目の高台に鎮座しています。
大鳥居から参道
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2008年10月1竣工の真新しい両部鳥居、栃木県産のケヤキを用いた、高さ9.7m、幅13.8m、柱の直径90cmの 大鳥居。右の社号標には明治十六年癸未五月の日付が見られます。
参道左では再開発で高層マンション建設が進行中でした。
参道から神門
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小高い丘(臼ケ峰)の上の境内へは綺麗に整備された石段を上ります。両側には桜も見られ開花シーズンには花見も楽しめるようです。
神門
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神門から拝殿
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社殿のある境内は神門から東西両側に延びる回廊に囲まれています。
神門を入ると直ぐ左に手水舎、さらに奥に社務所。右奥に神楽殿、正面石畳の参道を進むと拝殿です。
拝殿
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現在の社殿は明治戌辰の役(1868)の兵火に遭ったため、明治10年(1877)に再建されたものです。宇都宮の地名のもとになった神社とされています。「宇都宮」の語源については、1.一の宮、2.移しの宮、3.現宮、4.宇豆の宮など諸説ありますが、当社では4.宇豆の宮説をとっているようです。
拝殿の扁額
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本殿
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創建は社伝に仁徳天皇41年(353)下毛野国造に任ぜられた御祭神豊城入彦命の4世の孫、奈良別王が、祖神である豐城入彦命を荒尾崎(下之宮)に祀られたと伝えられています。
御祭神、豊城入彦命は第十代崇神天皇の第一皇子で上毛野君・下毛野君の始祖と古事記にあります。
境内末社・女体宮
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御祭神は大物主神の御后とされている三穂津姫命、当社では安産の神とされています。
境内末社・十社
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県内式内社10社(素戔嗚命 天兒屋命 味耜高彦根命 武甕槌命 豐城入彦命 大山咋命 事代主命 下照姫命 譽田別尊 日本武尊) が祀られています。
明神の井
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宇都宮は湧き水の多いところで江戸時代には宇都宮名水「七水」の一つに数えられ、明治天皇の御行幸の際、茶の湯としたと伝えられています。
境内末社・初辰稲荷神社
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明神の井の左にあります。御祭神は倉稻魂命です。
境内末社・須賀神社、市神社
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社前の狛犬がユニークな須賀神社・素戔嗚命)と市神社・大市姫命です。
神楽殿
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境内末社
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手前から剣宮・素戔嗚命、十二社・肇国の神々(國常立神・國狹槌神・豐斟渟神・泥土煮神・沙土煮神・大戸之道神・大苫邊神・面足神・惶根神・伊弉諾神・伊弉冉神・天照皇大神・天忍穗耳神・彦火瓊瓊杵神・彦火火出見神・草葺不合神)、菅原神社・菅原道眞です。
境内末社
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手前から松尾神社(大山咋神・中津嶋姫命)、荒神社・素戔嗚命、水神社・罔象女神です。
神門から参道
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本社境内は宇都宮市街地の中心に位置する丘陵地で市内をを一目で見渡せ、遠く富士、筑波、加波などの山々を眺望することが出来るようです。
チョコメントです。
いつまでもお元気で…
今日の記事の石段を見て、近所の神社を見ているようでした。近所の神社は、長~い石段があります。正殿に到着した時は、心臓がバクバクして息切れ参拝になってます。
かつて現役時代には、小倉では堺町、博多では中洲方面から職場にも届いて、数を競ったものでした。
最近は花柳界?とも全く縁もなくなり、さみしいものです。
参道の石段の長いのは色々と出会いましたが、有名なのはこんぴらさんの名で親しまれている金刀比羅宮ですね。かつては奥の院まで1368段あり日本一の石段と言われていましたが、熊本県美里町に3333段の石段が出来てこれが現在の日本一のようです。
一度挑戦してみたいですね。
http://www.town.kumamoto-misato.lg.jp/web/kankou/mei_3333.htm
noyamaさんの現役時代は、お仕事でとても活躍されていた方なのですね。スゴ~イ!!
鳥を追いかける姿。神社を見つめる姿。働いている時もきっと一生懸命で…。noyamaさんは全力投球人間。ですね。
3333石段スゴイですね。レースも開催されているのですね。(私は、どれだけ時間が掛かったか?)というレースなら参加出来そうです(笑)途中の桜並木もきれいでしょうね。
一度挑戦してみたいですね。