ケアの質 続き ― IOMレポート『看護の未来:変化をリードし、医療を強化する」

2012-02-03 23:36:31 | 看護/医療全般
  RNのケアがGP(general practitioner、一般医のことで日本の開業医にあたる)のケアよりも質が高いというのはアメリカで1970年代に出された有名な研究である。そのころからナースの中で高度実践を行うナースプラクティショナー(NP)が徐々に数も増えてくる。アメリカでは、当時、マイノリティーがケアされず、それをカバーするためにナースへの処方権限が認められ始めた。以後、ナースの処方権限を含めた能力が医師のそれと違わないどころか、細かく行き届いた配慮で、むしろケアの質が高いといわれていた。

 つまりナースのケアは医師のケアに比べて費用対効果が高いということになるのだが、ここには少しトリックがあり、日本でいう診療報酬にあたる保険償還額が、医師よりもナースのケアに対しては金額が低いので、安い割には効果的なケアであるということになる。「ナースのケアが費用対効果が高いといわれても金額が低いから」という発言は、2007年ぐらいまでは看護の国際会議でよく出ていた。ただ、ここのところ、この話はあまり言われていないような気がしていた。

 アメリカ科学アカデミーにIOM(Institute of Medicine:医学研究所)という保健医療の研究部門がある。IOMのレポートは非常に影響力があり、アメリカ政府の保健医療政策など(民間の保健医療対策にも)を決めるに際してのエビデンスになっている。IOMは、独立非営利機関であるが、議会や政府関係部門からの依頼で研究調査をすることもある。
 IOMのサイトhttp://www.iom.edu/About-IOM.aspx

 IOMのレポートで有名なものは、毎年、アメリカでは98,000人が予防可能な医療ミスで亡くなっていると報告した1999年の“To Err is Human:building a safer health system”(人は誰でも間違える)である。(余談だが、これについては、大東文化大学大学院と青山学院大学の私の通訳のクラスでは、"Wall of Silence"『沈黙の壁』を教材にして取り上げている。)

 そのIOMが2010年に看護に関するレポートを出していた。"The Future of Nursing: Leading Change, Advancing Health"『看護の未来:変化をリードし、医療を強化する』(タイトルのHealthは「健康」なのだが、advancing healthは「健康増進」という意味ではなく、医療の中で中核的な役割を果たすことを念頭においていると思われるのでこのように訳しておく)

 700ページにわたるレポートだ。IOMのサイトからフリーダウンロードできる。http://www.iom.edu/Reports/2010/The-Future-of-Nursing-Leading-Change-Advancing-Health.aspx
 
 
 先週アメリカ看護師協会の関係者から「NPは医師と同等の質のケアを提供するというレポートがIOMから出ている」という話を聞いていた。それが気になっていて、調べていたのだが、そのレポートをやっと特定できたのだ。その内容はおよそ次のようになる。

 オバマ政権が2010年3月医療制度改革法案を議会通過させた。現在無保険の3,200万人が健康保険を持つことになる。これは1965年にメディケア(高齢者)とメディケイド(低所得者)以来の大改革で、この改革を成功させるのキーパースンがナースである。すでに関連する法律条項が明記され、プライマリケアの強化、ケアの質の保証、医療費削減にはナースが不可欠であるとし、特にAPRN(Advanced Practice Registered Nurse:高度実践ナース)が十二分に力を発揮できる状況を作ることを議会に提言している。 
 
 このIOMの看護レポートの前提は、看護とナースには大きな力があり、現在のアメリカ医療を立て直すにはナースの力が余すことなく発揮されなければ不可能であるということである。そのために議会に対しては、看護教育に必要なものを含め制度的をそれに見合うものにしていくよう提言しているのだ。

 医師などとの関係についても記述があり、ナースの能力の足を引っ張るような関係ではなく、ナースの能力を可能な限り発揮できる関係を作ることを提言している。(もちろん、全体のケアのためにナースが合わせたような形の協働もどきのものではない)

 このレポートができるまでにIOMはフォーラムや円卓会議などの方法で専門家による議論がなされている。

 ただ、銘記すべきは、ぼたもち的に突然、上から落ちてきたものではない。アメリカのナースが1970年以降、実践とその根拠となる研究、そしてその両輪として政治的な力を高め、いろいろな方向で活動を強めてきたからだ。さらに、今回はまた新しい決意を感じるのは、無保険者、医療費の高騰、医師不足などの今のアメリカ医療の危機的問題を、むしろ自分たちの機会ととらえ、看護とナースの力を医療の中核に持ってきて、医療全体を再編しようとしている。それは、「医師不足を理由にして看護師の役割拡大の話をする」などという主張とは無縁の世界である。

 IOMの看護レポートについては、続きをまた書く。
 
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